幻想恋愛奇譚集

卯月 幾哉

不死身の騎士と死霊術師

不死身の騎士と死霊術師(前編)

 ――それは、泡沫うたかた微睡まどろみの中。


 泣き叫ぶ若い女が、俺の名を叫び続けている。



 ――ラック!

 ああ、愛しのラック!

 ……たとえ死んでしまっても、どうか私のことを忘れないでね……!




    †††




 俺の名はラック=ベルシ。

 この国の近衛騎士として日夜、陛下の居城たるここ王城の守備の任にいている。


(――……んだ?)


 どうやら俺は、ほんの少しぼうっとしていたらしい。


 白昼夢を見ていたような気がする。

 それは、戦火を免れるために数か月ほど前に俺が王都から逃がした、妻の夢だったかもしれない。

 ……まあ、今の俺には関係ない話だな。


 ――ザザッ、と足音が響く。


 おっと、仕事の時間だ。


 近衛騎士として指折りの実力を持つと自負する俺だが、そんな俺には宿敵と言うに相応ふさわしい相手がいる。

 それが数日に一度、俺の守る王城の西門にやって来る死霊術師のババアだ。


「今日も来やがったな、ネクロババア!」


 俺がそう言うと、黒いローブを全身にまとったババアは、顔を真っ赤にして金切り声を上げる。

 しわだらけのババアは当然、俺の愛する妻とは似ても似つかない。


「誰がババアよ! 私の名前はオーディよ。いい加減に覚えなさい!」


 ちなみに、ネクロババアというのは俺が付けたあだ名で、死霊術師ネクロマンサーとババアを足し合わせただけのシンプルなネーミングだ。


 ……オーディ? どこかで聞いたような名前だな。


「ああ? そういえば、そんな名前だったか」


 こんな類いのやりとりももう、何度目になるかわからないほどだ。

 それにしても、毎度毎度よくそんなに本気で怒れるものだと、俺は自分が怒らせている元凶だということを棚上げして感心してしまう。


「〝不死身の騎士〟ラック! 今日こそあなたに引導を渡してあげるわ!」


 ババア――オーディは俺の二つ名を呼ぶと、配下のゾンビ共をけしかけて来る。


 ……ひいふうみい……やべっ。怒らせ過ぎたな。いつもより多いぞ。


 俺は腰から聖剣を抜き放つと、左手で角盾を構えつつ、ゾンビ共を迎え討つための位置取りを行う。

 この剣は、陛下から下賜かしされたもので、邪悪なるものに強い威力を発揮する破邪の剣だ。


「よっ、ハッ! せいやっ!」


 俺は、押し寄せるゾンビの連中を、右手に持った聖剣でスパスパとで斬りにしていく。

 聖剣の力によってちりと化したゾンビは、二度と復活することはない。


 ……フハハハハ。ゾンビなど、物の数ではないわ。


「相変わらず出鱈目でたらめな聖剣ね」


 ババアが呆れたような口調で言うが、俺が聖剣の力に頼りきりみたいに言われるのはしゃくだな。

 この俺も、今の攻防で十数匹ほどのゾンビをほふったが、息切れ一つ起こしちゃいないんだぜ。

 そこの所はちゃんと評価してほしいもんだな。


「……ハン! そろそろ観念して捕まる気になったか?」


 そういてはみたが、もちろんババアが素直にうなずくなんざ、思っちゃいない。


「そんなのは御免よ。……また来るわ」


 遠くからゾンビを操っていたババアは、生気の無い馬にまたがると、あっという間に王城から離れて行った。


「何度だって返り討ちにしてやるぜ」


 俺はババアのその背に向かって、余裕たっぷりの声を投げかけた。



 ババアを見送った後、俺は右手のガントレットを外して一息いた。

 五指を開き、手の平を内側に向けて目の前でよく見えるようにする。その表面はまるでひどい火傷をしたかのようで、水ぶくれを起こし、ボロボロになっている。


 ――痛みは、まるで感じない。


 ……いつからこうなっていたのか……


 思い出そうとしても上手く行かない。

 まるで、記憶にもやが掛かっているみたいだ。


「〝不死身の騎士〟が聞いて呆れるぜ……」


 この傷のことを、俺は誰にも相談できずにいた。


 王国はいま、余裕のない状況だ。

 先ごろ、なんとか帝国の攻勢を退けたのは良いが、彼らがいつまた侵攻して来るかわからない。


 俺は疑問を棚上げにして、ガントレットを右手に着け直す。

 まだまだ、王城守備の任務は続くのだ。



    †



 その日の晩、俺は国王陛下に謁見を願い出ていた。


「ベルシ様、どうぞ」

「ああ、ご苦労」


 謁見の間の門番に通され、俺は扉の先へ進む。

 それから、玉座のやや手前まで足を進め、ひざまずく。


おもてを上げよ」


 厳かな陛下の声に従って、俺は顔を上げる。


「余に何か、申したい事があるそうだな」


 陛下に促され、俺は唾を飲み込んでから提案を奏上する。


「はい。以前から報告している例の死霊術師を討伐するため、しばらく城を留守にすることをお許しいただきたく」

「ならぬ」


 しかし、陛下は一刀両断に俺の奏上を切り捨てた。


 ……ぐっ。だが、ここで簡単に引き下がるわけにはいかん。


「ですが陛下、あの老婆一人の手にかかって、これまで何名もの騎士が犠牲ぎせいになっております。このまま放ってはおけません」


 そう。あのババアはあれで結構な凄腕すごうでなのだ。

 俺は聖剣による相性差もあって完封できているが、西門の守備が実質俺一人になっているのは、あのババアのせいなのだ。


 しかし、陛下の判断は変わらなかった。


「くどいぞ。其方そなたの役目はこの城を守ることだ。賊の追跡は他の者に任せよ」


「……ハッ。承知しました」


 俺は頭を下げ、陛下の前を辞去する。


 ……仕方ないか。これまで通りやるしかない。


 謁見の間を出る直前、俺はもう一度玉座の方を振り返った。


 玉座に腰掛ける陛下の姿は、最初から最後まで微動だにしていなかった。



    †



 数日後、常のごとく王城の西門を守る俺の前に、再びネクロババアが姿を見せた。


「……性懲しょうこりもなく、また来やがったか」


 俺がそう言うと、黒ローブのババア――名前は、確かオーディだったか――は不敵な態度で俺に人差し指を向ける。


「ラック、今日こそあんたを冥府に送ってあげるわ!」


 その自信たっぷりな彼女の姿を見て、ズキン、と頭が痛んだ。


 ……なんだ? 俺は何か、大事なことを忘れているような……


「……死霊術師に言われたんじゃあ、シャレにならねえな」


 俺は歯を食いしばって頭痛をこらえながら、右手で聖剣を抜き、左手で角盾を構える。


「今日はいつものようには行かないわよ」


 彼女――オーディがさっと手を振ると、ローブの影から動くしかばねどもがぞろぞろと姿を現す。

 その数、ざっと三十。

 前回も多かったが、今回は量・質ともに遥かにそれを上回る。


 ……どうやら、本気で本気らしいな。


 そして、動死体どもの中に、明らかに異質な気配を放つ剣士が紛れてやがる。


 ――きっと、あいつが本命だな。俺が気づかないとでも思ったか……?


「さあ、お前たち、行きなさい!」

「へっ、掛かって来やがれ!」


 オーディの合図に従って、ゾンビ共の群れが左右に列を成して展開する。


 ――統制が取れていやがる! 厄介だな……!


 俺は聖剣に秘められた力の一部を使うことを決めた。

 左側のゾンビの列に狙いを定め、なるべく多くのゾンビを捉えられるように聖剣の切っ先を奴らに向ける。


「! 避けなさい!」


 オーディが慌てたように指示を出すが、もう遅い!


「〈聖光爆発ホーリー・ブラスト〉!」


 俺の発した合言葉キーワードと共に聖剣が発光し、切っ先から聖なる光がほとばしる。

 放射状に広がった聖光はゾンビを捉えると爆発を起こし、次々と屍を塵に帰していった。


 ……今ので八体はやったか。ババアの合図が間に合っちまったな。


 俺は想定より低い戦果に対し、ギリリと奥歯を噛み締める。

 今の聖剣の秘技は連発はできない。ここからしばらくは、純粋な剣技のみで奴らをさばかなければならない。


 この秘技を見せた覚えはなかったが、さっきのオーディの反応からして、効果を知っていたのは間違いねぇな。


「……そうか。ババア、てめえ。俺の仲間から聖剣の情報を聞き出しやがったな」


 そう考えれば納得が行った。

 このババアは俺の仲間を何人もその手に掛けてきたはずだ。

 あいつらがそう易々やすやすと口を割るとは思えないが、死霊術師のこのババアのことだ。どんな非道な手で聞き出したか、わかったもんじゃないぜ。


 しかし、ババア――オーディは、まるで心当たりがないと言わんばかりに首を傾げて見せた。


「――……何を言ってるのかしら?」

「とぼけやがって。まあ、いいぜ。結果は変わらねぇからな」


 俺がそう言うと、オーディは溜め息を吐いた。


「――ラック、かわいそうにね。今、解放してあげるわ」


 彼女の科白せりふは、全くって意味不明だった。



(中編に続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る