第一章 最初の魔法使い

第一話 開幕

『次のニュースです。○○県○○市の動物園で、ライオンの赤ちゃんの展示が始まりました。今日は大勢のお客さんで溢れそうです』


平和である。朝、学校に行く準備中にニュースを眺めてそう思う。犯罪のニュースとかで始まる朝は嫌だ。誰だって嫌か。でもどうせなら…

そんなくだらないことを考えていたらそろそろ家を出る時間である。俺、斎月さいつきユラは鞄を持ち、鏡の前で決めポーズ。うん、決まらない。

靴を履き、ドアを開いて


「行ってきます。」


誰もいない家に声をかける。

両親はいない。数年前に事故で亡くなった。そのころの悲しみは乗り越えた。元々感情薄いので結構あっけなく立ち直れた。薄情なやつだと自分でも思う。俺はその時通っていた中学の友達と別れたくなく、このままこの家に一人で過ごしたいとおじいちゃんに泣きついた。訂正、泣きついてはない。棒立ちでそれとなく頼んだらとんとん拍子に話が進み、今に至る。おじいちゃんはなぜか金持ちだった。お年寄りの懐というのは物理的にも精神的にも広いんだな。


「おはよ、ユラ。」

「おはよう、真」

「寝ぐせ立ってるよ。なんで毎日その場所に同じように寝ぐせ立つの?」

「なに、だから今日決まってないように見えたのか。」

「高校生活始まってから三日間、決まってないよ。」

「なんだと…。」


この女子は柚岡ゆずおかまこと。同じクラスのクラスメイトであり、同級生であり、幼馴染であり、腐れ縁である。中学の頃隣の席になってからずっと続いているこの関係。友達以上恋人未満。どうもこいつには恋愛感情が沸かない。中学校ではマドンナだか窓女だか知らないがちょっと有名なやつだった。俺?俺は石ころだった。いてもいなくてもみたいな。…友達はいた。いたから。


「高校生活どう?」

「どうと言われてもな…。別に中学とあまり変わらないな、としか言えない。」

「そうだよね。まだ始まったばっかりだからかな?」

「だといいな。ずっとこれじゃ退屈だ。」

「昨日友達と馬鹿みたいに笑ってなかった?」

「バカみたいは余計だ。」


高校生活が始まって三日。結局あんまり変わらなかった。こんな日常があと三年か…。長いな。またなにか没頭できるのものを探さなければ。中学の頃は読書で乗り切ったが今は少し飽きてしまった。さて何をしようか。

そんな、この先の日常を信じ切っている俺の目に、一冊の本が飛んできた。今思えば、この本のせいである。日常に亀裂が入り別のものになったのは。


「なんだ?この本。」


俺は道端に落ちている本を拾い上げた。なぜこの本を気になったのかと言えば、全く汚れていなかったからである。昨日は確か雨が降っていたはずなのに。今朝誰か落としたとしてももう少し汚れていてもいいと思うのだが…。

本を眺めて立ち止まっている俺を真が急かす。


「ユラー!早くしないと遅刻しちゃうって。」

「あぁ、悪い。すぐに行く。」


俺はとっさにその本を鞄に放り込んだ。誰かが落としたものかもしれないし、帰りに交番にでも届けようか。


そうして無事遅刻にはならなかった。真に感謝だな。


「よぉー!ユラ。おはよ!」

「おう、おはよう。今日も朝から元気だな、冬矢。」

「俺は朝昼晩と元気だぜ!真もおはよう!」

「常にバカってことでしょ。おはよ。」

「真は常に辛辣だな!?」


この男は俺のもう一人の幼馴染、朝芽冬矢あさめとうやだ。真の言った通り、常にバカやっている。このなりで勉強ができるわけもなく。全身運動神経人間である。俺と真と冬矢三人で、中学からの幼馴染である。凸凹トリオだ。ちなみに冬矢はイケメン、つまりモテる。同じく真は窓女、モテる。

俺?俺は…なんなんだろう。〇ンパンマンのOPを頭の中でかけながら俺は席に座り、さっき拾った真っ赤な本を鞄から出す。


「ユラ、それなんだ?」

「さっき道に落ちてた。」

「汚くないぞ。新品みたいだ。」

「そうなんだよ。だから気になっ…て?」


俺は本の中を見ようと開こうとしたが…一切開かなかった。まるでそういう置物レベルだ。諦めて全身運動神経人間に任せることにした。


「本が開かないわけが…開かない。」

「だろ?」


見れば見るほど不思議な本だ。表紙には何も書いておらず、裏表紙に英語が書かれていた。全身運動神経人間と日本語大好き人間がこれを読めるわけもなく。


「真えもーん。」

「誰が猫型ロボットよ。…何?私授業の準備中。」

「そんなんパパっと終わるでしょ。それよりこれ、ユラが拾ってきた本。開かないし読めない英語書いてあるし。」

「さっき見てたやつ?…無駄に小綺麗だけど。本当に落ちてたの?」

「あぁ。俺もそれが気になって拾った。」

「んっ…ほんとに開かないね。裏表紙の英語…これか。…うーん」


真は少し本とにらめっこしだした。真は頭がいい。一回道案内を頼んだ外国人とちゃんと英語で会話してるのを見たときから俺は真を人間扱いしていない。母国を愛せよ、母国を。


「汝の望む…始まり…終わり…見る?何いってるかわかんない。」

「真でも無理かぁ…じゃあこの俺がっ!」

「なおさら無理だろ。」

「真実故言い返せぬ。」

「冬矢の語彙力ひん曲がりすぎでしょ。」


結局この本についてはよくわからないまま、いつも通りの学校の日常は始まってしまった。なんなのだろうか、この本。今のところただの飾り説が濃厚だが…別にプラスチックでできていたりするわけもなく、ちゃんと本の質感なのだ。なんだかおしゃれだしこのまま持ち帰って飾っちゃおうかな、と心の悪魔が言っている。天使は俺と添い寝中である。


「ちょっと、ユラ、寝ちゃだめだよ。ばか。」

「ん…寝てます。」

「今は起きてますでしょ…。」


真にシャーペンでつつかれ起きた。もちろん尖っている方である。


「朝芽…学校始まって早々寝るとはいい度胸だな。」

「ひゃい!?ね、寝てますん!」

「どっちだそれは。」


冬矢が俺の代わりに犠牲になった。すまない。悪いとは思ってない。

そうして退屈な学校を過ごし、下校。来年も、再来年もこうなのだろうか。この本が俺の日常を変えてくれそうな予感…。なんて、そんなことないのだが。


「ユラ、今日あんたの家行きたい。」

「えっ、きゅん。」

「セルフきゅんしなくていいから。」

「今日、親いないけど。」

「それ突っ込みにくいから!」


真が俺の家に遊びに来るのはいつもの事である。家が元々近いからだ。両親を亡くして俺が落ち込んでいた時も、真は隣にいてくれた。掛け替えのない存在だ。


「真が行くなら俺もいく!」

「私は本をもう少し調べたいだけだよ。冬矢は何しにくるの。」

「別に用がなくても遊んだっていいじゃない。人間だも。」

「どこの借金取り狸だお前は。とりあえず、帰るか。」


そうして俺たちは帰路をたどる。


「んやぁ、ユラの家行くの久しぶりだ!」

「二日前来ただろ。」

「高校デビューパーティだって言って。私あの時眠くて眠くて。」

「で、そのまま俺のベットで寝て行ったせいで俺に被害が及んで。」

「楽しかったな!」

「「おかげさまで」」


俺と真は冬矢をにらみ、そういう。あの日の朝は真はテンパるわ俺は碌な場所で寝れず全身痛いわで。そんななか冬矢は颯爽と帰っていきやがった。この野郎。

学校からそこまで歩かず、俺達は目的地に到着した。この三人でこの家に集まるのはもう数えきれない。だからこそ、ここから離れずおじいちゃんにわがまま言ってよかったと思った。


「お邪魔しまーす!」

「邪魔するなら帰れ。」

「ひどい!」

「お邪魔します。」

「どうぞ。」

「格差!?」


とりあえず俺の部屋へ。俺は飲み物を用意し部屋のある二階へを上がる。


「で、この本…。もうすこし英文ちゃんと翻訳したいから貸して。」

「ほいよ。」


真は本の翻訳が中途半端だったことが気になっていたみたいだ。おもむろに電子辞書を取り出して裏表紙を眺め出した。俺達母国を愛する者は暇である。


「ユラ、どうするよ。」

「何がだ。」

「この本、めちゃくちゃ価値があってスゲェ高く売れたら。」

「そりゃスゲェ勢いで売る。」

「割り勘な!」

「それ会計の時の話だからな。」

「でも普通に高そうな本だよなぁー…。」

「読めないけどな。」

「もしかしたら魔法の呪文とかがあるんじゃないか?それを言ったら開くのかもしれないぞ。」

「一理あるな。」


この本なんだか見た目にそぐわない重さがあるのだ。中に機械か何かが入っていればその可能性も否定できない。


「あぁー!もう。この本重い。冬矢、ちょっとディスプレイ代わりになって。」

「そのかわり、売った時高かったら割り勘な!」

「…それ会計の時じゃないの?」


俺と同じことを真にも言われている冬矢は言われた通り本をもって真に見せている。素直なやつだ。そこが冬矢のいいところである。


「…なんとなくわかった。」

「なんて書いてあるんだ?」

「『汝、望む始まりと終わりを。』…かな。ちょっと自己解釈あるけど多分こんな感じ。結局翻訳してもなんだかわからず仕舞いだけどね。」

「それ日本語か?」

「日本語に翻訳したの!ありがと、もう持ってなくていいよ。」


冬矢は若干重い本を置いた。結局何もわからなく、振り出しに戻ってしまった。俺は別に何をしようという訳でもなく本を持ち上げた。やっぱり重い。


「売ったら高いんじゃないか?」

「冬矢の頭はお金の事しかないの?」

「そんなこと言うなら真はこの本どうするのさ。」

「交番に届けておしまい。まぁそれはユラの、拾った人に任せるけど…。」


真が俺を見ながら飲み物を飲んでそういった。真の好きなコーヒー。冬矢のお気に入り、コーラ。そして俺の好物。炭酸水。好みも把握している。

俺はなんだかこの本を手放す気になれなかった。見た目がかっこいいからとか、そういう理由という訳ではない…のだが。自分の事なのに自信がなかった。


「…『汝、望む始まりと終わりを』」


そう俺が言った、その瞬間だった。目の前が、火で、炎でいっぱいになった。

火に包まれていることに気付いた。


「ユラ!?」

「おい、大丈夫か!?」


そうして俺の方に来ようとする冬矢を止めた。危ない気がしたからだ。燃えている俺が一番冷静である。理由は目の前に俺より慌てだしたものが二名。この二人のせいである。

少し経つと、炎は収まった。


「ユラ!」


消えた瞬間、真が俺の手を握ってきた。炎に包まれた割には俺自身に特に目立った火傷もなかった。だが座っていた場所が黒く焦げている。夢じゃない。

何が起きたかわからないが、一つ、進めた。


「本が…開いてる。」




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