神は言った、人類は醜すぎると

五橋

第1話神は言った、設計図を書き直せと

【君ほどの人生を歩んできた人間ならば、わかるだろう?】

 

 「人類は、醜すぎる」


 そこにいる『何か』が言った言葉を復唱した。


 【そう、そうだ】


 ならどうすれば……?


 【簡単なことだよ】


 それは言った。


 【人類の設計図を書き換えればいい】


 遺伝子操作?


 【そんな小手先の技術じゃあないさ】


 ボクに、なにかできることはある?


 【もちろん、あるとも】


 なら、どうか手伝わせて欲しい。


 【うむ、全ての世界の原型、『カームケイル』に向かい、人類の設計図を書き換えるのじゃ】


 ……わかった。


ーーーーーー


 気が付いた時にはボクはそこにいて、ボクの体はボクのものではなくなっていた。


「あ――」


 喉を伝って空気を震わせた振動は人間だったころよりも、ずっときれいだった。

 自分が自分でなくなったことを理解して……なぜだかそれが無性に嬉しかった。


 つまるところボクは異世界に転生した、ということだろう。

 神様との約束は憶えている。

 必ずボクが人類を変えて見せる!と意気込んだところで急に喉が渇いた。


 ふらふらと水源を求めてさまよう。

 幸い神様が転生先に選んだ場所は自然豊かな場所で、どこかしらには水場があるだろうと予測できた。


「み、ず――」


 喉が渇いているはずなのに、なぜだか自分の声を聴くのが嬉しくて、ついひとり言が口から漏れ出てしまう。

 ただ、歩けども歩けども水源は見つからなくて、そのうちボクは倒れてしまった。




「おーい、だいじょぶかーい?」


 どれくらい寝てしまっていたのだろうか。

 耳元の声に反応して、ビクリと体を起こすとそこに居たのは金髪に赤い瞳を持つお姉さんだった。

 普通の人間よりも少し耳が長いのを見るに、もしかしてエルフというやつだろうか……


 ボクが彼女を観察していると、推定エルフのお姉さんは喉を震わせた。


「うそ……」


 というか、言語はちゃんと分かるんだな。

 神様特典というやつかな。


 にしても彼女は何に驚いているのだろうか?

 自分の体をまだ確認できていないので、何とも言えない。


「なんでこんなところに『守り人』様が……」


「?守り人?」


 ボクが声を発するとお姉さんはビクッと反応した。


「ええ、その銀に輝く御髪と吸い込まれそうになる瞳は、間違いなく『守り人様』です」


 お姉さんは自分で口に出したのに、その自分自身にびっくりしているようだった


「どうしたの?」


「いえ、伝え聞いたところによりますと人間は『守り人』様に嘘を付けないらしく、眉唾ものだと思っていたのですがどうやら真実だったらしい、と実感しているところでございます」


「ふーん、ボクに嘘付けないんだ?」


「はい」


 これは……かなりの強能力なのでは?

 神様はボクにかなり甘いらしかった。

 ここは情報収集に徹するべきだろう、ボクはそう判断した。


「守り人って何?」


「『守り人』様は人類に加護を与えることのできる、高位の生命体です。我々人類は『守り人』様の御加護を賜ったことで、この世界を生き抜けるようになったのです」


「なるほどね、ちなみに『人類の設計図』って知ってる?」


「いえ、存じ上げません」


「そう……」


 なんか話しにくいな……

 お姉さんが随分とかしこまった口調でしゃべるものだから、こっちまで堅苦しい気持ちになってしまう。


「言葉遣い、楽にしていいよ?」


「いえ、まさかそんな『守り人』様に対して恐れ多い……」


「いいっていいって、ボクも気が休まらないしさ!」


「では……そうさせていただ……もらおう」


 いくらかマシになったお姉さんの口調に安心しながら言葉を交わしていくといくつか分かったことがあった。

 どうやらここは街道から少し離れた場所らしいこと。

 ボクがのどに渇きを憶えたのは、無意識に魔法を使っていたせいであること。

 『守り人』には飲食、排せつが必要ないこと。

 文明レベルは中世ヨーロッパ、ただし『守り人』の加護によってほとんどの人は魔法がつかえるらしい。

 だから地球の中世の頃に比べて、生活はかなり楽なようだった。


「レイアも魔法が使えるの?」


「ああ、こう見えて私は凄腕の魔術師なんだぞ!」


 レイアと名乗ったお姉さんはほんとにエルフだったらしく、魔法が得意らしい。

 かなりの時間、言葉を交したボクとレイアはかなり打ち解けていた。


「それにしてもユーナ殿は随分とフランクだな」


「ほかの守り人はもっと偉そうなの?」


 ユーナ、それがボクの名乗った名前だった。

 前世の名前から少し捻ったこれは、よく遊んだゲームのハンドルネームだった。

 ボクの質問に少し慌てたようにレイアは答えた。


「いやいや『守り人』様はもっとこう、超然とされている方々なんだよ。滅多にお目にかかれないし、言葉をかけられるのなんて、一生に一度あるかないかだ」


「じゃあボクってもしかしてかなりの変わり者ってこと?」


「まあ間違いなくそうだろうな、人間とまともに言葉を交わらせる『守り人』様なんて聞いたことがないぞ」


 いよいよこの世界でのボクの立ち位置が分かってきた。

 前世でいうところの天使みたいな位置づけだろうか?

 でもボクがほんとに人に加護を与えられるかなんてわからないんだよな。


 試しにレイアに向けて念じてみる……

 むむー加護宿れ……

 念じ続けていると、体から何かが抜けていく感覚とともに、奇妙な充足感が湧いてきた。

 これは……そう、まるで一仕事を終えて、風呂に浸かっているときのような感覚。

 レイアは突然体を震わせると、ガバリと体をこちらに向けた。


「まさか、私に加護を……?」


「そー、ほんとにできるのかなーって試してみたんだー!」


「ありがとうございます!」


 頭が地面にくっつきそうになるくらい、深く頭を下げたレイアにボクはしどろもどろになっていた。


「別にそんなに気にしなくても……ほら、ちょっと実験してみただけだし!」


「いえ、直接『守り人』様に御加護をいただける人間などそうそうおりません、ただ、只々感謝を」


 その後、会ったばかりの頃のようになってしまったレイアをなだめすかして、ようやくまともな話し合いができるようになった。


「加護って直接渡すものじゃないんだ……?」


「ああ、ほとんどの場合は国王に『守り人』様の加護が与えられ、そこから間接的に国民に配られるんだ」


「もしかして、迷惑だったりした、レイア?」


 国王に与えられるものを突然断りもなく渡されるなんて、ちょっと迷惑だったかもしれない、とちょっと後悔していたボクだったが、どうやら杞憂だったらしい。

 必死に首を横に振ったレイアが口にした。


「まさか、そんなことあるものか!これで私は最強の魔術師になれるかもしれんのだぞ!感謝こそすれ、迷惑に思うことなど、あるわけがなかろう」


「そう……よかった」


 いや、本当に良かった。

 初めて会った異世界人がレイアだったのは本当に幸運だった。

 おかげでこの世界のことをかなり知れたし、実りの多い出会いだったと言えるだろう。


「そうだ、ねえレイア、お願いなんだけどボクを他の守り人のところに連れて行ってくれない?」


 図々しいことを承知の上で、頼み込んでみる。

 土地勘なんてあるわけがないし、魔法は使えるけど戦闘に自信なんてない。

 正直レイアに見捨てられたら途方に暮れてしまうのが現状だった。


「ああ、もちろん構わないぞ、ちょうど私が拠点にしているエルス王国の王都には『守り人』様がお住まいらしいからな!」


「おお~頼もし~」


 神様がボクを『守り人』とやらにしたのには何か理由があるはずだ。

 それを探るならば、同じ『守り人』に接触するのが一番手っ取り早いだろう。

 正直説明不足感が否めないが、やるしかない。

 ボクはレイアに感謝の気持ちを伝えておくことにした。


「ありがとう、レイア!」


「……」


 ボクの言葉にレイアはほのかに頬を赤らめた。


 待って、今のボクの顔ってどうなってるの??

 内心、恐々としたボクの気持ちなど知らんとばかりに、どんどんとレイアの顔は紅潮していった。 


 

 

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