『ホームレスと家出娘』〜天使の夜想曲〜
かごのぼっち
第一話 出逢い
クリスマスを明日に控えた街中は、綺羅びやかに装飾が施されていて、クリスマスソングがところかしこから聴こえてくる。
人々は
そんな都会の喧騒の片隅に、ひっそりと影を落とし、まるで時間がピタリと止まっているかのように、動かない者が二人いる。
ひとりは、地面にダンボールを敷いて、地表の冷気を遮断し、何処からか拾ってきた毛布に
眼の前にギターケースを開けて置いているが、中にはほんの少しのお金が入っているだけで、ギター自体は見当たらない。
男は、何かしらのパフォーマンスをする風でもなく、ただ項垂れて人が通り過ぎるのを、死んだ様な目をして見ているだけだった。
もうひとりは小柄な女性だ。どぎついショッキングピンクの服装の上から、明らか丈が合っていない白のロングコートを羽織って、街灯の下で立ちん坊をしている。メイクも慣れていないのかケバケバしく、ピエロとまではいかなくても、近い種族に見えるほどだ。
女の前を何人もの男が通り過ぎるが、誰に声をかけられることもなく、そそくさと小走りに立ち去る。女も男と同じように、それらを死んだような目で見送った。
二人は道を挟んだ対面に位置していて、ちょうどそこに一台のタクシーが停まった。そこへ大きな紙袋を山ほど抱えた女性が現れた。
女性の身なりは良く、ゴテゴテとブランド物のアイテムをこれ見よがしに飾り立て、半径五メートルに及んでブランド物の香水の匂いが立ち込めている。
女性がタクシーへ乗り込むと運転手は一瞬顔を
タクシーが過ぎ去った後を、二人は見逃さなかった。
シンクロしているかのような錯覚に陥るほどに、同時に動き出した二人。刹那。
視線が合う。
二人の目に光が灯る。そしてお互いに相手の思考が読めた。そうだ、手に取るように相手の考えが解る。それほどにお互いの思考がシンクロしていたのだ。
その時、決して歴史に残ることのない、戦いの火蓋が切って落とされたのだ。
その戦いはビーチフラッグスにも似た、反射神経と身体能力が問われる戦いだ。どちらがより早く目標地点にたどり着けるのかの単純な争い。そう、その目標地点こそ──
──シャンパンゴールドカラーのクロコダイル皮の財布だ。
圧倒的に有利に見えるのは中年男性だ。何故なら、明らかに体格差があるからだ。しかし彼は座っているところからのスタートで、かつ、眼前にはギターケースと言う障害物があった。
体格差では圧倒的不利に思えた女性は、立っているところからのスタートだ。瞬発力で言えば圧倒的優位と言えよう。
これは女性が勝つのではないかと思われた戦いだが、やはりコンパスの差は大きく、二人の差がどんどんと縮まってゆく。
──ガシッ! 財布の両端をそれぞれが掴む。
同時だ。
再び視線がぶつかる。
「俺のだ!」「私のよ!」
意見もぶつかる。どうやら平行線のようだ。勝敗はまだ決まっておらず、お互いに譲る気もない。
戦闘続行だ。
続く沈黙。水面下では財布を引っ張り合うと言う、醜い争いが続いている。そう、冷戦状態だ。
──ブウウン……
沈黙を破るエンジン音。
二人、音の方向へ目を遣る。
タクシーだ。
「休戦だ!」「休戦ね!」
意見は合致。言うが早いか、二人は逃げた。
一時休戦となった。
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※この物語はフィクションです。落とし物はしかるべき所に届けましょう。
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