第44話 こういうことだぞ
「ねえ、その子は誰……?」
「こ、この子は従妹っていうか……お、おい、そのバールのようなものをしまえ!」
「わたしがいるのに他にもつまみ食いしてたんだ……」
「ま、まて。これには深いわけがあってだな!」
「信じてたのに……! この浮気者ッ!」
「ぎゃあああああ!」
男の断末魔と共に流輝亜のスマホがブラックアウトする。ふっと息をつき、スマホを見ていた四人が顔を上げた。
気だるげな目で流輝亜が言う。
「こういうことだぞあつをー」
「な、なにがっすか」
「だからさー、二人にいい顔してたらいつかこうなるかもよって話。篤哉くんもバールのようなもので殴られたくはないよね?」
「ひかりも彩月もこんなことしないですよ」
「わっかんねーぞー。愛憎表裏一体っていうからなー。愛が強いほどそれが裏返った時にも強いままってワケよ」
雪かきのために出勤していた篤哉は、昼休みに流輝亜に呼ばれてドロドロの昼ドラを観せられた。そして流輝亜と美里からお説教を受けていた。
ちなみにこの場には翔もいたが、彼はドラマを観て完全にビビっていた。
二人が言いたいことはもちろんわかっている。一人の男が二人の女を同じだけ幸せにするのは普通に考えて不可能だ。そうなると、愛する人は一人に絞らなければならない。片方を不幸にしないうちにその決断を早くしろと急かされているのだ。
そうは言っても、今の篤哉は二人が同じだけ愛しいし、かわいく見える。なんの指標もなく選べと言われても、今は選べないと答えるしかない。
「つーかさ。ただでさえ年の差があんのにさらに三角形とか、あつをって顔のワリに結構えぐいよね」
「うぐぅ……その通りなんですが、もう少し言葉を選んで頂けると」
「アタシはアンタを心配してんのよ。いじめてるワケじゃないかんね?」
「はい……」
「どーしても選べないって言うなら、将来はそういうのが認められてる国にお引っ越しするしかないねえ」
それは以前静にも言われたことだ。あの時はどうしようもなくなったら考慮してもいいかもしれないと思ったが、今では選択肢に入れることは考えられない。
二人のどちらかしか幸せにできないとしても、せめてそのどちらかには普通の幸せを与えてあげたい。そんな気持ちが篤哉には芽生えていた。
「ま、あつをがクソ真面目でちゃんとあの子たちのこと考えてるってのはわかってんのよ。ただ、いつまでもこのままじゃいらんないよってコト忘れんな」
流輝亜に背中を叩かれる。なんだか雪かきより疲れた気がして息を吐いた。
「あ、あのよぉ。オレは流輝亜一筋だからよぉ」
「翔、声震えてんぞー」
そもそも、気持ちが傾く日は来るのだろうか。傾くとしたら、どんな出来事がきっかけになるのだろう。二人の女の子を同時に愛したのは初めての経験で、全く想像がつかない。
「心の天秤ってどうやったら傾くんでしょうねえ……」
「おや? 篤哉くんが何やら詩的な言葉を」
「そこはなんとも言えんなー。人間なんて自分の気持ちすら把握出来てねーもんだし」
「それならさ、一つ例を挙げてみるのはどうかな?」
「例、と言いますと?」
篤哉が訊き返すと、美里は意味深な笑みを流輝亜に向けた。
「流輝亜ちゃんはさ、翔くんのどこに惚れたのかな?」
ずっと涼しい顔をしていた流輝亜から余裕が消える。
「は!? 美里アンタ何言って」
「あーミサミサそれ訊いちゃうかー。オレが流輝亜を落としたのはなー、聞くも涙、語るも涙っつーか」
「おい翔、余計なこと言うな!」
美里に羽交い締めにされた流輝亜が全身を使って抗議する。小柄な流輝亜は、美里に簡単に押さえつけられていた。
「まーアレだ。要は三顧の礼的なヤツよ。実際は30……いや50回くらい口説いたんだけどなー」
「ほー、つまり流輝亜ちゃんは翔くんの熱意に心を動かされたんだね。翔くん、その時の流輝亜ちゃんの様子を詳しく!」
「アンタら後で覚えておけよ……」
50回はウザ……すごいと素直に思った。諦めない翔もそうだが、その翔のアタックを全て律儀に聞く流輝亜も真面目だ。
それだけ何度も愛の言葉を貰えれば、やはり人は傾くのかもしれない。
でも、篤哉はどことなくしっくり来ないものを感じていた。
自分たちの馴れ初めを話し終えて満足したのか、翔は今度は篤哉に水を向けてきた。
「で? あつをはどうなん? サッチーとピカリンのどこに惚れたん?」
馴れ馴れしく肩を組んでくる翔は楽しそうだ。
「どこって……うーん。二人ともかわいいしそれぞれの魅力があるし、なぜか俺のこと慕ってくれるし。ああでも一番のきっかけはたぶんこの間のキ」
言いかけて、慌てて口を閉じる。自分は何を口にしようとしたんだ。というか何を語っているんだ。
恐る恐る三人を見ると、三人とも満面の笑みだった。
「篤哉くん、“キ”って何かな?」
「あ、いや……」
「キスに決まってんよなー。あつをも男だなーオイ」
「マジ? ふーん、やるじゃん」
三人が食い付いてしまった。ものすごく興味津々な顔で迫ってくる。逃げ出そうとしたが、翔にがっちりと肩を押さえられていた。
「で、どこにされたん?」
四人の中で一番年上の流輝亜が、一番顔を赤くして訊いてくる。
「ほ、ほっぺですよ。唇に出来るわけないでしょ」
「んーまあしゃーないか。で、どっちからされたん?」
相変わらず楽しそうな翔が肩を揺すってくる。
「どっちっていうか、その、両方いっぺんにされた」
言った瞬間、美里と流輝亜から黄色い悲鳴が上がった。二人とももう興奮してしまっているようだ。
「ほっぺじゃそんな騒ぐほどでもなくね?」
「マジでバカだな翔は。アンタはホントにバカだな」
「いやそりゃオレはバカだけどさー」
「美里、説明」
「いい? 翔くん。唇にするとしたらどっちか一人しかできないけど、ほっぺのキスなら二人同時にできるんだよ? まさにそれが、両方からキスされたい篤哉くんの策略ってわけ!」
「え……マジか。あつをすげーなお前」
「あ、あの状況でそんなこと考えられるわけないだろ!」
「あの二人が同時にあつをにキスしたんでしょ? 想像したらすごい絵面だわ。ヤバい、マジヤバい。尊すぎる。あつを写メ撮ってないの?」
「撮るわけないだろアホか!」
言うつもりのないことまで喋ってしまった。篤哉は心の中で二人に深く謝罪をした。
「まーでも、二人に押し切られてキスされたんだろうなってのは想像つく。お前攻めより受けだもんなー」
肩に手を置かれて、篤哉は今さらながら気づいてしまった。今日感じていた微かな違和感。
翔が流輝亜に何度もアタックした話を聞いていた時、篤哉は自分を流輝亜に、ひかりと彩月を翔に重ねて聞いていた。
その後のキスの話もそうだ。当たり前のように篤哉がされた側として話が進んでいた。
自分はアタックされる側の人間であり、受け身なのだ。
申し訳ないと感じた。自分は愛されるばかりで、二人の何一つ愛していないのだ。
寂しかった。そんなのは嫌だった。こんな自分を想ってくれる二人に、何かしてやりたいと思った。でも、たぶんそれは二人が求めていることではない気がした。気持ちを貰ったから何か返すのではなく、自分から自発的に気持ちをあげるのが一番喜んでくれる。そう思った。
もちろんそれを邪魔するものもある。法律だとかルールとか、自分と二人を遮る大きな壁がある。
でも、たとえ世間に認められなくても、愛してやりたい。誰に言われたからとか、気持ちを貰ったからではなく、自分から進んで二人を愛してやりたい。
今すぐにどちらかを選んで愛してやれるわけではないが、せめて自分の意志で気持ちをあげようと、この時篤哉は思った。
「篤哉くんいつまで休んでるのー。午後の部が始まるよー」
「あ、はい。今いきます!」
そして、いつか心の天秤が傾いた時は。
その時は、自分の言葉で伝えよう。
それが終わりの始まりだったとしても、それだけは逃げちゃいけないことだから。
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