第25話 鷹香華亜佳と加華香嘉歌③

 阿木館あきだて有沢ありさわはこの大変危険な事態を嗅ぎつけてやってきていた。

 どうにかして止めなければならない。

 だが、その思いとは裏腹に、それは始まってしまう。

 いよいよ、始まってはいけない最強対決が始まってしまう。


 世界崩壊の危機が迫っている。


「誰かいないのか、この二人を止められる猛者もさは……」


 いるのだろうか。

 いるはずがないだろう。

 いま戦おうとしている二人は最強の二人なのだから。


 これは阿木館の予想だが、ごん兄さんが攻撃する度に環斗かんと君が他人の命を代償として回避をおこなうだろう。

 環斗君は厳兄さんへの攻撃が通用しないことは分かっているから、弟の将ちゃんや丘南杉家の家、土地というふうに攻撃対象が厳兄さんの周囲に移っていくだろう。

 逆もしかりで、環斗君に攻撃が当たらないのなら、厳兄さんは環斗君の家を攻撃し、家にも攻撃が当たらなかったら土地、町、国、星と攻撃対象を拡大していくだろう。

 家を壊された報復でも攻撃対象は家に移る。互いが攻撃できない相手に精神的ダメージや財産的ダメージを与えるため、その周囲をどんどん破壊していき、それが広がりすべてを破壊し尽くす。


 それが阿木館の想定する最悪のシナリオだった。


「厳君、これでどうにかこの場を収めてはくれまいか」


 阿木館がふところから取り出したのは一枚の紙切れ。

 超貴重な厳兄さんの報復我慢券であった。


「駄目だ。こいつは報復三倍持ちだ。そんなこいつの為に使うのなら二倍の六枚は必要だ」


 超貴重な厳兄さんの報復我慢券が六枚もあるはずがない。

 悲嘆に暮れる何でも屋一同。未来に絶望しか待っていないことを悟り、絶望する。


「あーははははぁ」


 突然奇妙な笑い声がして全員が振り向いた。

 環斗君の家の敷地外から覗き込む男が腹を抱えて笑っていた。


「おいおまえ、何がおかしい?」


 環斗君がたしなめるような口調で訊ねた。

 機嫌が悪い。いまは厳兄さんにというより、その男の下品な振る舞いに対して腹を立てているようだった。


「あ、あいつは……」


 阿木館の表情が凍りついた。


 有沢が小声で状況説明を要求すると、阿木館も小声で答えた。

 その男こそが、かの恐ろしきぶち壊し大魔神であった。


 彼はいったい何をぶち壊しにきたのか。

 Sクラス二人を煽って何もかもをぶち壊すのか、それとも場を収めようと奮闘する阿木館の努力をぶち壊すのか。


 阿木館の脳裏には絶望しか巡らなかった。


「駄目だ。もう駄目だ。どうしようもない。ついにこの世の終焉が始まってしまう。怪物と怪物の戦争が、地球を滅ぼしてしまう」


 あるいは宇宙までも滅ぼすのではないかとまで言った。

 そんな阿木館の元へスタスタスタッと歩み寄ってきたぶち壊し大魔神こと煙蛾えんが諜祐ちょうすけは、阿木館の持つ紙切れをスッとさらった。


「あ、おい!」


 阿木館が煙蛾から報復我慢券を取り返そうと腕を伸ばすが、その腕は止まってしまう。


 奇跡、と呼ぶには奇妙すぎる事態が起こっていた。


「ほーれ、これで六枚。報復我慢けーん! おまえ、引き下がれよ」


 煙蛾は六枚の報復我慢券を厳兄さんに突きつけた。


 厳兄さんはそれを奪って真偽を確かめる。


 どうやら偽物ではないらしい。

 ただの紙切れに報復我慢券と書いてあるだけなのだが、自分が書いたものはちゃんと覚えているのだろう。


「どうしてこんなにおまえが持っている?」


「それは秘密」


 厳兄さんは引き下がらないわけにはいかない。

 報復我慢券を無視すれば、報復我慢券の価値が無に等しくなってしまう。

 今後いっさいの支払いを報復我慢券で済ますことができなくなる。


 厳兄さんは納得がいかない様子であった。

 厳兄さんはよほどのことがない限り報復我慢券での支払いはおこなわない。

 そこにある六枚はこれまで厳兄さんが発行して戻ってきていないすべての報復我慢券であった。


「分かった」


 厳兄さんが去ると、ぶち壊し大魔神もスキップして去っていった。

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