よく眠れる目薬

幣田 灯優

よく眠れる目薬

 ”よく眠れる目薬”というものを買った。

 これはその名の通り、目にさすことで身体を眠気が襲いそのまま眠りについてしまうという代物らしい。

 本来は医療関係で使われるようなもので、医師の許可がないと手に入れることが出来ないのだが、インターネット闇市場で購入し、今こうして私の目の前にある。

 多分がっつり犯罪だし、もしもバレたらどうなるのか怖くて調べられてもいない。

 最近、高級コーヒーを友人に大量に貰い、それを毎日ガブガブ飲んでいたらすっかり眠れない体になってしまい、ここ数日寝れていなかった。

 身体が悲鳴を上げているというのにこんな目薬の存在を見逃す訳には行かなかった。

 早速目薬をさしてみることにした。

 時刻は午後十時。普段なら眠気は全くないし、目もバッチリ開いている時間だ。

 両目に二滴ずつ。これ以上さすと一生眠り続けてしまう、と入っていた箱の側面に書いてある。

 なんとも恐ろしいが、ものは使いようだ。

 さしてみたが刺激は少なく、市販の目薬と特に違いはないように感じた。

 目をぱちぱちさせて、何か変わったかな?

と思いながら立ち上がる。

 その瞬間、まぶたがぐっと重くなった。

 視界が暗くなり、体から力が抜けていく。

 私はさっきまで座っていた椅子にもう一度座り込んで、そのまま眠りについた。


 窓から光が差し込んでいる。

 んん…と小さく唸り声を出しながら目を開ける。

 そうか、私は眠っていたのか。

 久々に眠れたという事実に驚き眠気が覚めた。

 正直、半信半疑だったが買って正解だったかもしれない。闇市場で買ったものだから社会的には不正解だけど。


 その日一日はなんだか上手く行ったような気がした。

 普段は全く頭に入って来ない講義の内容もちゃんと理解出来たし、怒られてばかりのバイトも今日は特に叱られなかった。そのまま友人の家に行って二人で楽しく遊んだ。

 やっぱり睡眠は大事らしい。

 午後十一時、良い気分のまま帰宅して机の上の目薬が視界に入ると、思わず崇めたい気分になった。

 これからも眠りたくなった時に使うことにしよう。

 さてもう寝ようと思ったが、昨日と同じくあまり眠気がなかった。

 なので、今日もこの目薬を使ってみることにした。

 昨日と同じく蓋を開けて目薬をさそうとしたところで、私はとんでもないミスをしてしまった。つい力みすぎてポタポタと何滴も目にさしてしまったのだ。

目の周りの水滴を拭くと同時に私の頭の中をある言葉が駆け巡る。

「二滴より多くさすと一生眠り続けてしまう」

 まずい。早くどうにかしなきゃ。でもどうすれば?

 慌てふためいていると一瞬でまぶたが重くなり、そのまま意識を失って為す術なくその場に倒れ込んだ。


――「…! …リ! アカリ!」

 私の名前を呼ぶ声ではっと目を覚ました。

「あれ…? ユミ…? どうしてここに…」

 視界には友人のユミが心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいるのが映った。

「起きた!はぁー…良かったー…」

ユミは私が目を覚ましたことに安心し大きく安堵のため息をつく。

「アカリ、私の家にスマホ忘れていったんだよ。それで届けに来たけど、インターホン押しても出ないからさ、ドア開けようとしたら鍵空いてて、入ったらアカリが倒れてたんだよ」

 緊張の糸が切れたのかゆっくりと話すユミを見ているとだんだんと記憶が戻ってきた。そうだ、あの目薬をさして、そのまま二度と起きれなくなるところだったのだ。それに鍵も閉め忘れていた。

「…ありがとうユミ。ほんとに助かったよ」

 私は救世主であるユミにお礼を言った。

「もう怖いからあの目薬を使うのはやめるね」

「あ、やっぱりそういう事だったんだ。いくら声を掛けても無反応だったからさ、もしかしてって思ってこれを飲ませたんだけど、正解だったみたいだね」

 ユミが嬉しそうに見せてきたのは、私がユミに貰って毎日飲んでいたコーヒーの粉が入ったら袋だった。

 どういう意味か分からないでいると、その袋には

 ”よく目が覚めるコーヒー”

 ”一日一杯まで。それ以上飲むと二度と眠れなくなる”と書いてあった。

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