十五日目

「さあさあ、答えを聞こうじゃねえか」

 朝のホームルームが終わった後、ゆうかは俺の机にスマホを放り投げて言い放った。

「口頭でやってもいいけどよ、違うって言って不正を疑われんのは嫌だからよ」

 スマホのロック画面が自動的に光って、二人のツーショット写真が映し出された。

「もちろん、チャンスは一回な」

 机を軽く叩いて、こちらの顔を覗き込んできた。

 目が合わないように、スマホに視線を落として、それからゆっくりとスクロールした。

 迷いなく数字を打っていく。

 6174。

 それは、四桁で唯一のカプレカ数。

 おそらく、「5、4、9」とヒントを出したのは、同じくカプレカ数である549945に気付かせるためだったのだろう。

 打ってすぐに確定せず、上を見てそいつの顔色を伺ってみた。

 そいつは俺が見上げたのに気づいて、目を合わせないように窓の方を向いた。そして、

「カプレカ数、割と気に入ってるかもな」

なんて、独り言っぽく呟いた。

 勝った、と思った。

 俺は画面に目を戻して、そして、しっかりと確定ボタンを押した。

「パスワードが違います」

 …………?

「あれっ?」

 確実に押したはずなのに、スマホはそのままロック画面を表示していた。画面上部に誤りを知らせる文章が見えた。

「パスワードが違います」

 俺はゆうかの顔を下から見上げた。

 そいつは、俺が見上げることを見越していたかのように、こちらを向いていた。目が合うと、ニコニコして、「残念」と言った。

「6174、良いだな。オレも逆の立場だったら、そう答えちまうだろうしな」

 俺はそこまで言われてようやく、自分がパスワードを当てられなかったということに気がついた。

「正解は『5490』、オレの誕生日を逆にした数だ」

「…………は?」

 俺は耳を疑った。

 同じ言語で、正しい文法を使っているのに、言っていることが間違っているとしか思えなかった。

 0945……?

 いやいや、一ヶ月は三十一日が最大値マックスだろ。何を言って――

「オレの誕生日は十月十五日」

 十月十五日?

 なんで十月なのに、045、なんだ?

 …………いや待てよ。

 九月って何日まであるんだっけ。西24向く6911、だから、九月は三十日間。

 そうか。

「ようやく気づいたか。そう、十月の十五日は、九月だと四十五日になんだよ。どうだ、意地悪い問題だろ?」

 そこで、タイミング良く、授業の始まりのチャイムが鳴った。

「あ、やべ。スマホしまわなきゃじゃねーか。じゃあ、明日までに命令考えとくわ!」

 そう言って、そいつはスマホを乱雑にポケットにしまって、席まで走って行った。




 完敗だった。

 俺が賭けに乗ってくることも、陳腐ちんぷな当てずっぽうをしないことも、549945という数字にたどり着くことも、全部あいつは読んでいたのだ。

 そもそもこの賭けには、俺側にメリットがあまりなかったはずだ。それなのに、あいつはヒントという要素を取り入れて、パスワード当てをより現実的なものにすることで、俺の好奇心を上手にくすぐったのだ。

 俺は、あいつのてのひらの上で踊らされていたのだ。

 今更になって、安易に賭けに乗ったことを後悔した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る