何れ菖蒲か杜若

翡翠 珠

第1型 行方不明

【ヒトガタ】...人間と同じ見た目でありながら、内部構造は人間のそれとは全く異なる生物。

人間を襲う性質を持ちながら、襲う寸前までは人間との見分けがつかないという厄介な特性を持つ。

ヒトガタにはそれぞれに特有の異型いけいと呼ばれる特殊能力が有り、対処する場合はそれに気をつけること。


「...というのがヒトガタの概要だ。

特に襲う寸前まで見分けがつかない、という特性はよく試験に出るから気をつけるように。

......分かっているのか久留米くるめ!!」


教壇に立っている人物が声を大きくして言う。


「...ん...?あ...あー、もちろんっす。」


体を震わせ、机に伏せている状態から顔をだけを上げて返事をする。

この長髪で黒髪の青年が、先程呼ばれていた生徒、久留米くるめニコである。


「じゃあ答えろ久留米、ヒトガタが有する特殊能力の名は?」

「.........。」


隣の席の人物に目線を送るニコ。

そんなニコを見て心底面倒くさそうにしながらもノートに書いてある文字を見せる。


――それぞれに特有の“異型”と呼ばれる――


「異型...?」

「...正解だ。ただし次からはしっかりと授業中起きているようにな。」

「っす。」


そう言うとニコは隣の席にいる、先程助けてくれたウルフヘアーの女子、鈴鹿すずかリンにお礼を言う。


「サンキューすぎる。」

「はいはい。CCレモンね。」

「なっ!俺が金欠なのを知っての所業か!?」


「久留米、うるさいぞ。」


またもや教師に注意されるニコ。

そんな彼を見てリンが笑いながら言う。


「そういえばさ、ニコの幼馴染おさななじみだっけ?

今朝テレビ出てたよ。」

「んー?あー、ルナ?」

「そうそう。凄いよねーあの子。同い年とは思えないや。」

「俺からしたらお前リンも凄いけどな。」


鈴鹿リン、運動神経抜群、校内成績トップ。

100人に彼女のことを聞けば100人が「いい人」と評するレベルの性格。

そんな彼女が褒める人物、ルナはと言うと...


「高校二年生にしてトップアイドル。しかも世の中全員が惚れ込むレベルの美貌...。

ほんっと羨ましいなあ...。」

「リンが言うのかそれ...。」


なんて会話をしている二人の耳にチャイムの音が聞こえる。


「あ、今日の授業ってこれで終わりだよね?」

「そーだけど...。何か予定あるのか?」

「え?ニコも呼ばれてたでしょ。

異連いれんの日本支部。」

「......?...あ!?」

「忘れてるじゃん確実に。」


異連...正式名称【対異形取締連合たいいぎょうとりしまりれんごう】。

先程の【ヒトガタ】が現れた際の鎮圧、保護を目的とした組織。

政府との関わりもあるとされ、組織が作られてから数年程しかたって居ないにも関わらず知名度、信頼度は上位を争う。


「......道わかんねえ。」

「そんなことだろうと思ったよ。着いてきて。」

「あざーす!」


終礼を終えた二人は足早に教室を出て、靴箱へと向かう。

それぞれの靴箱からローファーを取り出し履き替える。

蒸し暑い空気を受けながら校舎から出た二人は徒歩10分程の距離にある最寄り駅へと向かう。

くだらない話をしながら歩く二人。

彼らの上空を飛んでいる飛行船の大きなモニターから、女性アナウンサーの声がした。


『えー、速報です。人気アイドルのLUNAが行方不明となっており、予定されていたドーム公演を中止するとの事です。ヒトガタが関与している事件であることが判明しており......』




「は...?」




そんなニュースを耳にしたニコは、すぐさまスマホを取り出してルナに電話をかける。


呼出音が数コールなり、聞こえたのは無機質な機械音声。


『現在、電話に出ることができません。

ピー、という発信音の後に......』


「クッソ...なんでいきなり...!?」

「落ち着いてニコ!」

「ッッ!落ち着いてられるか!!こんなのッ!!」

「だからこそ落ち着くんでしょ!!」

「え...?」

「さっき!言ってたじゃない!ニュースで!」

「何...を...?」


絶望と困惑に満ちた顔でリンに聞く。


「ヒトガタが関与している事件って。

どちらにせよ私たちは異連に行くんだからその時に聞けばいいんじゃないの?」


ニコの頬を両手で抑えて言う。

そう言ったリンも内心は不安で仕方ない、と言う表情だった。


「...。ごめんリン。取り乱した。」

「うん。尚更早く行かないとね。」

「ああ。」


そう言った二人は少し駆け足で改札を通り、時間丁度に来た7両編成の電車へと乗り込む。

中には人が数人、座席は十分に空いていたが二人は扉の前で立ったまま動かない。

それほどまでに幼馴染が行方不明となったショックは大きいのだろう。


数駅移動した電車の扉がゆっくりと開く。

開くと同時に二人が、人がほとんど居ないホームを駆け出す。

ポケットにしまうことなくずっと手に握っていた切符を持って。


電子音を鳴らして改札を通る。

駅から出るとかなり人が行き来していた。


「ッ!リン!!どっちだ!?」

「えっ...と...こっち!!」


そう言ってリンは右を指さして走り出す。

一分ほどだろうか。

全速力で走った二人はとある建物に到着した。

壁一面に貼られたガラスが、周りの景色を反射しているのビルのような建物だ。


「ここが...異連......!!」


自動扉が開く。

冷房の効いた部屋の空気が二人の頬を撫でるが、それを気にもとめずに受付へと向かう。


「呼ばれていた鈴鹿と久留米です!」


一瞬驚いた顔をした受付が「少々お待ちください。」と言ってパソコンを操作する。


「はい。確認しました。久留米様と鈴鹿様ですね。そちらのゲートをくぐって【205】の部屋にお入りください。」

「「ありがとうございます!」」


そう言って二人は走る...よりは少し遅く、早歩きのような動きで歩き出す。


金属探知機のようなゲートをくぐって【205】の部屋へと入る二人。


中は簡素なオフィスのような場所で、パイプ椅子が二つ、机を挟んだ先にはとある人物が座っていた。


「え、早いね二人とも。まー座りなよ。

ゆっくり話でもしよう。」


何故かは分からないが、悪寒を感じた二人は少し立ち止まった後、パイプ椅子に座った。



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