第7-1話 立ち塞がる絶望

 この世界に顕現した新たな2人、いやとでも言うべきか。


 圧縮された霊子の光の中に悠然と佇む姿からは神々しさを感じる。

 巨躯を誇る男は、ルフと呼ばれる男と同じ様な白地の服、丈の短い修行僧の様な出立に鈍い銀色の意匠が施されている。髪は銀色短髪、筋骨隆々の偉丈夫である。

 美しい声を奏でる女は、こちらは薄手の白色の服、流れる絹の様なしなやかな生地に金色の意匠が施されている。髪は金色長髪、腰まで流れる美しい髪をなびかせる美の化身である。


 銀と金の相貌が、ルフと辺りを睥睨へいげいし怒りを露わにする。


「世界の惨状から、霊子の扱いに長けた貴様の仕業と当たりをつけて探していたが……どうやら正解のようだな」

「子等に掛けた術式、解いてもらいますよ」


 有無を言わさぬ宣言。男女の周囲に霊子が集まり始める。それらの霊子が震え、共鳴し、世界が震え出す。


「よもや貴方方あなたがたが直接顕現なされるとは。しかし惨状と仰るが、これは浄化なのですよ。尊き彼の方あのかたを忘れた害虫を駆除し、あるべき世界へと戻す為の神罰術式。やがてこの世界は霊子に満ちた世界へと還るでしょう。戻すなんて、そんな勿体無いことできませんよ」


 そんな状況もお構いなしに悠々と自らの自論だけを展開するルフ。


「認めたな。この世界の管理者として貴様を拘束する!」

「神罰術式とやらの情報、無理矢理にでも開示して貰います」


 管理者を名乗る男が空を駆け、ルフへと迫る。

 

「貴方方も彼の方あのかたを愚弄するつもりですか。その様なことは許されませんよ」


 空は飛び上がり、目の前に霊子を集中し翠色の巨大な両腕を生み出す。


「あまり抵抗してくれるなよ」

「貴方方こそ黙って見ていてくれませんか?」


 林の上空で繰り広げられる人外の戦い。ルフの巨腕と管理者の男の霊子を纏った両拳がぶつかり合う。霊子と霊子のぶつかり合いにより、辺りに削り取られた霊子が飛び散る。

 それはまるで真夏の夜空を彩る花火の様に地上に降って注ぐ。


「ごめんなさい、私達のことわりの中の争いに貴方達を巻き込んでしまって」


 管理者の女がいつの間にか星斗の隣に膝をつき、背中に霊子の光を当てていた。


「貴方達は一体……」

「話したいことは沢山あるのだけれど、今は貴方達の治療を急ぐわね」


 そう優しく諭す様に語りかける管理者の女。

 苦しかった呼吸が段々と楽になり、匍匐前進ほふくぜんしんの状態から漸く体を起こすことができた。


「とりあえずの応急処置はお終い。体の傷を無理矢理に治しただけだから、無理はしないように」

「ありがとうございます。それよりあの親子の傷を――」


 微笑む管理者の女の表情が寂しげな憂いを含む表情へと変わる。その視線の先には我が子に泣いてすがる母親の姿があった。


「……彼女達は……あのままでは助ける事ができないの。魂がね、ないのよ……」

「……魂が、ない?」


 独白と共に先程の光景が頭の中に呼び起こされる。体から抜き取られる光の玉。そしてルフと言う男の言葉。

 

 ――魂を抜き取っても生きているとは――


「あの、体から出てきた光の玉……」

「ええ、恐らくそれが魂でしょう。普通、魂が抜けた生物はすぐに生命活動を停止してしまいますが……原因は分かりませんが、まだ生きている彼女達も魂を戻さない限り、長くはもたないでしょう」


 管理者の女から告げられる残酷な言葉。

 

「――あの、娘だけでも。亜衣だけでも助けることはできませんか――」

「……亜依……」

 

 目の前に倒れる少女の名を反芻はんすうする星斗。自身の生まれてこれなかった娘と同じ名前。懐で震える光の玉に名付けた大事な名前。

 そんな大切な名前で呼ばれる少女が、目の前に倒れている。己が何もできない歯痒さに拳を握り込み、ギリギリと奥歯を噛み締め、何かできることはないかと思考を巡らす。しかし、魂などと言う手の届かない世界の話の前に、己の無力を突き付けられ、言葉すら発することができない。

 母親の訴えに管理者の女が亜衣の体にそっと触れる。


「――この子の体は魂が抜け、肉体の死を待つ状態になっているわね。魂が戻らない限り、やがて肉体も死にゆくでしょう。魂が抜けてなを、生きていること自体が奇跡的なこと。一応肉体の治癒をして延命はしてみるけど……あとはルフから魂を奪い返さないとどうにもならないわね」


 触れた手に霊子の翠色の光が宿り、亜衣を癒す。若干頬に赤味が戻るが相変わらず弱々しく呼吸をしている。

 管理者の女は母親に向き直り、霊子を宿した手で触れながら告げる。


「それは貴方も同じ事。恐らく貴方がまだ動けるのは、肉体に残存している霊子が多いお陰でしょう。いずれそれも尽きれば、貴方も死にゆくでしょう」

「私はどうなってもいいから……亜衣だけは……どうか……」


 悲しげな瞳で優しく終わりを告げる管理者の女、娘だけでもと縋る母親。


「――あの、あいつが2人と熊の魂を抜いた時、白い空間の中にいた女に魂を渡して、その女が魂を持って行ったんですけど……」

「……それは不味いわね、魂がここにないと……取り戻すことは難しいわね」

「そんな……」


 星斗の目撃した状況から取り戻すことが難しいと告げられ、項垂うなだれる女性。居た堪れない雰囲気が漂う中、林の中に轟音と爆風が駆け抜ける。


「……むう……」


 砂煙が晴れクレーターの中から姿を現した管理者の男が唸りながら立ちあがる。

 空から光の柱が幾筋も降り注ぐ。

 周囲に幾何学模様の不思議な膜が張られ、光の柱を防いでいる。

 

「無事ですか。この子達の魂が抜かれて、ルフが回収してしまっています。早く取り戻さないと……」


 片手を空に掲げ、光の膜を張る管理者の女。

 

「――ぬぅ。かなり厳しい状況だな、霊子の扱いではやはり奴の方が長けておるな。ここまで霊子濃度が濃くなっていると分が悪い……」

「2人がかりでいきましょう」

「――情けないが仕方がない。子等よ、すまぬ。其方達の願いは恐らく叶えてやれぬ。我らは奴を捕えねばならない。だがその時にはすでにお主らの命は潰えていよう。赦しは請わぬ、今は謝罪の言葉だけを。すまぬ」


 管理者の男は親子に頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。


「必ず貴方方の魂は救い出します。その時にいくらでも私達を責めてください」


 管理者の女が片手で母親を抱きしめて声をかけ、答えを聞かぬまま立ちあがる。

 光の柱の乱舞が止み、視界が晴れるとルフがこちらを見下ろしていた。

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