第3話 祖父騙す?

「じいちゃんー!!」


マリアは思いっきり玄関の扉を開けて叫ぶ。


「ブッ!」


フェンネルは大きな音に驚いて飲んでいたコーヒーを吹き出してしまう。


「え、汚っ!」


「誰のせいじゃ!誰の!」


フェンネルは口元を拭いながら文句を言う。


「自分のせいでしょう」


「お前のせいじゃろが!いつも言っとるじゃろ!扉はゆっくり開けろと!壊れるじゃろ!」


「あ、ごめん。忘れてた。次から気をつけるよ」


そう言ってお前はまたやるじゃろが、とフェンネルは声には出さなかったがそう思った。


「それでどうしたんじゃ。祭りに行ったのに途中で帰ってくるなんてどうしたんじゃ?」


この時期になると毎回、お小遣いをくれとせびられる。


毎年、少しは渡していたが今年は渡してない。


来年はマリアを学校に通わせないといけないため、お金を貯めていたから渡せなかった。


どこの学校に通わせるかまだ決めていないが、通うにはお金がかかる。


マリアには悪いが、今年は雰囲気だけを楽しんでもらおうと思って追い出した。


帰ってくるときは絶対仏頂面だと覚悟していたのに、まさかの笑顔で驚きを隠せなかった。


「ああ。そうだった。じいちゃん。私この学校にいきたい!」


女性にもらったパンフレットを見せる。


「リューミリア学校?」


「知ってるの?」


マリアはフェンネルの反応からそう思う。


'知ってるもなにもそこはワシの母校じゃ。どうやってここのパンフレットを手に入れたんじゃ?'


リューミリア学校はここから馬車で3ヶ月、汽車なら7時間かかる距離の場所にある。


わざわざこんな田舎の町にくることなど普通ならあり得ない。


何か理由があるのだと推測できるが、もう10年以上魔法関係者と関わっていないため全くわからなかった。


「まぁ、有名じゃからな」


母校というのは伏せておく。


「それで、誰からそれを貰ったんじゃ?」


フェンネルはパンフレットを指さす。


「女の人」


'そうじゃけど、そういう答えが聞きたいじゃない'


フェンネルはマリアの答えに自分の質問の仕方が悪かったと反省する。


「町の人がくれたのか?」


リューミリア学校にいきたがる子は多くいるが、この町にそんな子はいたかと記憶を辿るが該当者はいない。


「ううん。リューミリア学校で働いている人に貰った」


「ブッ!」


フェンネルは今の言葉にゾッとして飲みかけていたコーヒーをまた吹き出す。


「じいちゃん。汚い」


吹き出したコーヒーが服にかかりそうになり慌てて避ける。


「すまん。それより、今なんと言った?」


「だから、リューミリア学校で働いている人から貰ったの」


'まじか……!'


フェンネルはあの名高いリューミリア学校の教師たちがわざわざ生徒を確保しようとすることに驚きを隠せない。


リューミリア学校は間違いなく魔法学科は大陸一のレベルを誇っている。


他の学科もレベルは高い。


それなのに、なぜ田舎にまできて生徒を確保しようとしているのか理解できなかった。


とりあえず落ち着こうとマリアからパンフレットを受け取り中を確認する。


昔と比べると随分綺麗なパンフレットだなと少しだけ羨ましく感じる。


「ねぇ、じいちゃん。私ここに通いたい。魔法習いたい。私は最強の魔法使いになりたいの。だからお願い。ここにいかせて」


小さい頃からフェンネルに魔法を習っているから基本なんでもできるが、このままでは世界中の人から認めてもらえない。


マリアにはどうしてもやらなければならないことがある。


そのためにも魔法で認められたいと思っていた。


この学校ならそれが叶う予感がしていた。


'そう言われてもな……ここは、あいつがいるからな。ワシに孫がいることは知らんじゃろうから大丈夫じゃろうが……'


来年、魔法学科に通わせるつもりでお金を貯めていた。


リューミリア学校ならセキュリティも教員のレベルも問題はないが、やはりどうしてもマリアが自分の孫とバレないか心配で認めることができない。


フェンネルの名前は町では偽名を使っているためバレる心配はないはずなのに、どうしてか妙な胸騒ぎがする。


どうしたものかと困ってページをめくると、そこに書かれていた内容を見て驚きのあまりこれでもかと目を見開く。


'な、なんじゃ!この金額は!?ふざけてるのか!?1年で他の学校4年間分の金額じゃないか!?無理じゃ!絶対無理じゃ!ここだけは絶対駄目じゃ!そんな金はウチにはない!うん。諦めてもらおう'


フェンネルは魔法学科の1年間の授業料を見た瞬間、ここにだけは通わせないと決める。


マリアにそのことを伝えようとしたそのとき、下の戦士学科の授業料が目に入る。


'これは!なんて安い授業料なんじゃ!信じられん!ん?いや、そういうことか!わかったぞ。なぜ、わざわざこんな田舎の町にまで生徒を確保しようとしにきたのか!'


フェンネルは戦士学科の女子の授業料を見て全て理解した。


'これはワシの推測じゃが、未だにリューミリア学校だけ戦士学科に女子生徒が入ってきてないんじゃろうな。焦って入ってくれるよう頼みにきたんじゃろうが、無駄骨じゃろうな。もし、入るとしてもリューミリア学校には入らんじゃろうな。リューミリア学校は魔法関連は強いが、他の学科は違う学校の方が強い。特に戦士学科はカリアーナ学校とゼンフォート学校があの頃と変わらず強いはずだ。本気で戦士を目指すなら普通この二つに行く。ごく稀に他の学校にいって強くなるものをいるが、それはとても過酷な道だ。だが、今はその判断がとても助かるな。お陰でリューミリア学校の女子の戦士学科だけは非常に安い。貯めていたお金の3分の1で4年間通わせることができる'


フェンネルはマリアにバレないよう悪い顔をして笑う。


マリアを魔法学科ではなく、戦士学科に通わせれば、これ以上お金を貯めなくていいし、何よりお釣りが返ってくる。


だが、問題が一つある。


それはどうやってマリアを戦士学科に通わせるかだ。


学校側は勧誘しにくるくらいだから、間違いなく女子が戦士学科に応募したらテストをするまでもなく合格にするはずだ……多分。


'いや、ないかな。確かあそこの校長、あいつだし'


フェンネルがまだ魔法使いとして活躍していたときの知り合いの顔を思い出す。


だが、マリアは頭がいいから筆記では間違いなくトップになれる。


実技が駄目でも、筆記で合格できるはずだ。


だから、マリアをやる気にさせさえするば全てがうまくいく。


フェンネルはマリアには悪いと思いつつ、家のために戦士学科に入らせようと言葉巧みに誘導する。


「駄目じゃ!」


「どうして!?」


フェンネルに駄目と言われマリアは目頭が熱くなる。


「さっき自分で言ったじゃろ。最強の魔法使いになりたいって。それなら、魔法学科に入っては駄目じゃ!」


「……なに言ってんの?じいちゃん?最強の魔法使いになるなら魔法学科に入らなきゃならないじゃん」


フェンネルの言っていることが理解できず首を傾げる。


'うん。正論じゃな。自分でも何言ってるのかわからんわい'


フェンネルはおかしいこと言っている自覚はあったが、無理矢理話を続けた。


「そりゃあ、他の者たちは魔法学科に入って学ばなければ最強になれんかもしれんが、マリアは違うだろ。小さい頃からワシが教えてきたんじゃ。今更学校で習ったところで意味はない。マリアはすでにそれらはできるんじゃから時間の無駄じゃ」


「……じゃあ、どうしたら私は最強の魔法使いになれるの?」


確かに5歳の頃からフェンネルに魔法を教えてもらっているので大体のことはできる。


でも、学校に通おうとする者たちはそれくらいできるのが普通なのではと思うも、あまりにも自信満々に言われるのでフェンネルの言っていることが正しいと思えてくる。


「戦士学科で体を鍛えるのじゃ。4年間みっちり鍛えれば、間違いなく同世代の者たちはお主に指一本、いや髪の毛一本すら触れられずに負けるじゃろ」


ワシを退けたら既に人間の中では最強の魔法使いみたいなもんじゃろ、とは言わずに戦士学科を勧める。


マリアの実力は既に熟練魔法使いの域を超えている。


大陸魔法協会の番付された魔法使いにも勝てる強さだ。


これも全て小さい頃から英才教育を施した自分のお陰だなと思うとフェンネルは顔が緩んでしまう。


「……本当に?」


フェンネルの顔が急に緩み、騙そうとしているのではと疑う。


「ああ。もちろんじゃ」


ゴホンと咳払いしてから真剣な顔をする。


マリアの顔を見てあとひと推しだなと思う。


「それに考えてもみろ。世界で唯一、魔法と剣を扱える存在になればこの世界の人間全てが憧れるぞ」


「ん?でも、じいちゃんも魔法と剣使えるじゃん。世界で唯一じゃなくない?」


「ワシの剣の腕前は普通の人より上なだけで、戦士たちの中では下の下の下じゃ。大した腕前じゃない」


下級の魔物やそこら辺のゴロツキ相手なら倒せるが、魔族や戦士が相手なら一瞬で殺される。


自慢できる腕前ではない。


「どうじゃ?夢みたいじゃないか?誰も目指したことのない最強の人間になってみたくないか?」


「なりたい!」


マリアは言葉巧みに惑わされ、今では魔法学科より戦士学科に通いたいと思っていた。


「うむ。その意気じゃ」


フェンネルはうまく騙せたことに内心安堵する。


それと同時に「ワシの孫チョロすぎて心配になるわ」と思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る