6
帰り道に敷島は言った。
「オレさ、ほんとは全然納得してねーの」
「何を?」
「1に限りなく近づくのを1として計算するやつ」
「ああ、それか」
「だって、やっぱり変じゃん。どんなに近づいても決して1にはなれないのに、1として扱うなんて。それってすげえ乱暴だと思うけど、でも、そういうことなんだって思わなきゃいけない。だってそれはそういうもんなんだから。佐原が言ってたのってそういうことだろ」
そう言って改めて言葉にされると、ひどく薄っぺらく情けない考え方に思えた。だけど敷島にその考え方を、その生き方を教えたのは自分なんだ。そう思うと、なんだか無性に腹が立った。誰にだろう。
敷島の『卒業試験』はほとんど満点だった。なんだかんだこの高校に受かっているのだから、敷島も頭の作りは良いに違いない。むしろ、僕なんかよりよほど良いかもしれなかった。多分こいつはこれからちゃんと良い点をとるようになるんだろう、一目置かれたりもするんだろう。僕はやっぱり腹が立った。本当に腹が立ったので、歩くスピードを少し早めた。
「なあ佐原」
無視をする。
「佐原、おい、佐原って!」
ぐい、と手を引っ張られた。
「信号赤だぞ」
「車来てないから大丈夫だよ。ていうか、別に、轢かれたって」
「お前――」
敷島が滲んでよく見えなくて、ああそうか僕は泣いてるんだと思う。顔を見られたくなくて俯くと、涙が粒になってアスファルトにぼたぼた落下していった。アスファルトに染みがいくつもできていく。僕はそれを滲んだ視界の向こうにぼんやり見ている。敷島は握ったままの手をぐいともう一度引っ張って僕を引き寄せると、ぎゅっとそのまま抱きしめた。敷島の肩に収まった口から絞り出すように声が漏れて、僕はそれをどこかの遠雷のように聞いている。聞いているとすごく悲しい気持ちになる音だ。
僕は理解した。
僕たちはこんなに近づいているのに一つになれない。
近づくこと、一つになること、一つと見做すこと。
敷島の言っていることがやっぱり正しかったんだ。
だって、それを一つにまとめるのはおかしい。
「ありがとな佐原。俺、お前のおかげでなんとかなりそうだわ。だから、泣くなって」
ぽんぽんと背中を叩きながら敷島は言う。感謝なんてしないでほしい。感謝されることなんて何もしていない。君がいつかそれを知ってちゃんと生きていく日が来るんだったとしても、それが必要で必然でも、それを教えるのが僕でなければ良かったのに。
「オレもさ、ほんとはわかってたんだよ。そうしなきゃ生きていけないってさ」
「でも、……」
言いかけて、言葉を止めた。どう続けても、自分のことしか考えていない言葉になるのは間違いなかった。
「俺たちは多分、誰とも一つになることはできない」
敷島がそう言って、その通りだと思う。あの日、僕にお金を渡したあの人のことを思い出す。僕はきっと、あの人と一つになれると思っていた。
「でも、そういうときどうすればいいか、俺はわかったよ。お前のおかげで」
敷島はそう言って僕から離れた。僕は熱を失って呆然と前を見ると――夕焼けを背負って敷島が立っていた。表情がよく見えないのは、眩しいせいか、目が滲んでいるからか、それとも見たくなかったからだろうか?
〈問題〉
私たちが限りなく近づくための方法を答えなさい。
僕は知らない。その答えを知らない。
僕は、それが知りたかったのに。
「二週間、マジでありがとな!」
敷島はそう言って、僕の前から去って行った。
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