第8-2話 希望の光

 ぼんやりと滲み出ただけの真紅の光が、明確な意思のもと左手の霊子の光の渦に向かい、混ざり合う。

 そこは銀河の中心にある巨大なブラックホールに呑み込まれる恒星や惑星、星間物質の如く全てを砕き、圧縮し閉じ込める渦。或いは新しい銀河の始まりの円盤のように鼓動し産声を上げる。


 明確な意思と願いに応えるように、翠色の霊子と真紅の光が結実する。


「――できた――」


 そっと目を開け、左手の掌を覗き込む。そこには深紅の弾丸に翠色の薬莢の銃弾が1発握られていた。

 その銃弾は禍々しく、殺意を放っている。

 すぐさま右手に握られた拳銃の弾倉へ弾を込め、弾倉を収める。

 そして眼前の幾何学模様の膜越しに、こちらを憎憎しげに睨みつけるルフに向けて構える。

 狙っている暇などない。

 構えると同時に引き金を引き、ルフの体目掛けて弾丸を発射する。


 ――ズドンッ!!――


 更に重い発砲音が鳴り、幾何学模様の膜を貫き、ルフへと差し迫る。

 見開かれた目で弾丸を見据え、左手を弾丸の目の前に突き出し、

 激突する弾丸と光の盾。


 ――ガッギギギギギイイイイイイィィイィィイィィィィィイィ――


 光の盾が弾丸を止める、硬質の霊子と霊子のぶつかり合い。

 

「やはりこの程度、彼の方あのかたの御業には似ても似つかぬ模造品」


 ルフの口角が上がり、薄ら笑う。

 

「ぬおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 怒涛の連撃でルフを止めようとする管理者の男。しかしルフの1枚目の光の盾がそれを阻む。

 

「っくぅ――もうこれ以上は――持たない――」


 管理者の女が悲鳴を上げる。


「――お前を――殺す!!」


 星斗の宣言と共に左手を前に突き出し、三度霊子を集中。そして霊子に


「そのままブチかませ!」


 深紅の光と霊子が混ざった光の放流が放たれ、光の盾と拮抗する弾丸へと注がれ、深紅の弾丸が勢いを増す。


「――追加詠唱だと――」


 ルフの声に驚きの色が混じる。ルフの驚きを余所に、深紅と翠の混じった光の渦の中心で回転を増し、まるで銀河のジェットの様に光を放出し始める弾丸。

 

 ――バキリ――


 光の盾に大きくひび割れが走る。そして光の盾に一穴が開く。

 一筋の光が盾の向こうのルフの左手まで延び、そして突き刺さる。


「グアアアアアアアァァァァァァァ」


 ルフの絶叫。

 その光の道を深紅の弾丸が吸い込まれるように奔り、左手に突き刺さる。

 ビシビシとヒビが左腕の前腕に広がり、1発目の深紅と翠の弾丸よりも明らかに威力を増している。

 

「こんな事が。こんな事があってたまるか……」

 

 更にひび割れは左手の上腕へと達しようと、その魔手を伸ばす。星斗の想いはルフの命に届かんとする。


「くっ!」


 ルフは短い叫びと共にフツを引き戻し、己の左腕を切り落とす。落ちる左腕、2度目の屈辱。


「貴様は、貴様だけは許さん。人間の分際で私に2度も傷を付けたその罪。私が手ずから駆除してくれよう!貴様には魂の死すら生温い!」


 大きく肩で息をして、呼吸も荒い。これまで見せる事のなかった表情。興奮から眼を煌々と赫く燃やし、白目も黒く変化させている。切り落とした上腕から翠色の霊子が吹き出し、落ちた腕は光の粒子となり消えてゆく。

 先程と同じように再生を試みるが上手くいかないようで、治らない左腕を忌々しげに見つめている。

 その姿はさながら、美しい悪魔の様にも映った。

 

「ちっ!よほど強力な因子を撃ち込んでくれたな。この屈辱、お前の魂で濯いでくれる。今日生きている奇跡に感謝せよ!私がお前の命を刈り取るまで死ぬことすら許さぬ!恥辱に塗れ、怯えながら生きながらえ、私に殺されろ!」


 腕を押さえ、吐き捨てるルフ。

 感情の起伏の見えなかったルフが見せる激情。

 その隙を管理者達が見逃すはずもない。

 管理者の男がハルバードを最速で穿ち、管理者の女が巨大な砲弾の様な光の矢を撃ち出す。

 前後からの同時攻撃に対し、ルフは右手のフツを光の砲弾の前に切先を伸ばし、無事な光の盾でハルバードの軌道を逸らす。

 

「喰らえ。フツ」

「御意」


 ガリガリと光の砲弾を喰らい尽くし、返す刃でハルバードの切先を逸らされ体制の崩れた管理者の男の右腕をフツで切り飛ばす。


「ぐぬぬううう」


 唸る管理者の男。


 地面へ落ちるハルバードと右腕。

 ルフはそのまま上空へ飛び上がる。


「まずはお前に試練だ、この程度で死ぬなよ」


 先程までの激情は鳴りを潜め、薄ら笑いながら言い放つルフ。

 林の上空まで上昇し、熊に向かって光を撃ち込む。

 熊の頭に命中したその光は身体に溶け込み、熊の目が大きく見開き紅黒く染まる。


「では失礼します。御二方も私の邪魔はしないでくださいね」


 そう言い残し、空に裂け目を作り出して白い空間へ悠然と消えてゆく。

 

「逃すか!」

「――それよりも、腕を!」


 今にも跳び出しそうな管理者の男を止め、腕の治そうとする管理者の女。


「問題ない、それより今は奴を追わねばなるまい」

「問題なくはないでしょうに……でもそうね、このまま逃すわけにはいかないわね、取り合えず霊子の漏出は止めるわよ」


 霊子の漏れ出す腕に触れ、幾何学模様の膜で切られた腕を覆う管理者の女。


「子等よ、改めてすまぬ。これより我等は奴を追わねばならぬ。世界の崩壊を食い止め、復活させるにはそうするしかないのだ」

「本当にごめんなさい……2人の魂、必ず取り戻してみせます」

 

 林の中の空間に翠色の霊子の渦が現れ、景色が割れる。

 裂けた割れ目を潜り、消えてゆく管理者達。やがて光の渦は収まり、元の木々が立ち並ぶ景色に戻る。

 星斗は管理者達に声をかける暇もなく見送ることしかなかった。できれば状況をもう少し聞きたかったが……

 今の状況はそんな事を考える余裕すら与えてくれない。この場に残されたのは人間だけではないからだ。紅黒い眼でこちらを見つめる熊は先程までには感じられなかった、深く闇い憎悪を湛えていた。

 星斗のやるべき事は変わらない、この親子を守る事である。警察官としてこの場を逃げる選択肢はない。

 親子の命がもう救えないと心の奥で分かっていても、ギリギリまで諦めたくなかった。


こいつをどうにかしないと、どの道ここから進めないからな。気張っていこうか」


 希望の見えない戦いが始まる。

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