第18話 戸北宮環斗とお嬢②

「ねぇ、あなたは世界を支配してどうするの?」


 環斗君にそう訊かれた女性はドキリとした。

 まさか、お説教なのか。それとも、答えの内容しだいで殺され方が変わるのか。

 分からない。

 女性は少しためらったが、野心を少し和らげた形で返答した。


「ちょっと楽をしたかっただけよ。世界を支配すれば何もせずにおいしいものを食べられ、好きなものを手に入れられる」


 環斗君は無表情だった。彼女の返答を聞くときも、それに対する返事をするときも。


「支配者のくせに何もしないんだ。それって世界を崩壊させるってことだよね?」


「え、ちょっと待ってよ。なんでそうなるの?」


 女性は大罪人として苦しむような処刑方法で殺されるのかと、自らの身を案じた。


「働く下々の人たちは、見返りが期待できずにモチベーションが下がる。すると真面目に仕事をしなくなる。ストライキも起きるだろう。科学の進歩も止まる。利益競争がなくなれば商業は崩壊する。世界が食料難になる。そして人類は滅びる。そうならないようにすべてをいまのままに維持する政策を取るのなら、それは世界を支配しているとはとうてい言いがたい」


「それは極論だわ。世界を一人の人間が支配して横暴に振舞ったとして、人類がそこまで堕ちるとは思えない」


 女性に銃口を向けていた傭兵は、その銃口を自分の口に突っ込んで引き金を引いた。

 傭兵は雇い主を決して裏切らないという誇りを守る代償に自ら命を落とした。

 厳密には環斗君が傭兵に誇りを守らせる願いの代償として傭兵に自害させた。


 女性は一人、死体に囲まれて環斗君の前に膝で立ちすくむ。


 腕なしと足六本の傭兵はいつの間にか姿を消していた。


「ねえ、お姉さん。僕が世界の行く末を本気で案じるような人間に見える? さっきのはテキトーにそれっぽいことを言ってみただけ。お姉さんが世界を支配したとして、その後世界がどうなるかなんて僕にはまったく分からないし、何より、まったくもってどうでもいいことだよ。で、どうでもよくはないことを訊くけど、もし僕がお姉さんの要求を断ったら、お姉さんは僕を殺した?」


 女性は環斗君の質問に希望を見出した。返答しだいでは生きて帰れると思った。


「いいえ、あきらめて帰ったはずだわ。私にはあんたを殺しても何もメリットがないもの」


「口封じは?」


「しないしない! 私はテロリストやマフィアじゃないもの」


「つまらない人」


「え……」


 女性の右手が意図せず自らの腰に伸び、備えつけていたジャックナイフをひっぱりだした。そしてそれを振り上げる。

 狙いは自身の首。


「な、なにこれ……。どうなっているの?」


「僕は僕の願いを叶える。お姉さんの右腕を僕の意志どおりに動かす。左腕の自由を失うという代償をお姉さんに払ってもらう」


 女性の左腕はダラリと垂れ、まったく動かなくなった。右腕は環斗君の意思に動かされている。


「そんな、ずるい!」


「どうでもいい。僕がずるいとか、お姉さんがずるいお願いを、ずるい手段で叶えようとしたとか、そんなことはすべてどうでもいい。僕はただ、僕に悪意を向けた人に後悔させたいだけ」


「後悔してる!」


 ナイフを持った右手が振り下ろされる。女性の首を串刺しにした。


「嘘つき。そう言ったら許してもらえるとでも思ったの? 僕はあなたを後悔させられて嬉しいけど、あなたは『後悔してない』と言うことで、自分を殺す相手の気を晴らさせないようにしたほうが後悔しなかったんじゃない? あ、後悔した? じゃあ正直者だ。でも、僕は嘘つきだよ。本当はあなたが後悔しようがしまいがどうでもいい。僕に危害を加える者、手をわずらわせる者は、邪魔だから殺す。それだけ」


 女性は崩れ落ちた。死体と血が環斗君の庭に散乱している。


「僕は自分の庭が綺麗になることを願う。その代償は、このお姉さんの実家が庭を失うこと」

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