第19話 百円の対価①

「はい、報酬」


「まいどあり」


 将ちゃんは阿木館あきだてに紙切れを渡すと、さっさと事務所を出ていった。

 阿木館は紙切れのしわを伸ばし、大切そうに財布の中にしまった。


「阿木館さん。私、常々思っていたんですけど、もしかして阿木館さんって将ちゃんと仲がいいんですか?」


 阿木館は有沢ありさわの質問に驚いた表情を見せた。

 その驚きは部下の発言に対するものに違いないが、実際には自分自身に驚いていたのかもしれない。


「どうだろうね。将ちゃんはクライアントとしては常連さんだから、将ちゃんの遭遇率の高さを抜きにしても彼と会う頻度は高いだろうね。たしかに私は彼に多少なりとも愛着がある。彼のほうはどうだか知らないが」


「でも将ちゃんの報復は相手が誰であっても絶対なんですよね? 会う頻度が高いと、やっぱり怖くないですか? 意図せず将ちゃんに粗相をしでかすかもしれないでしょう?」


「うーん、まあね。でも、将ちゃんはあれで優しいところもあるんだ」


「え、優しい!?」


 阿木館は有沢の驚く顔を見なかった。想定どおりのタイミングで予想どおりのイントネーションだったのだ。表情も想像どおりに決まっている。


「軽い粗相であれば、素直に報復を受け入れれば加減をしてくれる。それに、報復相手が攻撃的な場合なんか、相手の矛先が周りの知人に向かないよう認識解脱能力の行使を控えてくれたりする」


「へぇー。よく見てますねぇ。やっぱ親しいんだ」


「まあ、そういうことなんだろうね」


 阿木館は有沢の淹れたお茶でくつろいだ。


 有沢には思うところがあって、自分の財布の中身を確認した。


「ねえ、阿木館さん。戸北宮ときたみや環斗かんとに会いに行きませんか?」


「環斗君に? なんでまた?」


「危険人物って言っても、妙な真似をしなければ害はありませんよね? 月島つきしま芽々めめは例外としても、ほかはみんなそうじゃないですか。だからSクラスに会ってみたいんです。正直な気持ちを言うと、何でも願いを叶える能力なんて、にわかには信じられないんです」


「まさか、実験する気か?」


「はい。百円のやり取りのレベルならぜんぜん平気でしょう?」


 阿木館は気が進まなかったが、有沢の熱意に腕を引かれ、半ば強引に案内させられた。


「君って奴は……。僕にとっての危険度はB以上だよ。君自身、あんな凄惨せいさんな光景を目撃しているというのに、どうしてこうも危険人物に興味を抱くかな」


「おもしろいからです。狂気の沙汰ほどおもしろいって言うでしょ?」


「それは格言ではないよ」


 有沢は阿木館に財布を置いてこさせた。彼を一時的にでも文無しにするためだ。

 彼が百円を欲しがり、代償に自分が百円を失う。それが有沢のシナリオであった。


 阿木館が呼び鈴を鳴らすと、家から普通の格好の少年が普通の扉の開け方で出てきた。


「やあ、環斗君。君と会うのは何回目になるかな」


「さあ……」


「今日は君に助手を紹介しに来たんだ」


 有沢が名乗ると、環斗君も名乗った。終始無表情。まるで新聞の勧誘が来て面倒になっているような態度である。


「阿木館さん、そういえば喉が渇きませんか?」


 突然有沢が口を挟む。白々しい口調。手の動きや表情はしっかりした演技になっている。


「ああ、まあ」


 阿木館の眉間には自然と皺が寄った。


「ジュース、買いたいですね。普段お世話になっているので、三十円くらいならおごりますよ」


「それじゃあジュースは買えないよ」


 言葉すら白々しい有沢。


 阿木館は当然気づいている。

 前に有沢が口にした言葉、百円のやり取り。


 つまり、阿木館が環斗君に百円が欲しいという願いを叶えてもらうよう、有沢はサインを出しているのだ。

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