麗しい婚約者様。私を捨ててくださって、ありがとう!

青空一夏

第1話 アリッサとサミーの出会い 

  ゴドルフィン王国のギャロウェイ伯爵家は、建国以来、商業や貿易で名を馳せており、国内外に広がる貿易ネットワークをもっていた。アリッサはそのギャロウェイ伯爵家の長女である。


 サミー・ウィルコックス伯爵はアリッサの婚約者であり、サミーの領地にはダイヤモンド鉱山があった。その事業の発展のためにも、ギャロウェイ伯爵家の貿易ネットワークを欲していたので、アリッサとサミーは純然たる政略結婚のために婚約した間柄だった。






 アリッサとサミーが出会ったのは、アリッサが10歳の頃である。ウィルコックス伯爵夫妻と共にギャロウェイ伯爵家を訪れたサミーに、アリッサは思わず見とれてしまう。あまりにも珍しい水色の髪と瞳だったからで、顔立ちも精巧に作られた人形のように美しかったからだ。


「こちらはサミー・ウィルコックス。私たちのひとり息子です。アリッサ様より2歳年上ですの。こうして並んでいると、二人はなかなかお似合いだと思いますわ」


 ウィルコックス伯爵夫人はサミーをアリッサの隣に並ばせると、品定めをするような眼差しをアリッサに向けた。


「まぁ! 噂どおりの麗しいご子息でいらっしゃいますわ。こちらは、私どもの長女でアリッサと申します。女の子らしい華やかさはいまひとつですが、すでに複数の国の言語を話せますし、貿易に必要な知識が身についておりますのよ。やはり、女性は旦那様をしっかり支える教養が大事ですからね」


 ギャロウェイ伯爵夫人はアリッサの頭の良さを強調したが、娘の容姿は褒めるどころか、「いまひとつ」と表現した。アリッサの顔がほんの少し曇る。だが、ギャロウェイ伯爵夫人は、少しも娘の表情の変化に気がつかない。熱心にウィルコックス伯爵夫妻にアリッサの長所を話し続けた。


 また、アリッサの父であるギャロウェイ伯爵も、娘の利発さをアピールする。


「アリッサはこの年齢で、既に帳簿の監査や資金の流れを的確に把握できる能力があるのですよ。努力家でとても賢い子です。それに、ギャロウェイ伯爵家は建国以来、商業や貿易で名を馳せており、国内外に広がる貿易ネットワークをもっておりますからな。私たちが提携しあえば、ますます両家は繁栄することでしょう」


 政略結婚とは両家の利益や繁栄を目的として結ばれる結婚である。お互いの利害関係が一致することがもっとも大事であり、まずは自慢話から始めるのが慣習になっていた。

 今度はウィルコックス伯爵夫妻が自慢する番である。早速ウィルコックス伯爵夫人が、得意げに話を切り出した。


「それは素晴らしいことですわ。なにしろ、ウィルコックス伯爵家には毎年、莫大な利益を生み出すダイヤモンド鉱山がありますでしょう? それがきちんと管理できる嫁でないと、ウィルコックス伯爵家にはふさわしくありません。ですから、アリッサ様は当家にぴったりのお嬢様ですわ。大変、良いご縁ができました。両家の富や地位の安定・拡大、影響力を高めるために、二人の婚約を進めることにいたしましょう」


 両家の親たちが満面の笑みでシャンパンを飲み、にこやかに話を進めるなかで、まだアリッサはサミーをじっと見つめていた。


(水色の髪と透き通るような水色の瞳が、窓から差し込む陽の光を受けてキラキラと輝いて・・・・・・とっても綺麗)


 サロンの窓から流れ込む爽やかな風に、サミーの髪が優雅に揺れ、その美しさを一層際立たせていた。彼の水色の瞳は、まるで澄み切った湖のように清らかでありながら、深い静けさを湛えている。


(仕草も立ち居振る舞いも、どこか洗練されていて優雅……まるで絵画の中から抜け出したようだわ)


 こうして、サミーはアリッサの初恋の相手となった。夢見る年頃の少女にとって、サミーの存在は白馬に乗った王子様そのものに映ったのである。


「アリッサ。サミー卿と庭園をお散歩したらどうかしら? ゆっくり、二人でお話しなさい。もう、あなた達は婚約者同士ですからね」


 母親から提案されたアリッサは、サミーを誘い庭園へと向かった。ギャロウェイ伯爵家の庭園は、色とりどりの花々で彩られるというよりも、端正に刈り込まれた木々が整然と並ぶ空間だった。屋敷を囲むように植えられた生垣は、まるで緻密な彫刻のように均整が取れ、一本一本の木が丹念に形を整えられている。


 その庭園を二人で歩きながら、アリッサは緊張しながら、サミーに尋ねた。

「サミー卿は素敵ですね。とても綺麗だわ。それに比べて、私は平凡です。がっかりなさいましたか?」

 

「がっかりだなんて、むしろ感心したくらいさ。アリッサ嬢はとても優秀なのだね。既に複数の言語を話せ、帳簿の監査や資金の流れを的確に把握できるとは・・・・・・すごいなぁ」


 サミーはアリッサを賞賛しながら、自分に正式な敬称はつけないでほしいと、頼んだ。


「はい。では、サミー様とお呼びしますね。優秀かどうかはわかりませんが、物心ついた時から勉強しなければいけない環境にいましたので、それが当然と思っていました」


「勉強しなければいけない環境か・・・・・・私も見習わなければね。君には到底及ばないとは思うけれど、私も負けないように頑張るよ。これから、協力しあって仲良くやっていけるといいな」


「はい。よろしくお願いします。どうか、わたしのことは『アリッサ』と呼んでください。婚約者同士なのですから」


 サミーがうなずくと、アリッサの頬がほんの少しピンクに染まった。彼女は母親から「事業を広く展開する将来の夫を支えるために必要な知識です。貴族の娘はみんな政略結婚をするのよ。だから、アリッサがこのような難しいお勉強をするのは、当たり前のことなの。アリッサがお勉強をすればするだけ、素敵な夫に恵まれるのよ」と、言い聞かせられて育ってきた。今、ようやくその意味がわかり、アリッサは満足気な笑みを浮かべた。


(サミー様を支えるためなら、難しいお勉強も喜んでするわ。私、頑張ってきて良かった・・・・・・だって、こんなに素敵なサミー様の婚約者になれたのですもの)

  

 アリッサは素直にそう思い、自分の幸運を喜んだ。麗しい婚約者とすんなり結婚できて、おとぎ話のヒロインのようになんの不安もなく過ごせるのだと、そう信じ込んでいたのだった。





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