第2話 歓迎できない友人

  それから8年の歳月が経ち、サミーは爵位を継いでウィルコックス伯爵となった。ゴドルフィン王国では20歳を過ぎたあたりから、爵位を継ぐことが多い。


 18歳の誕生日を迎えたアリッサは、サミーと王都で一番人気があるという高級レストランに来ていた。その店内は、まさに豪華さと洗練の極みだった。


 扉を開けた瞬間、まず目に飛び込むのは高い天井に吊るされた大きなクリスタルのシャンデリアだ。その光が柔らかくも煌びやかな光を店内に放つ。

 白を基調としつつ、金の装飾が施されたクラシカルなデザインの壁紙が貼られ、細部にまで美しさを追求していた。

 床には深いワインレッドのカーペットが敷かれ、テーブルは上質なマホガニー材で作られており、上には繊細なレースがあしらわれた白いテーブルクロスがかけられていた。


 食器はすべて手描きの磁器で、金と紺色を基調としたデザインが高級感を漂わせる。各テーブルには生花が飾られ、その甘い香りが店内にほのかに漂い、食事のひとときをより優雅に演出していた。

 床から天井まで広がる大きな窓からは、王都の一番賑やかな通りを一望できるようになっていた。窓辺には絹のカーテンがかかり、日中は柔らかな自然光が入り込み、夜には外の街灯や月光が店内を幻想的に照らしだす。


 レストランには、熟練のピアニストが奏でる優雅な音楽が、静かに店内に響き渡っていた。音楽は会話を邪魔しない程度の音量で、心地よい空間を演出する。

 アリッサはサミーが自分のために、2年も前からこのレストランを予約していたことを聞き感動していた。


「とても素敵な店内ですわね。うっとりしてしまいますわ。今日は私のお誕生日のために、このような素晴らしいレストランを予約してくださって、ありがとうございます」


「大事な婚約者の誕生日だから、当たり前のことをしただけだよ。気に入ってくれて、私も嬉しい。アリッサ、お誕生日、おめでとう!」

 

 このレストランは、ちょうど名店が立ち並ぶ大通りに面しており、お洒落に着飾った裕福な貴族たちが、アリッサたちに羨望の眼差しを向けながら通り過ぎる。どんなにお金や地位があっても、このレストランは予約での順番待ちをしなければ入れない。皆が羨ましがるのもわかるから、アリッサは少しだけ得意な気持ちで窓辺の席に座っていた。コースの料理もでつくして、二人はデザートを待ちながら、おしゃべりを楽しむ。


「いよいよ、半年後には結婚式だね」

「えぇ、楽しみです。子供が大好きだから、三人は欲しいと思っています」

「あぁ、賑やかな楽しい家庭を築こう」


 幸せな未来を思い描いて微笑みあうアリッサとサミー。出された料理はどれも美味しく、見た目も素晴らしく綺麗だった。


(私の未来の旦那様はますます素敵になっていくわ。これほど『麗しい』という言葉がぴったりの男性はいない。水色の透明感のある髪と瞳は神秘的で、どんな舞台俳優よりも美しい)


 政略結婚のための婚約者ではあるけれど、アリッサはサミーに恋をしていた。彼のする仕草のひとつひとつが美しくて、見惚れることもよくある。

 サミーは女性に見つめられることに慣れており、余裕の笑みを浮かべアリッサを魅了した。サミーはどんな表情もさまになるのだ。店内にいる女性たちも、チラチラとサミーの姿を羨望の眼差しで見つめていた。


(こんなに美しい男性が、私の旦那様になるなんて夢みたい)


 女性たちの憧れの的である男性を婚約者にもつことは、女性にとって嬉しくないはずがない。アリッサは自分を、幸運に恵まれた女性のひとりだと信じていた。


「素敵なお誕生日を過ごさせていただき、ありがとうございます。サミー様と結婚できる私は、とても幸せですわ。末永く、よろしくお願いします」

「私のほうこそ、よろしく頼むよ。ここの料理は格別だったね。アリッサの誕生日には毎年、ここに連れてこようと思う。今から、10年先まで予約をしておこう」

「まぁ、嬉しい! 10年先だと、私たちの子供も一緒に来られるでしょうか? 家族の良い思い出になりますわね」

「そうだね。行儀の良い子に育てないと、このようなレストランでは食事ができないから、しっかりマナーを教え込まないとね」


 私はまだ生まれてもいない未来の子供たちへの期待に胸を膨らませた。


(サミー様にそっくりの男の子と女の子が欲しいわ。きっと、とっても才能豊かな子供になるでしょうね)


 ところが、不意に現れた思いがけない人物が声をかけてきて、その和やかなひとときを中断させた。


「アリッサ様! お久しぶりね。学園卒業以来よね? 私のことを覚えている?」

「まぁ、セリーナ様じゃないの。そう言えば、学園を卒業したらすぐにライン・ワイマーク伯爵に嫁ぐとおっしゃっていたわよね?」

 

 セリーナはアリッサの言葉にホロリと涙を流し、サミーの隣の席にストンと腰をおろした。アリッサは思わず眉をひそめた。


(なぜ、そこに座るの? セリーナ様がサミー様の横に座るのはおかしいでしょう? しかも、あんなに椅子をサミー様に近づけて。サミー様もセリーナ様に注意をしてくれればいいのに・・・・・・)


 アリッサの胸に、もやもやとした感情が渦巻き始めた。自分の誕生日に他の女性に嫉妬する自分が惨めだ、と思いながらも、負の感情が抑えられない。


(サミー様がセリーナ様に笑いかけている・・・・・・なぜ、嬉しそうな眼差しをセリーナ様に向けるの? 今は私だけを見つめてほしいのに・・・・・・私はセリーナ様に比べて、ごく普通の容姿だわ。髪も瞳もゴドルフィン王国ではよく見かける茶色だし、顔立ちだって特に美人でも可愛くもない。もっと私が美しかったら、サミー様は私だけを見つめてくださるの?)


 セリーナの髪は緩やかにカールされており、ピンクがかった金髪が人目を引く。愛らしい顔立ちに蜂蜜色の瞳は、どこか無邪気で無垢な印象を与えた。小柄な体型でありながら豊かなバストをもつセリーナは、愛らしさと少しばかりの挑発的な魅力を同時に持ち合わせていたのである。


 しかし、アリッサは自分の容姿を過小評価しすぎていた。実際のところ、アリッサの顔立ちは整っており、清楚な美しさが備わっていた。

 髪も瞳もこの国では一番多い茶色ではあったが、真っ直ぐで艶々と輝く髪は、光に当たるたびに柔らかな光沢を放っていた。それは風に吹かれると、まるで絹糸のように軽やかに揺れる。瞳には温かさと穏やかさを湛え、誰もが自然と引き寄せられる優しい光を宿していた。

 

 その微笑みは見る者の心を和ませ、特に子供たちや動物たちがアリッサに懐くのは、その笑顔に込められた純粋な愛情のせいだった。しかし、充分魅力的な女性であるにもかかわらず、アリッサ自身はそのことにまったく気づいていなかった。ギャロウェイ伯爵家の人々アリッサの家族がアリッサを、いまひとつ華やかさに欠ける存在として扱っていた弊害である。


「実はね、ライン様に浮気されましたのよ。ですから、こちらから婚約破棄したのですわ」

 

 セリーナは高級レストランで誕生日を祝うアリッサとサミーに、およそふさわしくない話題を展開しようとするのだった。

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