第5-1話 邂逅

 光の玉改め、亜依と共に子供達が通っている高校を目指すことにした星斗。

 何があるか分からない現状、多少の備えは必要と携帯食や水、雨衣にうわっぱりも用意する。普段は持ち歩かないスマホも持ちだしてカブに荷物を積み込む。

 準備をしながら自分の装備も確認する。撃ち尽くした拳銃、折れた警棒、ボコボコの防刃衣。

 普段なら拳銃発射の時点でとんでもない量の報告書を作成したり、弾丸を探したりしなければならないのだが、今この状況ではそんな事をしている暇もない。そんな事を指示する上司も居ない今、優先すべきは生存者の確保と人命救助。


「取り合えず、署に寄って装備品の交換をしてから向かうか。このままじゃ次に何かあった時、多分、死ぬ」


 右手を握り込み、銃弾が出てこないか確かめてみるも、何も現れない。何かが決定的に足りない気がするが、それが何なのか判然としない。

 己の肉体の変化も碌に分からないが、考えても結論は出ないと諦め、カブに乗り警察署を目指す。

 亜依を懐に入れて走り出す。仲間が1人?居ると、こうまで心強いものかと、しみじみ思いながらひた走る。

 路肩に衝突して停止した車の窓から生える霊樹は、1度目に見た時より更に成長してる様に見える。霊樹の葉から霊子が煌々と湧き立ち、世界を翠色に染めている。

 その大きく育った枝には、烏が留まり羽を休めている。


「そう言えば動物は大丈夫なんだな……」


 橋を渡りながら、川の土手をひらひらと飛ぶモンシロチョウや土手を歩く野良猫を見つけて、ふとそんなことに気が付く。


(霊樹になってしまったのは人間だけ?動物は変化していない?……いやでも……)


 先程の小学校での出来事を思い出す。そこに居た巨大猪は明らかに通常の猪ではなかった。それどころか地球上の生物としての枠をはみ出していた。


(その理屈でいくを、俺自身も既に人外になってしまっている可能性が……生き残っている人間が少ない事と変化した動物がいることを考慮すると何らかの要因があるのか――)


 理系大学を卒業し、警察官になった星斗。元来の研究者気質は今も健在であり、現状の考察に思考が跳ぶ。


(現状、霊樹に変化してしまったのは人間だけ、動物はそのまま、一部に例外がいる。人間にも生き残った例外がいる。その例外は常識の枠を外れている。例外同士の共通項があれば何か分かるかもしれないが……事例が一例ずつだからな……)


「――って亜依!危ない!」


 考え事をしながらカブを運転していると、亜依が懐から飛び出して星斗の顔の周りを飛び回って運転を止めさせる。


「運転中にいきなり飛び出したら危ないだろ――」


 亜依に注意しようと声をかけるが、肝心の亜依が飛んでいってしまう。


「おいっ、どこに行くんだ」


 亜依はふわふわと飛んでいき、道路脇の民家の庭先に飛んでいく。


「こら、人様の家に勝手に入るな」


 慌ててカブのサイドスタンドを立てて亜依の後を追う星斗。


「……失礼します」


 ガシャガシャとアルミ門扉を開け、庭先に入っていく。巡回連絡の際に散々やっている事だが、状況が状況だけに慎重に足を踏み入れる。亜依を追って玄関横の犬走りを進み、南側の庭へと足を踏み入れる。

 そこにはふわふわと浮かぶ亜依と、亜依に向かって懸命に吠える芝犬がいた。

 その芝犬の奥には1本の霊樹が生えており、しゃがむような姿勢をしている。

 地面にはドッグフードの顆粒が散らばっている。ちょうど飼い犬に餌をあげようとしていたのだろうか。

 そんな飼い主を必死で守ろうと、健気に吠える忠犬。


「――っ――」


 思わず目を背け、家の中が目に入る。そこにはもう1つの霊樹が家の中に生えており、家人が2人霊樹になってしまっているのが見てとれる。


「他の家族が生き残っていればいいが……来なければお前は生きていけないよな……だが勝手に飼い犬を離してしまうのもな……」


 思考を巡らす星斗。このままではこの忠犬もいずれ飢えて死んでしまうだろう。何とか解放してやりたいと思案する星斗だが、吠え続ける忠犬を見つめる。

 そっと忠犬の前にしゃがみ込み、語りかける。

 

「そんなに吠えられちゃあ、どうもしてやれないぞ」


 手を出そうものなら、今にも嚙みつかれそうな勢いで吠える忠犬。

 どうしたもんかと思案する星斗の横から、亜依が忠犬の前に進み出る。

 じっと忠犬を見つめる亜依。亜依がそっと吠える忠犬の頬を撫でるように触れる。

 すっと、再程とは打って変わって吠えるのをやめ、寂しげな声をあげる忠犬。尻尾を丸め、お座りの姿勢になる。

 その様子を見て、目を見張る星斗。

 

「……今日からお前は自由だ、主人を守るのも何処かへ行くのも好きにしてくれ」


 忠犬の首輪を繋ぐ鎖を外し、首輪も外してやろうとするが、忠犬はそれを拒むように星斗を振り切り走り出す。


「首輪はそのままがいいか」


 一頻ひとしきり庭を走り回った忠犬は、霊樹と化した飼い主の元へ駆け寄り、零れた餌を食べる始める。

 それが誰に貰った物か分かっているのか、時折霊樹を見上げながら尻尾を振って餌を食べる忠犬。

 満足できたのか、霊樹の根本に体を擦り付け、甘える様子の忠犬を見ながら、星斗は立ち上がる。


「忠犬だなお前は」


 霊樹と化した飼い主を慕い続ける忠犬を背に、星斗と亜依はその場を後にする。


「亜依、ありがとう。あの犬を見つけてくれたんだな」


「――♪――」


 嬉しそうに揺れる亜依。それを嬉しそうに見つめる星斗。

 2人はカブに戻り、再度警察署へ向けて走り出す。


 ◇◇◇


 警察署に到着しカブを駐車場に停め、2人は署内に入る。地域課に再度立ち寄り、床に落ちた帯革たいかくを拾い上げ、自身の帯革から壊れた警棒と交換する。


「伊藤部長、お借りします」


 椅子の上で霊樹になってしまったPC勤務員に声をかけ、更に拳銃も取り出して弾を抜く。

 銃弾を机の上に置き、自身は「気を付け」の姿勢を取り拳銃を取り出す。

 

「銃を出せ」


 1人呟き、拳銃を取り出す。右脇に締めて取り出しの姿勢になる。


「弾を抜け」


 拳銃に注目して、拳銃を体の前に倒して弾倉を開き、弾倉に右手を添えて左手で排莢子桿はいきょうしかんを下げる。5発の薬莢を排出し、次弾を装填する。弾倉を嵌め、気を付けの姿勢に戻る。


「銃を納め」


 拳銃をホルスターへ収納する。

 こんなことは事務室でやっていい作業ではないが、段々と基本から逸脱していく自分がいることに気が付く。それでもまだ染みついた習慣は最後の理性なのだろう。拳銃操法を守って弾抜けと弾込めをやらないと怖いというのが、正直な所かもしれなが。


「弾も5発じゃ心許ないな……もう何発か持って行くか。亜依行くよ」


 ふわふわと飛び回る亜依に話しかけ、拳銃庫を目指し歩き出す。


「課長、拳銃庫の鍵お借りします」


 物言わぬ霊樹に向かって話しかけ拳銃庫の鍵を借り、扉を解錠する。庫内から弾帯だんたいに嵌められ銃弾を何個か持ち出す。


「完全に銃刀法違反だ……」


 自身のやっている事が、違法行為だと分かっているので持ち出す事に一抹の不安と躊躇を覚える。

 それでも、この先の事を考えると必要な措置と言い聞かせる。


(あの翠と深紅の銃弾をどうやって出すのか分からんし、またあんな化け物に襲われたらひとたまりもないからな)


 自分を騙す口実を捻り出し、無理矢理に納得する。ついでとばかりに銃身の手入れもし、油を拭き取る。

 また物珍しそうに亜依が覗き込んでくる。


「珍しいか?そりゃ珍しいか。危ないから俺の後ろに居てくれよ」


 大して亜依を咎めることもなく、作業を続ける星斗。


「よし、ひび割れもないな」


 手入れを終え、拳銃庫に施錠して鍵を元に戻す。

 盗難の危険も考慮するが、むしろそんな奴でもいいので人間に会いたくなってくる。


「あいつ等の無事を確認したい。早速行こうか」

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