第11-2話 再会

「さて、辛いがご遺体をこのままって訳には行かないよな……」


 火葬はできそうもないため、穴を掘って土葬するしかないかと思案していると、辺りを漂っていた翠色の霊子がふわりふわりと母親の周りに集まってくる。


「お父さん……あの子のお父さんが……」

「……霊子を注いでいる?」


 霊樹になってしまった父親が発している霊子が母親の身体を包み込み、身体の内へ流れ込んでいく。

 もう、いくら霊子を注ぎ込んでも生き返る事はないだろう。それでも霊子はゆっくりと注ぎ込まれ続ける。


「お父さんがお母さんを護ってるみたい」

「貴方は意思があるのですか?私の言葉が分かりますか?」


 星斗の問いかけに霊樹は何も反応しない、霊子は乱れる事も澱むこともなく流れる。

 一縷いちるの希望も答える人は誰も居らず、その問いは只虚しく響くのみであった。

 母親の肌が僅かに生気を帯びる。ご遺体は普通、血流がなくなり、体液は地面に向かって降下する。その為、ご遺体の上面は体液が無くなり血色が悪くなるのだが、母親の中に霊子が流れ込ま、細胞1つ1つに霊子が行き渡り細胞を維持しているかの様だ。


「離れたくないんですね……」

「お父さんとお母さん、とっても仲良かったよ」


 亜依の言葉に、星斗は妻の美夏の事を思い出す。


「お母さんはお父さんの隣に座らせてあげようか」

「うん!そうだね!いつもそこに座ってたよ!」


 嬉しそうに答える亜依。その笑顔は心からそう思っているのだろう、屈託のない笑みに自然と星斗の表情も緩む。


「亜依、手伝ってくれ」

「うん!」


 綺麗になった母親を抱え、ソファへと移動させる。

 そっとソファへと降ろし、霊樹と化した父親へ寄り添わせるように座らせる。

 霊樹から発せられる霊子は母親を追うように舞い散る。

 父親にもたれ掛かる母親、その母親を包み込む様に霊子が覆う。その姿は妻を優しく掻き抱く夫の姿であった。


「このままでもお父さんがお母さんを護ってくれるな」

「うん」


 寄り添う2人を見ながら、2人は頷き合う。


「あ、所で、洗面所借りていいかな?Tシャツ洗いたいな……」

「いいよ、こっち来て」


 亜依に案内され洗面所でTシャツを洗う星斗。


(今日の日差しならすぐに乾きそうだな)

「亜依も必要な物があれば、持っていけるように用意しておいてくれないか?これからお前のお兄ちゃんとお姉ちゃんの所に行かなきゃいけないから」

「分かった、カバンとか持っていっていい?」

「ああ、いいぞ」


 バシャバシャとTシャツを洗い、キツく絞る。

 水に色が付かなくなった事を確認して着込む。元々紺色鑑識シャツを着ていた為、血液の色は目立たない。


「鑑識シャツ買っといて正解だな、速乾で助かる」

(そう言えば……亜依は伊緒いお真理まりの所に行くって言っても特に何も言わなかったな……知ってるのか?)


 落ち着いた所でふと思い浮かぶ疑問。


(亜依は初めから俺の事が分かっていたみたいだし、言葉も達者だ、そもそも本当に俺の娘の亜依なのか?)


 湧き上がる疑問、当然の帰結。亜依は星斗の次女として子供である。

 つまり出会った事は無いのである。お互いの事を知る由もない筈なのに、亜依は星斗の事を

 一体何処で知ったのか、

 疑問の連鎖から抜け出せなくなり、思考に沈む星斗。

 そこへ準備を終えた亜依が2階から降りてくる。

 その背中には小さなカバンが背負われており、首にはその幼さと似つかわしくない、細かな意匠の施された2つの指輪が通ったネックレスを付けていた。


「必要な物は準備できたかな、可愛らしいカバンと、また随分と大人っぽいネックレスだな」

「このカバンはね、お気に入りのやつなの。身体が大きくなったから小さく見えるけどね」


 確かに亜依の体は急激に成長しており、幼稚園児の差背負う物を小学校中学年位の子供が背負えば、ミニバッグを背負っている様に見える。


「良いんじゃないか、おしゃれで可愛いよ」

「えへへ。このネックレスはね、あの子がお父さんとお母さんにおねだりして貰ったものなの。昔、お父さんとお母さんが使ってた指輪なんだって」


 照れながら答える亜依。

 亜依は大事そうに首から下げた指輪を触りながら、父親と母親を見つめる。

 

「亜依、2人に挨拶していくか?」


 星斗は両親への挨拶を促すが、亜依は首を横に振る。


「お父さんとお母さん、いつもああやってラブラブなんだよね〜、邪魔できないかな」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、星斗に答える亜依。


「だから、ここからでいいかな」


 スッと表情を引き締めて両親に向き直る亜依。

 

「お父さん、お母さん行ってきます」


 そっと手を振り、背を向けて外へ駆け出す。

 星斗も両親に向き直り、頭を下げる。


「娘さんの身体、お預かりします」


 星斗も亜依を追いかけて玄関の外に出る。そこには顔をくしゃくしゃにしながら涙を流す亜依の姿があった。


「よく、我慢したな」


 亜依の頭をポンと掌を置き、両親に笑顔だけを向けた心がけを褒める。


「あ゙゛し、には、おどうさんが、い゛るから、でも゛、あ゛のごには、もう、い゛ない゛から、あ゛たしが、あ゛のごの、ぶんまで、がんばらないどい゛げない、から……」


 星斗にしがみつき、泣きじゃくる亜依。亜衣の人生の記憶を持つ亜依にとって、父親と母親は2人ずついる事になる。

 亜衣の言えなかったこと、できなかったことを亜依は必死に再現しようとしている。


(それじゃあ……亜依は"亜衣"を演じるだけの存在になってしまう……その為に帰ってきた訳じゃないだろう……)


 星斗の心の何処かで、亜依を疑う想いと、亜依を信じたい想いが交錯する。

 星斗は泣きじゃくる亜依を見下ろし、抱きしめられずにいる。

 

(俺は……この子に何を求めているんだ……本当の娘じゃ無かったら、どうするって言うんだ)


 先刻、自分の中に浮かんだ感情を恥じる星斗。

 

(……会ったこともない父親の所に来て、言葉も喋ることもできず、自分の身も顧みず、自分の全てを投げ打って、俺や亜衣達を助けようとしたこの子の想いを、信じられないのか!)


 星斗の両腕がいつの間にか、儚げで、いつの間にか幻の様に消えてしまいそうな、亜依という存在を大事そうに抱きしめていた。


(この子が誰であろうと、俺が”亜依”と名付けた俺の娘だ!)

 

 そこで1つの覚悟を決める星斗。

 亜依が自身の次女なのか、否か。そんなことは些細な事でしかない。唯一、今、大切な事は、目の前で泣いている娘を抱きしめること。


 幾許いくばくかの時間、星斗は自分の娘を抱きしめ、只泣き止むのを待つ。

 やがて星斗の腕の中で落ち着いたのか、亜依が泣き止んで星斗に顔を埋める。


 「……気が済んだかな?お嬢さん」

 「――むぅ、こっちのお父さんはいじわる」

 「泣く子をあやすのが、親の役目だからな」

 

 膨れっ面に涙目で抗議する娘に星斗は父親の余裕で答える。


 「……いいもん、もう泣かないもん」

 「いつでも泣きたい時に泣きなさい、亜依が1人で悩む事はない。お前のお父さんは、ここにいるんだから」

 「……お父さんのバカ!もうお母さんが言ってたとおりだよ!――でも、ありがとう。あたしはあの子と一緒に生きるの!」

 「……亜依……今、何て……お母さん……?」

 

 星斗の声が上擦うわずる。あの日の美夏の顔が蘇る。


 「そうだよ!お父さんの話はね、沢山聞いてたの!お母さんはねお父さんの話をしていると、とっても嬉しそうなんだよ!」


 との想い出を満面の笑みで、嬉しそうに星斗に話す亜依。

 それを信じられないものを見るかの様に見つめ返す星斗。

 星斗は恐る恐る亜依に問いかける。


 「……亜依……お母さんは、何処にいるんだ?」


 星斗の問にハタと気が付き、空を指さし答える亜依。


 「そっか、何で忘れてたんだろう……お母さんは向こう側にいるよ。それで、お父さん!お母さん達を助けてあげて!」

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