登れない坂道

筆開紙閉

ディスコミュニケーション

 零和も五年が経過した。今本当に零和五年か?時間感覚には自信がない。

 とにかく余は久しぶりに父上と向き合うことになった。

 そうだな。いつの日か余が打ち倒され、余を知らぬ者が我が脳から記憶を抽出したときのために、余の自己紹介もしておこう。


 余は最も新しき外なる神、無銘名付けられることもなかった失敗作。あるいは乾木霊イヌイ・コダマ

 世界そのものに等しきヨグ=ソトースの一部を素材に創られた不壊なる神の剣。創造されて今まで誰にも剣状態を見せたこともなければ、柄を握らせたこともない。

 基本的に人間態で活動し、父上のために下準備をしている。世界を素材に芸術を創造する下準備だ。

 下準備として、女子高生になり、芸能事務所を立ち上げ、反社のトップになった。人間の上に立つには、相手の言葉に耳を傾け、相手の言ってほしいことを囁けば余裕である。最高峰の芸術品として創られた我がかんばせで囁かれ、耐えられるのは自我強き者だけだ。


 日が落ち、星空が空に瞬いている。都内から出てくるのは面倒であったが、余は父上との手合わせのために埼玉の郊外に用意した築三十二年の中古の一軒家に来ている。中は部屋の壁を取り払い床を貼り直し、ちょっとした広さがある。余と父上が手合わせするには少し狭いが。

 そう手合わせだ。父上はそろそろ世界を終わらせるらしく、余の戦力の確認と剣術を教えると急に言った。余という失敗作の創造を反省し、完全に世界を刻んで全てを創作の糧とするのだ。

 父上は無駄なことはしないので、本当にそれだけだろう。だが、父上が余に視線を向けてくれるのは嬉しい。いやいや期待はするな。期待すれば傷つくだけだ。

 護衛も置いて単独でここまで来た。張り替えたばかりの畳の上に正座して待つ。

 父上と余が行うのは剣道ではなく、剣術である。そのため、竹刀も防具も不要だ。余は真剣を振るい、父上は木刀を振るう。お互いの技量差を考えるならばこれでもハンデが足りないらしいが。

 とにかく余は白い道着に身を包み、いつものように銀髪をサイドテールに纏めている。


「早かったな。では参る」


 藍色の道着を着た父上が入って来て、一声掛けるとすぐに父上の突きが余の胃を強打した。不壊のこの身といえども、人間に準拠した生体活動がある。胃を強打すれば中身が口から逆流する。通常の人間ならばそれ以前に胃が破裂するだろう。

 余は畳に未消化物を吐き出した。胃液の味がする。移動中に食べた牛タンの肉片が畳にぶつまけられる。

 肉体の全盛期を過ぎたとは思えない動きだ。年々父上は老け、天然パーマの髪には白髪が増えていく。視力が悪くもないのに眼鏡をかけている。

 それら全て肉体の年齢の話だ。父上はいと高き世界の外側の存在者であり、この世界で活動するために才能ある人間を乗っ取っている。器を壊されても死なぬ、いや死ねぬ不滅者だ。

 父上は遠き昔の顕現時に余を創造し、そして見捨てた。

 今回の顕現においては自らを土御門キョージと名乗っている。


「お前は不壊の身体とはいえ、苦痛を感じる。今日は痛みの中で冷静に動けるよう、痛みを教える」


 父上が余の髪を掴み、壁に投げつける。余は壁にぶつかる前に、壁に着地する。こちらからも反撃する。一方的に打ちのめされるのは好きではないからだ。


「こちらからも反撃させてもらう」


 空を裂き、斬撃を飛ばし、そのまま前進する。斬撃を飛ばす程度は一流程度の剣士ならばできて当然。当たれば人体を引き裂くが、当たるとは思っていない。

 これで隙ができることを祈る。父上は飛ぶ斬撃を避ける。


オレに一太刀でも入れられるのならば大したものだ。戦力としての評価を上げてやってもいい。それができるならば」


 余の太刀を指二本で掴まれ、そのまま壁に投げつけられる。今日は投げられてばかりいるが、楽しい。ろくに視線を向けてくれない父上が余を見てくれるのだからな。


「世界に等しき硬さだろうが、オレには薄紙だ。世界を断つ斬撃を見せてやろう」


 余の眼は尋常ではない観察力を持っている。これを応用し、対象の強度に合わせた適切な斬撃を放つことや読心に近い人間理解ができる。今、父上の握る木刀が、余を切断するに十分な斬撃を放つと理解した。尋常な剣士が持つ感覚に置き換えるならば、肌をヤスリで撫でるような殺気。

 父上の本性は剣士だ。芸術家とうそぶき、今まで術に適正のある器ばかりを使ってきたが、この殺気はそうとしか理解ができない。


「ぐわあああああっ!!」


 我が腕が宙を舞った。肩の切断面は赤や白、少しの黄色が見える。切断面が焼けるように熱い。初めての痛みで涙を流した。膝が折れ、頭が畳に着く。


「忘れるな。それが痛みだ。苦痛への恐怖、死の恐怖を覚え、人は剣士になる。お前は不壊の神剣であるが故にそれを知らないまま剣士になってしまった。だから今教えた」

 

 父上が上から何かを言っているが、痛みで嚙み締めることができない。


「不壊の肉体は壊されても再生する。それも覚えておけ」

「痛みが消えた?」


 少し経つと切られたはずの腕があった。周りを見回すと切られた腕は床に変わらず落ちている。生えたというのか?自分の仕様とはいえ知らないものもあることを今知った。父上の木刀は柄のみを残して壊れている。世界を断つ斬撃に耐えられず自壊したのだろう。

 だが、余は理解している。父上ならば無手のままで余を刻み、殺すことができると。木刀を使わずとも世界を断つことはできるのだ。剣の頂きに父上はある。それを理解した。それがどれほど遠いのかは全く理解ができない。

 人が人を斬るために、鎧を断つために、戦車を破壊するために世界を断つ斬撃など必要がない。明らかに過剰な攻撃力だ。

 屠龍の技に等しき無意味な技を如何にして身につけたのか理解が及ばない。


「久しぶりに剣を振るったが、この身体は疲れる。オレは帰る」


 父上は術師として表裏に活動し、誰が相手でも今まで剣を握ったところを見せていない。不滅者として成るまでの過程で剣士であったのだろう。

 父上の額には脂汗が玉のように張り付いている。余の観察によると肉体を動かしたことではなく、精神的重圧から流れ出したように見える。

 余が創られた直後に失敗作の烙印を押されたとはいえ、今日まで存在を許されていた理由を僅かながらに感じた。芸術として余は不適当であったが、切り捨てることはのだ。それは決して愛ではないが、余にとっては喜ばしい。


「指南ありがとうございます、父上」


 切られ投げられたといえど、珍しくコミュニケーションが取れて嬉しかった。父上の時間を余に使わせた礼を言うのは当然だ。


「今日の経験を来るべき戦いに活かせ。世界を断つ領域レベルに辿り着いた者は狩りの獲物ではない」


 父上が余に助言を投げかける。この言葉も我が身を大切と思っての言葉だろう。

 愛されるに値せずとも余は余の存在を認められていたのだ。余は父上の剣としての忠義をまた新たにした。


 


 


 

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