第29話 緊急事態

「ぬっ! お主ら来ておったのか! 今はまずいのじゃ! 早う帰るのじゃ!」


 騒がしい足音はタマちゃんだと思っていたけど、本当に慌てていて、帰れと叫ぶ。


「え? お泊まり会は駄目なのです? おやつもたっぷりなのですよ?」


 ブラッ○サンダーが詰まったエコバッグの口を開けタマちゃんに『いっぱいなのですよ』と見せつける。


「くぅ……だ、駄目じゃ、今は駄目なのじゃ! じゃがぶらっくさんだぁをそれほどの数を揃えてくるとは、……ぬ? 新しいおなごがおるな。レイの新しい嫁かの?」


「それは将来的にはって思ってるけど、タマちゃん、なに慌ててるの? 泊まるのが駄目ならしかたがないけど、帰る場所が、ね」


 タマちゃんは非常口のマークそっくりなポーズで、少し顔を赤くしたお姉さんと、シオンが出したブラッ○サンダーとの間を視線が行き来するが、部屋に入って来た状態で止まったままだ。


「……タマちゃん聞いてる? おやつは後で食べればいいよ。それで、なにを慌ててるの?」


「……ん? ……そ、そうじゃった!」


 滴り落ちそうなヨダレを巫女服の袖で拭き取り、とんでもないことを話し始めた。


「どこかの馬鹿者共がダンジョンコアに取り込まれおったのじゃ! 夜な夜な変な動きをしよる者共がおったから気にはしておったのじゃが、間に合わなんだ」


「ダンジョンコアに取り込まれ込まれた? え?」


「食べられたのです? それからダンジョンコアってなんなのです?」


 シオンはダンジョンコアを知らないのか。俺も直接は見たことはないが、ダンジョンの最奥にあり、壊せばそのダンジョンが消滅すると聞いた。


「そんなまさか、ダンジョンコアがそのようなことを……、聞いたことも、ギルドの資料にもありませんでしたわ」


 うん。お姉さんの言うとおり、俺も初耳だ。


「間違いない。いつも来ておる四人の気配が突然消えての、何があったかと散歩を取り止め、確かめに行ったのじゃが、向かう途中にも、気配が二つ消え、部屋には鞘付きの剣が一本と、なにやら回復薬の瓶らしきものが四本だけ散らばっておった」


「は? じゃあ六人も消えたってこと?」


「そうじゃ。それにの、これが問題なんじゃが一度に大量の魔力を直接受け入れたからか、ダンジョンが活性化しておる」


 活性化? 活性化したらどうだって言うんだ?


「活性化がなにかわかってないようじゃな。活性化すればダンジョンにおるモンスターが強化され、さらに増えるのじゃ。…………それも爆発的に増え続けるのじゃ」


「え? タマちゃんさん。その言い方ですと、スタンピードやオーバーフローと言われる現象ではなくて?」


「お姉ちゃん。スタンピードって、ラノベでよくあるあれなのです? ダンジョンから溢れちゃうのですか?」


「その通りじゃ」


「ちょ、だったらなおさらここに残って溢れる前に数を減らさなきゃ駄目だろタマちゃん!」


「駄目じゃ。修行もしておらんお主たちではスタンピードで押し寄せる数の暴力に飲まれるだけじゃ。それにレイの新たな嫁は本調子ではなさそうじゃしな」


「よ、嫁っ――」


「ちょろいんなのです」


 さらに真っ赤になるお姉さんとお姉さんの肩をぽんぽんとたたくシオン。


 そのとおりだ。シオンはまだしも、お姉さんはまともに戦える体調じゃない。そんな状態で戦うとか死んでくれと言ったも同然だ。


 ならどうするか。そんなの決まってる。シオンとお姉さんにはここに残ってもらえばいいだけだ。それが一番いい。


 万が一にでも二人を失うことになれば俺はもう耐えられないだろう。


 親友と彼女、仲間を一度に失くした直後にタマちゃんと再会して救われた。帰って三久の寝顔を見て生きていて良かったと心から思った。


 そのあとシオンと会い、お姉さんとも出会った。時間は関係ない。もう俺になくてはならない大切な宝物だ。


 今も四人のことを考えるだけで胸があたたかくなる、それを失うことになればと考えるだけでも背筋が凍る。


 もう駄目だな。二人と出会うなら俺はまだ耐えられただろう。人との繋がりを三久にだけ求め続けていただろうけど。


 なんとしてでもシオンとお姉さん。タマちゃんも死んでも守る。


「シオンとお姉さんはここで待ってて欲しい」


「わたしも戦うのです! パワー全開でふれいむぼーるも撃ちまくるですよ!」


「私も逃げることはできませんわ。ダンジョンから溢れ出てしまいますと、町に被害が出てしまいますもの」


「……危険すぎる! 二人には怪我すらして欲しくないんだ!」


「それはわたしも同じなのです! レイが傷つくのもお姉ちゃんが、タマちゃんもなのですよ!」


「そうですわ。これでも私、学園のAランクパーティーメンバーでしたのよ」


 二人は真剣な目で訴え、後に引きそうもないとわかった。


「じゃから駄目じゃと――」


「わかった。二人を絶対に守って見せる。だから手を貸してくれ」


「はいなのです」


「もちろんですわ。後方から魔法で援護は任せてくださいませ」


「お主ら! 話を聞けい! ならん! レイはあやつらの愛の結晶じゃ! シオンに新たな嫁もレイのために失うわけには行かんのじゃ! だから早う立ち去れ!」


「いや、駄目だろタマちゃんだけを残してなんて行けるわけない! それにその六人の人助けなきゃだめだし、溢れたらたくさんの人たちが――」


「あー! このわからず屋共が黙れ! もう猶予はないのじゃ! 行くぞ!」


 わかってくれた。そう思った次の瞬間。俺たちはダンジョンの入口に立っていた。

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