三十八日目

 昨日の朝、ゆうかに少し早く学校の教室に来てもらって、桜の家でついた嘘を一通り説明した。

「はぁ? 何言ってんの?」

 当然、キレた。

「ごめん」

「まあ、いいよ。今回は半分オレも悪いみたいなとこあっから」

 そう言って彼女は頭を搔いた。

 彼女はほとんどの話を一人で勝手に完結させてしまうので、置いてけぼりを食らう俺は、いつもどんな顔をすればいいか分からなくなる。

「どっ、どういうこと?」

 とりあえず困惑した顔をして、詳しく聞いてみた。

「あー、だって、そもそもオレがヒロトに秘密を打ち明けてなけりゃあ、ヒロトがオレに気ぃ遣うこと無かったわけじゃん?」

「ま、まあ……」

「桜にはオレの耳のことは言ってない。言いたくねーんだ。あいつ気が弱ぇからな。だから、オレのわがままを察してくれて、むしろこっちが感謝してぇぐれぇだ」

 彼女はそこで、やわらかく笑った。

「ありがとよ」

 俺はなんだか、自分がすごく良いことをしてあげたような錯覚に陥った。

「だけど」

 彼女は急に、真剣な顔を戻した。

 少しだけその場に緊張が走った。

「オレが悪かったのは、半分だけだ」

 半分だけ?

「前、たくみと話してたよな? それを聞いたかぎりだと、多分桜が怒ったのは、オレのやつとは別件だぞ」

 色々と聞きたいところがあったが、気にせずに話を聴き続けることにした。

「桜はオレとお前が気まずくなってるからって、そんなブチ切れたりしない」

 俺は、たしかに、と思った。

 桜とデートした日。俺が何を聞いても彼女はほとんど喋らなかったのに、急に人が変わったようにキレていた。言われてみれば、おかしな話だ。

「お前、なんか、桜の気に障ること言ったか?」

「いや、言ってないと思う」

 言っていたとしても、果たして俺が覚えているかどうか……

「まあ、ヒロトのことだから、自分が言ったこと覚えてねーだろうけどな」

 頭が良いと、相手が考えていることすら読めるようになるのだろうか。

 俺は少しだけ怖くなって、何も言えずにその場から離れた。




 今日は、先週延期になった遠足に行った。

 遠足と言っても、ほとんどは班のみんなで市内をぐるぐる歩くだけだった。

 小さい頃から何度も行っているお城に行ったあと、博物館をまわって、商店街ら辺で遅めの昼ごはんを食べて、そして学校に帰る。ただそれだけだった。

 ただ、別に特別何かあったわけじゃないけど、すごく楽しかった気がする。

 多分、みんなで一緒に歩いたから、新しい体験をしたような気になっているのだろう。俗に言う「思い出補正」ってやつだ。

 メンバーは、俺、桜、ゆうか、映画オタク(たくみ?)、それと、ゆうかが連れてきた女子の、計五人だった。

 その新しい女は、名前を「横山ゆい」と名乗った。

 彼女は、表向きには、小学校の時からのゆうかの友達なのだそう。

 彼女は、とても歩くのが遅かった。ゆうか曰く、彼女は体が弱く、ハードな運動をこなせないのだとか。

 俺は、彼女に少し苛立ちを覚えた。

 極めつけに、班の後ろの方でこっそりと、ゆうかがこんなことを言ってきた。

「出来るだけ、結と仲良くしてやって欲しい」

 俺は正直、心の中で「なんでだよ!」とツッコミを入れていた。

「実は、あいつ小学校の時にいじめられてたんだよ。オレが庇ってやって、今は何とかなってっけど、またいじめが始まっかもしれねーから、その前に友達を増やしておきてぇんだ」

 ゆうかは優しいのかもしれないが、俺は寧ろ、おせっかいを焼きすぎているような気がした。

 なぜなら、いじめはこの世から無くならないのだから。

 「それぞれを尊重して付き合っていこう!」などといくら理想を語っても、それは結局幻想でしかないのだから。

 ゆうかは、結がいじめられなくなることで、他の人がいじめの対象になるかもしれないと、考えたことは無いのだろうか。

「わかった」

 そんな疑問を抱きつつ、俺はそれを悟られないように、小さく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る