暴虐の将ちゃん
日和崎よしな
第一章 報復の将ちゃん
第1話 浜瀬裕と針山小枝①
「ふぅ、どうやらまいたようだな」
革ジャンにシルバーアクセサリをジャラジャラと身にまとった男が、隣にいる女の肩に腕を回す。
青いジーパンに白いTシャツという軽装の女は、腕をよこした男の胸に頭を預けた。
「やっと二人きり」
男の名は浜瀬裕。姓がハマセで名がユウである。
女の名は針山小枝。姓がハリヤマで名がサエである。
彼らはいずれも暴走族の一員だったが、針山は暴走族のヘッドの女であり、浜瀬はヘッドから針山を奪って駆け落ちし、暴走族から逃げてきたのだった。
浜瀬は追っ手から逃れるために枕木町へとやってきた。
彼らが枕木町へ入ると、案の定、誰も追ってこなかった。
それどころか、追っ手は陽の差す乾燥した空気に砂煙を巻き上げて引き返していった。
浜瀬も針山も、枕木町が警察すら寄りつかない危険な町だということは聞き及んでいる。だが、何がどう危険なのか、そこまでは知らなかった。
彼らだって暴走族上がりの悪たれであり、そんな彼らが入ったことで危険な町の表情がよりデカくなっただろう。浜瀬も針山もそう思っていた。
浜瀬は早くも枕木町に馴染んだかのように悠々と歩いた。
いまは宿を探して歩いているのだが、彼は道の中央を
浜瀬は腕っ節には自信がある。相手が徒党を組んで襲ってきたら敵わないが、一人や二人が相手なら誰であろうと捻り潰す自信があった。
二人の歩く道は広くはない。狭くもなかったが、舗装されているくせに荒れ果てていて、荒野を歩くように砂が舞う。
浜瀬の横では針山が張りつくように腕を組んで足並みをそろえている。
前から人が歩いてくるが、いまの浜瀬は避けられる状況にない。ただし、毛頭避ける気もなかった。
前から歩いてくる人は少年だった。彼は浜瀬とぶつかりそうになって横に逸れる。だが、それでもぶつかってしまった。
イラッとした浜瀬はその少年にツバを吐きかけ、睨み下ろした。
「チッ、気をつけろよ、ガキが!」
浜瀬は機嫌を悪くしながらも、再び前を向いて針山と歩きだす。
だが、その浜瀬の足が止まる。ふくらはぎに何らかの衝撃を受けてつまずいたのだ。
浜瀬は針山と組んだ腕を解き、後ろを振り返った。
さっきの少年が浜瀬を睨み上げている。
質素な格好。皺だらけ染みだらけ穴だらけの汚らしいシャツと、ベージュ色の薄汚い七部丈パンツ。みすぼらしい少年。
「僕にぶつかるな」
「ああっ!? んだとコラァッ!」
浜瀬は少年にツカツカと近づき、それから胸倉を掴み上げ、顔面をつき合わせて鋭い視線で睨み下ろした。
野良餓鬼が自分に対して悪態をつくという事実を認識したとき、浜瀬のプライドに亀裂が入った。
後ろから自分の足を蹴ったであろうその少年に殺意の眼差しを叩きつけた。
彼らのほかにも通行人はいた。
トラブルを目撃した二人組の女たちが騒ぎだす。
「やっちゃったよ、あれ。将ちゃんだよ……」
「どうする? 逃げる?」
一人はギャル。部屋着のようなラフな格好をしているが、外に出ても恥ずかしくない程度に身だしなみを整えている。
もう一人はコギャル。節操のなさそうな女であった。
少年のことを将ちゃんと呼んだのはコギャルのほうである。
「でもこの後の展開が気になるなぁ」
「じゃあ見届けるの? ねえ、逃げようよ」
「うん。逃げよっか。つまんない好奇心に命を賭けるのは、割に合わないもんね」
浜瀬は二人組の女たちが自分のことを恐れて逃げだすのだと思い、内心で悦に入った。
個人相手ならば自分は強いのだから、それを知らしめて恐怖のために顔が利く存在として君臨してやるのも悪くない。そんなことまで考えだした。
こんなにも荒れきった町に徒党を組む輩などいようはずがない。浜瀬は勝手にそう思っている。
浜瀬は二人組にもっと恐れを抱かせようと睨みの矛先を傾けたが、二人組はすでに背を向けて全力で逃げていた。
いや、一人が立ち止まった。節操のありそうなギャルのほう。
振り返って何かを叫ぶ構えを見せる。叫んだ。
「おじさーん、早めに謝ったほうがいいよー」
「バカッ、あんたお人好しすぎ!」
二人組は再び走り出した。ギャルがコギャルの腕を引いて走っていった。
浜瀬は最初、その言葉が理解できなかった。
だが、時間を要して理解に至る。
二人組が恐れていたのが自分ではないと知り、その腹立ちを威嚇に乗せた。だが彼女らはすでに背を向けて逃げているので、決してその怒りは届かない。
浜瀬の機嫌は、度合いを高低で表すならば地底の底まで落ちていた。
怒りが爆発した。二人組を追いかけて殴り飛ばしたいが、距離と状況からそれは厳しい。
だからすべての原因、きっかけである眼前の将ちゃんにすべてをぶつけることにした。
「早めに謝れって? おまえは謝ったら許してくれるのか? だとしてもだ、ボーズ、俺はおまえが謝っても許さねぇ」
浜瀬は将ちゃんを殴った。
タコ殴りにした。腹を、顔を。
蹴った。横腹を、背中を、脚を。
何度も殴った。肩を、頭を、腰を。
踏みつけた。足首を、顔を。
将ちゃんは抵抗しなかった。
動かなくなった。
息はしている。死んではいない。
少しスッキリした浜瀬は針山の腕を引いて歩きだした。
針山の腕は震えていた。針山の手前、少しやりすぎたと浜瀬は反省した。
しかし、「危険な町に危険な浜瀬あり」と浜瀬は一人悦に入っていた。こういう無法地帯に憧れていた。
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