第6-2話 世界の顕現

 全力で走り出し、男へ向かっていく星斗。タックルするように腰を低くし、相手の懐に潜り込もうとする。

 走りながら女性に逃げるように促す。


「逃げて!早く!」


 驚異的な速度で駆け抜ける星斗、しかし男はつまらなそうに左手を振う。男の目前で横薙ぎに吹き飛ぶ星斗。


「私の邪魔をするな。大人しく順番を待て。どうせ全て駆除するのだ、早いも遅いもなかろう」


 落ち葉の地面を転がり木に激突して止まる。

 衝撃で内臓を痛めたのか吐き出した吐瀉に血が混じる。

 よく分からず丈夫になっていた体も、今の衝撃には耐えられなかったようだ。

 ゲホゲホと咳が止まらない星斗、そんな星斗を見やって、男が少し感心したかのように呟く。


「今のは消し飛ばすつもりだったのだが、生きているとは中々に頑丈になっているな。やはり何かしらの想定外が起こっているようだ。早急に調査せねばなるまい」


 男が呟いている間に、少女に話しかける女性。


「――いい?今のうちに走って逃げなさい。兎に角ここから離れて、遠くに行きなさい」


 ぶんぶんと頭横に振って否定の意思を表す少女。絞り出すような声で母親に訴える。


「……ぃゃ……お母さんと一緒に……」

「亜衣。お願い、行って」


 少女の目を慈しみながら見つめ、微笑みかける女性。

 我が子だけでも助けようと必死に諭す。

 抱きしめていた手を離し、地面にそっと下ろす。頭を一撫でし後ろを向かせて背中を押す。


「じゃあ、お母さんと駆けっこで競争ね。位置について……よーい、ドン!」


 母親の声に反応して走り出す亜衣。小さな体で腕を大きく振り、カサカサと落ち葉を蹴りながら必死に林の外を目指す。


「逃すか、人間は全て駆除だ」


 亜衣を追って行こうとする男の足に、しかとしがみ付き絶対に行かせまいとする女性。


「――私に触れるなと言っているだろうが」


 男は霊子を集め、やがてそれは巨大な手の形に集約され、男にしがみ付いた女性を掴み上げる。

 巨大な手に握り絞められ声も出ない女性。苦しそうに息を吐く女性。ミシミシと体が潰され、吐血する。


「――お母さん!」


 母親の声にならない声に振り、返り戻ってきてしまう亜衣。

 女性の体から翠色に輝く光の玉が抜け出してくる。

 男は血液と光の玉を回収し、先程と同様の封印処理を施して満足げに頷くと、矢庭に女性を解放する。

 這いつくばり、男の元に何とか向かおうとする星斗。受け止めることすら叶わず、女性がドサリと枯葉の地面に落ちる。

 亜衣が駆け寄り、母親に縋り付く。


「お母さん!お母さん!お母さん!」

「駄目じゃない……戻って……きちゃ……」


 口元は優しく微笑みながら、目は悲しみの涙で溢れている。


「――ごめんなさい!ごめんなさい!でもお母さんが!」

「……ありがとう……優しい子ね亜衣は……」


 また頭を一撫でする女性、その後ろには男が2人を見下ろし、翠色の手で亜衣を掴み込む。


「――やめ、てっ!」

「やめろぉぉぉぉーー!!」


 2人の人間の絶叫が林の中に木霊す。

 掴まれた亜衣の手がダラリと力を失って垂れ下がり、亜衣の体から翠色の光の玉がスルリと抜け出してくる。


「ふむ、なかなか良い魂の輝きだ。よき研究材料となるだろう」


 三度封印処理を施し、小窓程の白い空間を出現させてそれらを送り込む。白い世界ではあのものがそれらを受け取り、先程と同様の帯状の紋様の様なものを巻き付けている姿が見える。

 ドサリと地面に倒れ込む亜衣の体。


「亜衣……亜衣……」

「……ぉかぁ……さん」


 母親の悲痛な叫びが力無く響く。亜衣は呻く様に呟き、横たわっている。


「うおおぉぉぉぉ!!!!!」


 雄叫びと共に伏せたまま拳銃を連射する星斗。


「またそれか。意味がないと分からないのか」


 弾を撃ち尽くしても引き金を引く指を、止めることができず、カチカチと激鉄が空撃ちする。絶叫し続ける星斗に向かって男が呆れ顔で言い放ち、ポロポロと弾丸が足元に転がっていく。


「魂を抜き取っても生きているとは……肉体の強度が……体内の霊子で生き延びてるのか……個体差は有りそうだが……」


 親子を見下ろしながら男が呟く。


(どうにかしてあいつを――


 心の底からの願いに、再び星斗の握り込まれた手が深紅に輝き、霊子の翠色の光が収束し始める。


「何をやっている」


 男の問いに答える事なく収束し続ける霊子。その霊子の渦を見て男が初めて表情を変える。


「それはお前如きがやってよい御業ではない。お前は、何者だ」


 深紅と翠の光の渦の中、掌に現れた1発の銃弾。猪を倒した時と同じ深紅と翠が入り混じった銃弾を見て、星斗はすぐさま弾倉を開き、空薬莢からやっきょう排莢はいきょうし銃弾を装填。


「お前が何者か知らないが、超えちゃいけない一線を超えた!これは私怨だから恨むなら恨んでくれて結構!」


 想いの込められた1発の弾丸が宙を奔る。

 至近距離から放たれた弾丸は、男が展開した霊子の手と衝突し、眩い閃光を放ちながら霊子の手を易々と食い破る。

 霊子の手はズタズタに引き裂かれながらも、必死に弾丸のを受け止めようとしている。


「――なにが――」


 男の声に若干の驚きが含まれる。

 自身の右手を前にかざし霊子を集中させ、銃弾を受け止めようとする。

 霊子の手と違い硬質化された霊子の壁は、深紅と翠の弾丸と衝突しギリギリと不快な音を立てて閃光を撒き散らす。

 銃弾は勢いを失う事なく回転し、霊子の壁を食い破らんと突き進む。

 物質化する程濃い濃度の霊子の塊を食い破り、弾丸は男の掌に到達する。


「なっ……んだと」


 男の掌に食い込んだ銃弾は徐々に男の腕に食い込み、そのエネルギーを解放する。

 閃光が迸り、男の腕が千切れ飛ぶ。

 ドサっと地面に男の腕が落ち、男は肩で息をしながら左手で右手を抑える。


「やってくれたな、お前は即座に駆除だ。彼の方あのかたの御業を掠め取った咎人とがびとめ」

「ふざけんな!何が咎人だ!知るかそんなもん!!何発でもくれてやるよ」


 もう1度銃弾を作ろうと強く手を握る。


「――!――何で、今できただろ!」


 霊子が収束していかないことに焦る星斗。

 その間に、失った右手に霊子を集中させる男。みるみる霊子が収束し、腕から指先にかけて再生してゆく。

 数回再生した手を握り、感触を確かめる男。焦る星斗を横目に嘲りの表情となる。


「所詮は盗人の所業、彼の方あのかたの御業が人間如きに使えていいわけがない」

「何で何も出ないんだよ!おい!」


 焦りは星斗の思考を鈍らせる。目の前の奇跡に頼り、視界が狭くなる。

 その隙を男は見逃すはずもなく、断罪の手刀を振り上げる。


「お前のサンプルはいらぬ。この場でその魂すら砕いてくれる、疾く消えよ」


 男が手刀を振り下ろした、その時。


 バキバキと林の上空に巨大なひび割れが起きる。

 男が現れた時とは比べ物にならない程の翠色の光の渦が、

 2つの渦はやがて混ざり合い1つの巨大な光の渦となる。

 まるで巨大なガラスが砕ける様な破砕音が世界を埋め尽くし、空が割れて崩壊する。


 彼方かなたから此方こなたへの回廊が開かれる。


 「漸く見つけたぞ、ルフ」


 顕現した巨大な力の片割れが、「ルフ」と呼ばれる男に話しかける。その声は太く逞し男の声であった。


「この世界の惨状、あなたの仕業ですね。説明して貰いますよ」

 

 もう一方の片割れはこの世界に起こった元凶を「ルフ」と呼ばれる男だと断言する。その声は美しい女の声であった。


 巨大な力が顕現した。

 

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