たまには昔話を

マツダセイウチ

第1話

 あんた、一人で飲んでるのかい?俺もだよ。

 この辺の人かい。え、観光客?ここら辺見るところなんてないだろう。


 俺かい?俺はある人を偲びに来たんだよ。毎年命日になるとここへ来るんだ。ここで昔戦争があってね、それで死んだんだよ。爆弾にふっとばされて、骨も残らなかったらしい。だから墓も作れないんだ。しょうがないから毎年こうやって弔いに来てるのさ。


 いや、男じゃない。女さ。戦況が厳しくなると、女も男も関係ない。俺は自己中でズルいヤツだからこうして生き残ってるが、良いやつほどお国の役に立ちたいとか言って死んでいった。彼女もその一人さ。俺は彼女を世界で一番愛してた。でも彼女は俺の家族でも友達でも、恋人でもない。ただ俺が一方的に好きだったって話。


 俺の話を聞いてくれるかい?


 彼女と出会ったのはもう20年も前の話さ。俺と彼女は同じ町に住んでた。俺は親父から継いだ飲み屋の店主で、彼女は小学校の先生をやってた。校門から出てきた彼女をひと目見て、俺は激しく恋に落ちた。見た目ももちろん美人だったけどそれだけじゃない。彼女の『何か』が俺の心を揺さぶったんだ。まったく天使みたいな人だったよ。いや、女神かもしれないな。とにかく俺は何度も彼女にアプローチしたよ。でも彼女はすごく真面目でピュアな人だったから、俺みたいな酒飲みで女好きでちゃらんぽらんな男は受け入れてくれなかった。すっかり怖がられて、その内目も合わせてくれなくなって、避けられるようになっちゃってね。要はフラれたわけさ。


 自分で言うのもなんだけど、俺、昔は結構モテてたんだよ。金もまあ持ってて、女に不自由したことはなかった。だから凄くショックでね。寂しさを紛らわすために飲み歩いて、色んな女を取っ替え引っ替えした。飲み屋の経営は昔からの従業員に全部丸投げしてた。おかげで俺は街一番のプレイボーイでちょっとした有名人だった。別にそうなりたくてなった訳じゃないけどな。当てつけで彼女の前に女連れで現れたことも何度かある。でも彼女はニコニコして、綺麗な人ねとかお似合いねとか言ってくれてさ。その度に俺は傷ついたよ。馬鹿だろう?


 彼女は美人だったけど、浮いた噂は殆どなかった。だけど一度だけ、恋人らしき男ができたことがある。取り立ててハンサムじゃなかったが、優しそうな感じの男だった。彼女とソイツが仲良さそうに話したり、一緒に歩いているのを見る度に嫉妬と絶望で毎日泣いてたよ。あんな男死ねばいいって本気で思ってた。なんで俺じゃダメなんだってね。でもいつのまにか別れたみたいで、また彼女は一人になった。喜んじゃいけないけど、正直めちゃくちゃ嬉しかった。言っとくけど俺はその男に嫌がらせとかはしてないからな。神に誓っても良い。


 不毛な片思いの末、俺は悟りを開いた。彼女が誰のものにもならなければ、別に俺のものにならなくてもいい。同じ町に住んで、たまにすれ違って挨拶を交わすくらいの関係でも良いじゃないかってね。仲の良いご近所さんて関係も悪くないって。だからずっと彼女とはそんな感じで関わってくことにした。そしたら彼女も、前は目も合わせてくれなかったけど、挨拶や世間話くらいはしてくれるようになった。そう、それでいい。俺はたまに彼女と話ができるのを楽しみに毎日を過ごしてた。


 ところが国が戦争を始めやがってね。俺の町にも志願兵を募る通達みたいなのが来たんだ。俺は戦争なんて全く行く気がなかった。国のために死ぬなんて馬鹿らしい。誰も何も言わねえよ。ちゃらんぽらんな俺に愛国者的な行動を期待してるやつは誰もいなかった。でも噂で、彼女が志願兵になるらしいって聞いたんだ。それで彼女の家に押しかけて、話を聞いたら噂は本当で、彼女は志願兵になって戦地へ行くつもりだって言ったんだ。俺は泣きわめいて、土下座して彼女に戦争に行かないでくれって頼んだよ。プライドも何もあったもんじゃない。でも彼女の決意は固くて、全く歯が立たなかった。子供達を守りたいとか、国のためとか言って、俺の説得なんてまるで聞いてくれなかった。俺は彼女の生真面目で献身的な性格を恨んだよ。でも彼女がそういう性格じゃなかったら、俺は彼女をここまで愛したりはしなかっただろうな。皮肉なもんだよ。


 俺の願いも虚しく、彼女は戦争に行った。見送りのとき、来てくれた人皆に彼女はハグをした。もちろん俺にもしてくれたよ。抱きしめたとき、髪からシャンプーの良い香りがしたな。今でもその時のことを思い出すと涙が出てくるよ。それが彼女を見た最期だったから。


 彼女が戦地に旅立ってから、グラビア雑誌しか読まなかった俺が毎日新聞を読んだ。彼女がどうしているか、無事でいるのか、それが知りたくて。それである日、彼女の名前を新聞で見つけたんだ。戦死者リストの中にね。


 俺の国は戦争に勝った。でも彼女は死んだ。戦地で地雷を踏んで大勢死んだ。その中に彼女もいた。それを知って俺は数年廃人になった。どうやって生きてたかまるで憶えてない。知ってるか?本当に落ち込んでるときってさ、空が灰色に見えるんだぜ。嘘じゃない。比喩でもないから。あの時は本当にそう見えたんだよ。


 その時支えてくれたのは昔からうちの店にいるバーテンだった。俺のことガキの頃から面倒見てくれた人でさ、第二の父親みたいな感じ。色々世話焼いてくれて、店のこともほとんどその人がやってくれた。ありがたい話だよ。徐々に回復していって、彼女が死んだ事を思い出したくないのとその人への恩返しで店の経営にのめり込んだ。昔のチャラチャラした俺を知ってる周りの奴らは変わりように驚いてたな。天変地異の前触れだなんだって。失礼な奴らだよ。お陰で店は大きくなって、今じゃ悠々自適の暮らしぶりさ。


 別の女と結婚しようかと思ったこともある。彼女はもういないし、俺も家庭がほしいかなって。でもだめなんだよな。どんな女と付き合っても彼女のいなくなった心の穴は埋められなかった。俺は彼女と一緒にいる未来を何回も思い描きすぎて、もうそれ以外の未来なんて分からなくなっちまったのかもしれないな。だから俺は今も独りもんさ。この年になるとそんな話もどうでも良くなってきたよ。


 ああ、彼女に会いたいな。来世は真面目にやるよ。そしたら彼女も、今度は俺のことを好きになってくれるかもしれないからな。


 飲みすぎたかも。気持ち悪い。吐きそうだ。喉も痛いし喋りすぎたような気がするな。俺はもう帰るよ。あんたもずいぶん飲んだみたいだし、気をつけて帰りなよ。俺のくだらない昔話に付き合ってくれてありがとうな。


 また来年、俺はここに来るよ。もし会えたら一緒に飲もうぜ。じゃあな。



 <たまには昔話を ─完─>






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