第6話:絆の形成と新たな家族の始まり
フィンとの生活が始まって数日が過ぎた。彼の体調は驚くほど順調に回復している。最初にあの森で倒れていた時とはまるで別人のように元気を取り戻していた。傷も癒え、毛並みも以前のような艶やかさを取り戻しつつある。それでも、彼はまだ完全に回復したわけではなく、俺の家の片隅で静かに横たわっている時間が多かった。
朝、目を覚ますと、フィンが俺の足元にいることに気がついた。柔らかな毛が膝に触れて、彼がいつの間にか近づいてきたことに驚く。フィンがここまで自分から接触してくるのは初めてだった。
「おはよう、フィン」
俺が声をかけると、フィンはピクリと耳を動かし、のっそりと頭を持ち上げた。まだ眠たそうな目でこちらを見つめているが、その瞳に怯えや警戒の色はない。以前とは違い、フィンが俺を恐れていないのは明らかだった。
「体調はどうだ?」
フィンは尻尾を軽く振って、甘えるように俺の膝に顔を押し付けてきた。驚くほど自然な動きだった。かつての彼の警戒心が嘘のようだ。俺は自然に微笑みが浮かんだ。いつの間にか、彼がここまで俺を信頼してくれるようになったのかと思うと、胸が温かくなる。
「よし、今日もゆっくり休めよ」
俺は彼の頭を撫でる。フィンは目を細め、頭を俺の膝に乗せたままじっとしている。彼の温もりが伝わり、安心している様子が感じられる。まだ言葉でコミュニケーションを取ることはできないが、それでも十分に気持ちは伝わっているように思える。
フィンが自分の意思でこうして俺に寄り添ってくれること。それは、彼が俺を信頼し、もう自分から離れるつもりがないという証だった。
フィンの体調が落ち着いてきたこともあり、俺は鍛冶場での仕事を再開した。ここ最近、村の道具が不足しているとのことで、急いで農具を仕上げる必要があった。
「今日は結構な仕事量だな……」
俺は鍛冶場の炉に火を入れ、鉄を熱し始めた。火の中で赤々と輝く鉄を見つめていると、再びフィンの存在に気づいた。鍛冶場の入口で、フィンがじっと俺を見つめている。
「フィン? どうした、そんなところで」
フィンはじっと俺の作業を見守っていた。その姿は、まるで何かを悟ったように静かで、動く気配はない。彼がそこにいることは俺にとって不思議な安心感をもたらしてくれた。仕事に集中しつつも、彼の存在を背後に感じながら、俺は少しずつ鍛冶仕事を進めていった。
フィンは何も言わず、ずっとそこにいた。まるで、俺がどんな仕事をしているのか見守っているかのようだった。時折、俺が手を止めて彼の方を振り返ると、フィンはわずかに尾を振る。彼がそこにいるだけで、村の鍛冶仕事が少しだけ楽しく思えてくるから不思議だった。
俺が鉄を叩き続けている間、フィンは一度も動かず、ただ静かに座っていた。まるで、俺が仕事を終えるまでずっと見守るつもりでいるかのように。
「さて、そろそろ休憩するか」
俺が金槌を置き、手を拭くと、フィンがゆっくりと立ち上がり、俺の方へと近づいてきた。彼は俺の足元で再び伏せ、鼻をすり寄せてきた。これが彼なりの信頼の証なのだろう。彼はもう、俺を疑っていない。完全に信じ、ここが自分の居場所だと認めてくれたのだ。
「ありがとうな、フィン」
俺は彼の頭を撫でた。フィンは目を閉じて、安心したように軽く鼻を鳴らす。もう、彼は俺の家族になったのだ。
その晩、俺とフィンは家の外で一緒に過ごしていた。村は静かで、遠くから風の音と、時折聞こえる虫の鳴き声が耳に入ってくるだけだ。夜の冷たい空気が肌に心地よく、フィンもその冷たさを気にする様子はなかった。
「これからはずっと一緒だな」
俺がそうつぶやくと、フィンは静かに俺の隣に座った。彼は村の外れに広がる草原をじっと見つめている。何を考えているのかはわからないが、その横顔には穏やかさが漂っていた。
「お前がいてくれると、毎日が楽しくなるよ」
フィンが俺の家に来てから、静かだった日々が少しずつ変わってきた。俺はこれまで一人でのんびりと生きていくつもりだった。異世界に来て、鍛冶師としてただ仕事をして、静かに過ごす。それで満足だと思っていた。
だが、フィンがここに来てから、何かが変わり始めた。毎日の仕事に喜びが増し、家に帰るのが楽しみになった。彼の存在が、俺の生活に新しい意味を与えてくれている。
「これからもよろしくな、フィン」
俺が頭を撫でると、フィンは静かに目を細め、再び夜空を見上げた。その姿は、まるでこれからもずっと俺と一緒にいるという決意を表しているかのようだった。
次の日の朝、フィンはいつものように俺と一緒に鍛冶場にいた。彼がそこにいることが、もう当たり前のように感じられるようになった。仕事に取りかかりながらも、フィンがそばにいることが安心感をもたらしてくれる。
今日は村人から頼まれていた鍬を仕上げる日だ。フィンがじっと俺の作業を見つめる中、俺はいつも通り鉄を熱し、火花を散らしながら金槌を振り下ろす。フィンの存在が背中に感じられ、まるで彼が俺の仕事を応援してくれているような気がする。
作業を終え、仕上がった鍬を手に取った時、俺はふとフィンの方に目をやった。彼はじっと俺の方を見ている。
「どうだ? ちゃんと仕上がってるだろう?」
フィンは少しだけ尾を振って、満足そうな顔をした。まるで、自分の意見が反映されているかのような態度だ。
「お前もそのうち、俺の仕事を手伝ってくれるかもしれないな」
冗談めかしてそう言うと、フィンは軽く鼻を鳴らし、その場に伏せた。彼がここにいることが、どれほど俺にとって大切なことか――それを改めて感じた。
フィンがここに来たことで、俺の生活は大きく変わった。彼はただの仲間ではない。家族だ。彼がこれからもずっと俺のそばにいてくれることを、俺は確信していた。
その夜、フィンは俺の足元に寄り添い、いつものように眠りについた。彼の体温が心地よく、静かな寝息が聞こえる。俺は彼の毛を撫でながら、これからも続くであろう二人の生活に思いを馳せた。
「ありがとうな、フィン」
彼は何も答えなかったが、その静かな存在が、俺にとっては何よりの返事だった。
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本日、第1章完結まで更新していきます。
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