二十一日目

「観客をほんとうに感動させるのは、メッセージなんかではない。俳優たちの名演技でもない。原作小説のおもしろさでもない。観客の心をうつのは、純粋に映画そのものなのだ」

 ――アルフレッド・ヒッチコック




 映画オタクに連れて行かれて、放課後、映画館に来ていた。

 もうすぐ訪れる修学旅行に向けて、他のクラスメイトは部活をわざわざ休んで計画を練っていた。そんな中こっそりクラスを抜け出して映画館に行ったので、なんだか優越感というか、ズル休みしている時と同じような気持ちになった。

 何を観るかを話し合う暇もなく、彼は勝手に洋画のチケットを二枚取ってしまった。彼いわく、

「海外の方がクオリティが高い!」

とのことだった。

 俺が日頃観るのは日本の映画ばかりで、海外のものは一切観たことがなかったので、物は試しで観てみることにした。

 だが――

 正直、アクションシーンとリアルな映像だけは良かったが、話がテンプレート通りで、面白くなかった。つまらなすぎて、アクションシーンの途中で居眠りしそうになって、慌てて飛び起きたほどだった。

 スタッフロールが終わったあと、隣に座っていた彼は目を輝かせて、

「面白かったな!」

と言った。

 てっきり嘘をついているのかと思ったが、表情が全てを物語っていたので、野暮な質問や否定はしないで、そうだねと言っておいた。

 彼はきっと、どんな映画に対しても、面白がったり楽しんだり、感動したりするのだろう。そう思った。

 彼が好きなのは、良い演技や良いシナリオなんかじゃなくて、映画そのものなのだから。




 彼は帰り道、映画の良かったところを余すことなく語っていた。

「シナリオがシンプルだけどそれでいて飽きさせない工夫が凝らされてたよね。前作と同じく映像はもちろん海外のどの作品よりトップクラスだし主人公の性格とかキャラデザもいいアクセントになってた。なんか、少し色気を出してみたのかな? 主人公がよりカッコ良く見えた。あと、なんと言ってもアクションシーン! あれだけであの映画の殆どが成り立っていると言っても過言じゃないね。従来のそれとは…………」

 彼の感想を聞いてみたら、なんというか、同じ映画の感想とは思えないぐらい、ベタ褒めしていた。

 ヒトは、自分の好きなことは、悪く言えない生き物なのかもしれない。

 好きというだけで、そのものを正しい目で判断出来なくなるのかもしれない。

 俺は、口を細かく動かし続けている目の前の人間それのことが、少しだけ怖くなった。

「そういえば、ヒロトってめっちゃ感情薄くね?」

 人外の生物の感情表現を映像でせるのは難しいよね、という話から、唐突に、俺に話題を飛ばしてきた。

「うん。薄いね」

 薄いというか、無いというか、無くなったというか…………

 人はいつか死ぬと知って、それが身近なものだと感じた時から、感情ほど無駄なものは無いと悟って、出せなくなってしまったのだ。

「なんか、人生つまんなそう」

「いや……」

 人生は、つまらないものなんだよ。

 そう続けようとして、でも、やっぱりやめた。

「そんなことないよ。寧ろ、人一倍楽しんでると思うけど」

 俺はテキトーに嘘をついた。

 なぜか唾液が上手く飲み込めなくて、喉に詰まりそうになった。

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