第1.5章 神界

第1話 始まりの声

 そこは病院の一室。美夏みかは苦しそうに息をし、夫の星斗せいとが手を握っている。

 それを弱々しく握り返す美夏。

 その後ろで長男の伊緒いおが必死に涙を堪え、長女の真理まりは嗚咽を上げながら美夏に縋り付いている。

 

「――伊緒、真理ごめんなさい……星斗さん……あとのことよろしくお願いします……」

「――っ大丈夫だ――任せとけ――だからっ!」

「「お母さん!!」」

「先生呼んで!胎児もバイタルが!」


 遠のく意識。お腹にはまだ生まれてもいない次女の亜依がいる。


(亜依……ごめんなさい……産んであげられなくて……もっと……みんなと……一緒……に…………)


 ふっと、身体から力が抜ける。苦しかった息が楽になり、痛かった身体の痛みが消える。


(……あぁ……本当に……お別れなんだ……)


 そう美夏が感じた瞬間。

 美夏は、見下ろしていた。


「――えっ――何これ――」


 そして溢れ出す、記憶。否、それは"使命"であった。


「私は、私の使命は……」


 慌ただしく自分の身体の処置をする医師や看護師、それを遠巻きに見つめ、涙を流す家族。


「……みんな、私はここに……」


 美夏が声にならない声で呟くが、その声が星斗達に届くことは無い。

 スルリと美夏のお腹から翠色の光が抜け出してくる。


「先生!胎児のバイタルがフラットに!」


 響く看護師の悲鳴にも似た叫び。

 翠色の光の玉は美夏の所まで飛んできて、美夏に寄り添う。

 

「貴方も此方側に来てしまったの………またみんなが悲しみますよ……」


 亜依は美夏のお腹の中にスルリと潜り込む。


「――!!――そんな事できるんですか!」


 亜依が潜り込んだのは、白地に瑠璃色の意匠の入った法衣の様な服を着た姿の腹部。


「入っちゃいましたね……前代未聞ですね……あとでに何を言われるか分からないですね」


 美夏の脳裏には、何時も含みのある笑みを浮かべる、美しく姿の上司の顔が浮かぶ。


「それよりも、どうにかこの状況を星斗さん達に伝えないと――」


 空間が歪み、白い世界が顔を覗かせる。


「――!――もう帰還プログラムが!」


 翠色の光の柱が美夏に降り注ぎ、美夏の身体を包んでいく。それは暖かく、柔らかな霊子の光。心地よく身を委ねるのだが、今は違う。

 何とかその力に抗おうと身を捩り、抜け出そうとする。


「――くぅっ、私は、まだっ!星斗さんと!家族と!――」


 美夏の必死の抵抗も虚しく、光の柱は美夏の身体を白い世界へと召し上げる。


「星斗さん!私は!必ず――」


 空間の歪みが閉じる。

 誰にも気が付かれる事なく、静かに世界は元通りになる。


 声にならない声のおとないに答える者は誰もいない。

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