第2話:カインの過去と夢

 カインが再び鍛冶屋を訪ねてきたのは、前回からそう間を置かないうちのことだった。俺は相変わらず作業に没頭していたが、扉が開く音と共に彼の存在を感じ取った。


「また来たのか。」


 鋼を打つ手を止めずに、俺は軽く声をかける。カインの姿が視界の端にちらりと映ったが、彼の足取りは前回よりも落ち着いているように見えた。だが、その内に抱えた焦りや緊張感は消えていない。冒険者として、何かを達成したいという強い欲望が伝わってくる。


「レオさん、もう一度だけ話を聞いてくれ。」


 カインの声には決意が感じられた。彼の声は前回よりも真剣さを増している。俺は黙ってハンマーを振り続けたが、カインの言葉に耳を傾けることにした。


「前回はただ強くなりたいって言っただけじゃ、伝わらなかったかもしれない。だから、俺がなぜ強くなりたいのか、ちゃんと話すよ。」


 カインの言葉に、俺は一瞬手を止めた。彼がただの夢見がちな若者なら、こんな風に何度も挑んでこないだろう。だが、それだけで俺が武器を作るわけにはいかない。だから、彼がどれだけ本気であるかを見極めるために、俺はまたも無言で彼の話を聞くことにした。


「俺には、守りたいものがあるんだ。」


 その言葉に、俺は少しだけ興味を引かれた。守りたいもの――それが彼の強さへの欲求の理由か。だが、それだけではまだ足りない。守ることを理由に強さを求める者は多いが、それが本当の覚悟であるかどうかは、話を聞かなければ分からない。


「昔、俺は仲間を守れなかったんだ。」


 カインの声が静かに響く。その言葉には、深い痛みが込められていた。彼が過去に体験した苦しみが、今の彼を形作っているのだろう。俺は再びハンマーを持ち上げ、軽く鋼を打ちながら、彼の話を待った。


「俺は冒険者として、まだ駆け出しだった頃……あの時、俺はもっと強ければ、仲間を守れたんだ。だけど、俺の力不足で、あいつらは――」


 カインの声が少し震えた。仲間を失った経験が、彼の中に深く刻まれているのだろう。俺は無言のまま、彼の続きを待つ。鋼を打つ音だけが鍛冶屋の中に響き渡る。


「洞窟で、魔物に襲われた時、俺は剣を振るうことができなかった。力が足りなかったんだ。あの時、俺に強い剣があれば、もっと何かできたはずだった。だけど、結局何もできずに……仲間を失った。」


 俺は鋼を打つ手を止め、カインに目を向けた。彼の目には後悔と自責の念が浮かんでいる。仲間を失ったその瞬間、彼は自分の無力さを痛感し、それ以来ずっとその傷を抱えたまま生きてきたのだろう。


「それから、俺は変わろうと思った。もっと強くなって、次は誰も守れないなんてことがないように……。そのためには、力が必要なんだ。お前の作る武器が必要なんだ!」


 カインは熱を込めて語った。彼の言葉は嘘ではないだろう。だが、それでも俺はすぐに答えを出すつもりはなかった。彼の言葉には確かに重みがある。仲間を失った経験が彼を強くしたのは分かる。だが、まだ足りない。言葉だけでは、俺は彼に武器を渡す理由にはならない。


「それが本当かどうかは、行動で示せ。」


 俺は再び作業に戻った。カインの苦しみや後悔は、確かに本物だろう。だが、それが武器を持つにふさわしい覚悟であるかどうかは、彼自身が行動で証明しなければならない。俺はただ、言葉だけで判断を下すほど甘くはない。


 カインは俺の言葉に戸惑い、何かを言おうとしたが、口を閉じた。そして、静かにうなずいた。


「行動で示す……分かったよ。俺はレオさんに認めてもらうために、やるべきことを見つけてみせる。」


 カインはその言葉を残して、鍛冶屋を後にした。扉が閉まる音が響き、俺はしばらくその音の余韻に浸っていた。


 カインが去ってからしばらくの間、俺は作業に集中しながらも、彼の言葉が頭の中を巡っていた。彼の過去の苦しみや後悔は確かに本物だ。冒険者として成長したいという強い欲望も感じられる。だが、それだけではまだ足りない。俺が作る武器は強力であり、それにふさわしい者でなければ扱う資格はない。


「行動で示す、か……」


 俺自身、過去に多くの冒険者を見てきたが、本当にその言葉を行動に移せる者は少ない。言葉で強さを語ることは簡単だ。だが、それを実現するためにどれだけの覚悟があるかは、行動でしか証明できない。カインが本当にその覚悟を持っているかどうかは、まだ分からない。


 俺は再びハンマーを振り上げ、鋼を打ち続けた。火花が散り、金属が徐々に形を成していく。その過程は、どれだけの時間をかけても俺には決して飽きることのないものだ。作業をしている間だけ、俺の心は静かに満たされていく。


 だが、カインの言葉は頭から離れなかった。彼の抱えた痛みや後悔は、俺自身がかつて感じたものに似ているのかもしれない。俺もかつて、守るべきものを失い、その後悔が俺を鍛冶師としての道へと導いた。だからこそ、彼の気持ちを少しだけ理解できる気がした。


「……だが、まだだ。」


 俺はつぶやき、鋼を打つ手を止めた。カインがどれだけ本気であるか、それを見極めるためにはまだ時間が必要だ。言葉だけでは信じるに足りない。彼が行動で示すその時まで、俺はただ待つだけだ。


 カインが本当に自分の過去を乗り越え、強くなるための道を見つけることができるのか。それは彼自身にかかっている。俺ができることは、ただ彼を見守り、彼がその覚悟を行動で示すまで待つことだ。



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 第2章完結まで1日2話ずつに更新(11:00、12:00)していきます。


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