君の顔にある痣は醜くなんかない

uribou

第1話

 当然のことながら家は長男が継ぐものだ。

 貴族の次男以下の身の振り方というのは、誰にとっても結構深刻な問題で。


 まあ言い方が悪いけれども、次男はスペアとしての役割がある。

 だから家に残れと言われることも多い。

 当主の補佐役を期待されるわけだ。

 もっとも本家当主が亡くなって叔父が家を乗っ取り、本家の娘を虐めるという内容の流行本が多いのは、まったく納得できることだよ。


 僕リアム・バーテルは男爵家の三男だ。

 三男ともなると自由というか放任というか存在感ほぼなしというか。

 学校までは出してやるから、後は自分で何とかせいと、父には言われていた。


 何とか生きていくには、騎士になるか文官になるか。

 あるいは他の貴族家に奉公するというのが多いだろうか。

 自分で事業を起こす人もいる。

 でも事業を起こした人は、体感で言うと半分以上没落する気がする。

 おー怖ぶるぶる。


 もちろん一番いいのは、男児のいない家に婿に入ることだ。

 ただ婿入りはより高位の、具体的には伯爵家以上の貴族の令息が有利に決まっている。

 可能ならいい家柄の家との関係を深めたいのは当たり前だから。

 僕みたいな男爵家の三男坊じゃとてもとてもお呼びでない。


 僕はちょっと毛色を変えて、魔法学校で学んでみた。

 普通貴族の子弟はノーブルアカデミーに進学して、騎士や文官を目指すものなんだけれどもね。

 人脈を築くのにもノーブルアカデミーが最適だし、あわよくば婿入りだって狙えるから。


 僕は最初から婿入りを諦めて、興味のある魔法の知識を得ることに努めた。

 貴族で魔法学校卒は少ないのだ。

 その辺に人生の勝機があるかと考えていた。


 つまり今の状態はまったくの計算外なのだ。


          ◇


「リアム殿は可愛らしい方だな。殿方にこんなことを言うのは失礼かもしれないが」


 目の前におられる目出し帽を被った方は、ロマンシア・ナップフィールド辺境伯令嬢。

 ナップフィールド辺境伯家に子供は娘一人なのだ。

 つまり婿に来ないかという前提の顔合わせってやつ。

 降って湧いた話に僕困惑。


「いえいえ、全然。ロマンシア嬢に満足いただけるなら、僕も嬉しいです」

「ハハッ、リアム殿は謙虚だな」


 辺境伯家なんてすごく高位の貴族なんだよ?

 次代の王と目される第一王子の婚約者は、大体公爵・侯爵・辺境伯のいずれかの家の令嬢から選ばれるくらい。

 その辺境伯家の後継ぎとなる令嬢から、木っ端男爵家の三男坊に婿入りの話が来るのは何故?


 ナップフィールド辺境伯家領の勢力や位置的な重要性を考えれば、王家から婿を迎えるべきだと思う。

 いや、適当な王子がいないのだとしても、どこぞの高位貴族の令息を婿候補にすればいいじゃん。

 どうして僕なんかのところに話が来る?

 全然わけがわからない。


 ロマンシア嬢はとっても機嫌がよさそうだから、少々探っておこうか。


「あのう、今日の顔合わせは、ロマンシア嬢に婿を迎えるためと理解しておりますが」

「うむ、まさにその通り」

「何故僕に話が来たのでしょうか」

「む? 男爵に聞いておらなんだか?」

「聞いてませんでした」


 というか僕は今、宮廷魔道士の寮に住んでいて、実家とはあまり連絡を取っていなかったりする。

 タウンハウスから通うのもアリなのだが、研究で生活が不規則になるので、寮住まいの方が都合がいいんだよね。


 今回の件は、ナップフィールド辺境伯家の総領娘ロマンシア嬢が婿探しをしている。

 当家に話が来たからお前顔合わせに行け、と連絡が来ただけ。

 事情なんか全然聞いてない。

 というか父上もわかってなくて、とりあえず僕に振っただけなんじゃないの?


「妾にはこれの問題があるであろう?」

「はあ」


 ロマンシア嬢が指差した先には目出し帽がある。

 何で目出し帽を被っているのかな?

 まあロマンシア嬢がいつも仮面を着けている、ということくらいは噂で知っていたけど。


 実はロマンシア嬢は王都の学校に通っていないので、知られていることはあまり多くない。

 ロマンシア嬢がいつも仮面を装着している理由は不明だ。

 一説に素顔が美し過ぎるため顔を隠しているとか。

 まさかそんなことはないだろうが……。


 あ、ロマンシア嬢が目出し帽を外すようだ。


「ふう、こういうことなのだ」

「なるほど、とてもお美しいです」

「そ、そうか?」

「僕好みのプリティーフェイスです。わざわざ見せてくださってありがとうございます」

「う、うむ。して、この痣なのだが」


 ロマンシア嬢の顔には大きな痣があった。

 痣を隠すためというのが、仮面ないし目出し帽を常用する理由なのだろう。

 若く美しい令嬢ならば気にして当然かもしれない。

 しかしこれは……。


「……いわゆる淫紋ですよね?」

「おお、さすがリアム殿! 一目でわかるか!」


 そりゃわかる。

 僕だって宮廷魔導士の端くれだから

 ……嬉しそうなロマンシア嬢はとても美しいなあ。


 えっ、淫紋とは何か?

 正式には魔力斑と言うんだけど、体内の魔力が痣の様に見えてしまうという現象らしいよ。

 比較的稀な現象だけれども、女性に多いと言われている。


 体内で魔力を作り出すのはヘソの下の丹田と呼ばれる場所なので、普通魔力斑は下腹部に現れるものだ。

 顔に出ることがあるというのは、僕も初めて知った。

 非常にレアなケースだと思う。


 どうして淫紋などといういかがわしい俗称があるのか?

 昔、魔力斑持ちの有名な娼婦がいたからだそうな。

 そりゃあもう色っぽかったらしい。

 淫紋持ちは性欲が強い、などという俗説の原因にもなった。


 魔力斑持ちの人の持ち魔力量が多いのは事実だ。

 が、もちろんだからといって、性欲が強いなどということはないはず。

 多分ね?

 少なくとも魔道士の間にコンセンサスはないよ。


 ロマンシア嬢も魔力量が多いのは間違いない。

 また魔力量が多いこと自体は素晴らしい資質と言っていい。

 ただ顔に魔力斑症状が出てしまっているというのは、令嬢にとっては耐えがたいことかもなあ。

 僕は気にしないけど。


 もっとも魔力斑について知られていることが多いわけじゃない。

 寿命に影響がないことは統計的にわかっているから、身体に害はないと思われているのだ。

 医者の話を聞いて安心すると、淫紋を喜ぶ男が多いってこともあって放置されちゃうんだと思う。

 魔道士のところまで話が来ないんだよね。


 しかし顔に淫紋が出てしまっているロマンシア嬢は深刻だ。

 どうにかしたいだろうが、魔力斑を治療したという話は聞いたことがない。

 もっとも魔力斑について得られている知見や推論が正しいなら、やりようは思いつくな。


 ロマンシア嬢が淡々と言う。


「醜い顔の痣だ」

「醜くなんかないですよ。奇麗に左右対称な、典型的な魔力斑です。学術的にも貴重な症例と言えましょう」

「うむ、しかし淫紋というのもイメージが悪かろう? ふしだらな感じがして」

「そんなことはないですよ。単なる迷信です」

「魔道士のリアム殿だけなのだ。わかってくれるのは」


 あっ、だから身分が低いけど魔道の心得のある僕のところなんかに縁談が来たのか。

 ようやく理由がわかった。


「……ロマンシア嬢は御自分の魔力斑が、ないならない方がいいと考えているんですよね?」

「もちろんだ」

「御存じですか? 魔力斑は消す手段があるということを」


 本来僕なんかのところに来るべき縁談じゃないだろう。

 若く美しい高位の令嬢だというのに、顔の痣のせいで人生が狂ってしまっている。

 魔道士として、男として、何とかしてあげたい。


「ロマンシア嬢は魔力斑をどのようなものだと理解されていますか?」

「体内のコントロールしきれない余剰な魔力が、外部から確認できるような状態だと聞いている。妾も魔物退治で魔法を多く使った時は、痣が消えたことがある」


 あ、ロマンシア嬢は魔法を使えるのか。

 ならば話は簡単だ。


「毎日魔法を使って保有魔力量を少なくしておけば、魔力斑は出ないと思います。ということではダメなのですか?」

「……考えたことはある。今のように王都に出張っている時はいいかもしれぬが、辺境伯領には魔物が多い。領にいる時は妾の魔力は貴重な戦力だ。ムダに魔力は使えぬ」

「御立派な心掛けです。では、王都にいる内は持ち魔力を使ってもいいということですね?」

「む? まあリアム殿の言う通りだの」


 なるほど。


「僕の職場に来ていただけませんか?」

「と言うと、宮廷魔道士の研究所か?」

「はい」

「べつに構わんが……」


 不安そうだね。

 宮廷魔道士は僕以外平民ばっかりだけど、王族や貴族と話す機会は多い。

 マナーくらいは叩き込まれているから大丈夫だよ。

 顔に淫紋があるくらいでは、何を思おうと絶対に表情に出さない。


「ロマンシア嬢の言う通り、コントロールしきれない余剰な魔力が体表面に現れた状態が魔力斑、というのはおそらく正しいと考えられています」

「ふむ?」

「逆に言いますと、魔力の扱いが洗練されていれば、魔力斑など現れないのではないかという仮説が生まれます」

「おお、なるほど!」

「もう一つ。顔に魔力斑症状が現れてしまうというロマンシア嬢のレアなケースは、魔法を使えるからなんじゃないでしょうか?」

「どういう意味だの?」

「魔力の練り方が我流なんじゃないですかね? だから本来症状の現れるべき下腹部ではなくて、顔に出てしまうのではないかと」

「さすがリアム殿! そんな理路整然とした考察は初めて聞いたぞ!」


 うん、やはりロマンシア嬢の笑顔は大変美しい。

 可能な限り僕が力になろう。


「以上の二つの仮説から考えられること。ロマンシア嬢が正しい魔力の練り方と魔法の出力方法を会得できれば、魔力斑が現れなくなる可能性は高いです。少なくとも顔には出なくなるんじゃないでしょうか? 多分使用する魔法の効果も上がりますよ」

「そうか! 素晴らしい!」

「魔道研究所には僕以上に魔法の使い方に長けた者もいますからね。必ず何らかの成果は得られます」

「うむ、よろしくお願いする!」


 とてもいい笑顔だ。

 顔の痣さえなくなれば、僕のような下位貴族ではなく、高位の貴族令息から婿を迎えることができると思うよ。


          ◇


 ――――――――――一ヶ月後。


 元々魔法を使えたロマンシア嬢は、やっぱり筋が良かった。

 だけじゃなくて、ちょっとビックリするくらいの魔力容量持ちだった。

 だから少々ムリがあっても魔法を発動できるということだったみたいで。


 同僚の宮廷魔道士が寄ってたかって教えて、ロマンシア嬢はすぐに正しい魔力の扱い方を習得したよ。

 そしてめでたく淫紋……魔力斑も現れなくなった。

 大変満足すべき結果だ。


 タダで魔力の操作法を教えてもらうのは悪い、なんて言ってたけどいいんだよ。

 ロマンシア嬢の有り余る魔力を利用することで、宮廷魔道士一同の研究が随分捗ったから。

 大きな魔力をタダで使わせてもらったので、むしろこっちがお礼言わなきゃいけないくらい。


 これで僕の役割は終わった、と思っていたのだが……。


          ◇


「しばらくは王都にいることにしたのだ」

「えっ?」

「リアムのお仕事も重要だからの」


 どういうわけか、僕はロマンシアの婚約者になっちゃったのだ。

 何で? もっと高位の貴族から、家格の合う令息を婿にもらえばいいって思うよね?

 いや、僕だって同じことを考えたさ。


「ええと、学校はどうするの?」

「王都のノーブルアカデミーに編入する。なあに、卒業まで一年間しかないが、積極的に交友して人脈を形成するつもりだぞ。せっかく顔の痣がなくなったのだからの」


 明るく振舞っていたけど、やっぱりすごく魔力斑を気にしていたんだろうなあ。

 人脈の構築も必要なことだね。

 可愛くて積極的なロマンシアなら、全然問題ないと思うよ。


 でもノーブルアカデミーに編入するなら、それこそ婿探しできるだろうに。

 何故に僕が婚約者なの?


「魔法というものにもっとスポットを当てねばならん。魔物との戦いが日常である辺境伯領では特にそうだ。正しい魔力の扱いを教えられる教師役が必要だからの」


 という理由だった。

 もっともではある。

 でもそれなら、ちゃんとした魔道士を教師役として雇えばいいと思うんだけれどもね。

 ロマンシアの婚約とは別の問題なのでは?


「ごちゃごちゃうるさいの。妾は可愛いのに頼りになるリアムが好きになってしまったのだ」

「ええ?」

「間違えた。大好きになってしまったのだ」


 ストレートだなあ。

 でも可愛いのにってのはどうだろう?

 初対面の時も言われたな。

 僕は男だし、ロマンシアより七つも年上なんだけれども。


「妾が婚約者で不満があるのか?」


 ないです。

 僕も素直で可愛くて表情豊かなロマンシアが大好きです。


「行動で示してもらわねばならんの」


 行動と言われても。

 ええと、こう?

 ハグしてみた。

 ぎこちないかしらん?


「合格だぞ!」


 うはあ。

 飛びつかれてキスされた。

 ニコッとした笑顔が僕にとって何よりも貴重で。

 とても敵わないや。

 今後ともよろしくね。

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