恋愛祈願のキツネ様

物語創作者□紅創花優雷

【第1話】俺様黒キツネは「縁結び」の神様

 ここにいる神様は、恋愛関連のご利益があるようだ。両親と共に参道を歩くまだ幼さの残る女の子、石原千郷いしはらちさとは、周りの参拝客からその情報を知った。

「ねぇママ、パパ。ここの神様は、好きな人と付き合わせてくれるの?」

 千郷が尋ねると、母は微笑みながら答える。

「誠心誠意おねがいしたら、叶えてもらえるかもね」

「な、な……っ、千郷、もう好きな男がいるのか……! そ、その子は誰だ? パ、パパに教える事は出来るか?」

「教えるわけがないでしょ!」

 慌てたような様子を見せる父は、典型的な父親の一つなのだろう。あからさまに反抗期直前の娘の態度に彼は女々しくもしょぼくれ、母がまぁまぁと宥めている。

 しかしまぁ、千郷のそんな態度の訳は、彼等が思っているようなモノとは少し違ったようだが。

(マサくんが好きなんて、パパ相手だろうと絶対ヒミツだもん! どこからクラスのヤンチャ共にバレるかわかったもんじゃないわ!)

 目に見えた事。誰かの耳に入ったら最後、次の日にはクラス中……いや、学校中に噂が広まるに違いない! 千郷の言う「クラスのヤンチャ共」に知られてしまえば、あいつ等はそれを餌にからかってくるに違いないのだ。

 なんて、プリプリするのは止しておこうか。折角ここの神様が好きな人と結んでくれるのなら、願わない他ない。

 お賽銭箱の前まで行くと、母が五円玉を渡してくれる。

「千郷、いい? 二回お辞儀をしてから、二回手を叩くの。そしたらまず、こんにちはーって挨拶して、お願い事はそれから」

「いや、ちょっと違うよそれは。そもそも神様ってのは本来願いを叶える存在じゃなくて、」

「はいはい、そういうウンチクは後できいてあげるからねー」

 父のたまに見せる知識披露したがりは軽く流し、お賽銭を軽く投げ入れる。千郷もそれに倣い、言われた通りに手を合わせ、目を瞑った。

(こんにちは、私は石原千郷よ!)

 願いを思い浮かべる前に、言われた通りに挨拶を念じる。母からは何も名前まで言えとは言われなかったが、自然とそこにいる存在に名を教えた。

 そんな時だった、ぐらりと足元が歪んだような感覚が走ったのは。地震かと思い慌てて目を開けると、隣にいたはずの両親がいない事に気が付く。

 いないのは彼等だけではない。周りに歩いていたそれなりの数の人間も、誰一人としてここに残っていなかった。

「あれ……」

 辺りを見渡してみるが、やはり誰もいない。突然の出来事に流石の彼女も怖くなり、その場から一歩身を引く。

「ふん、チビなガキだな」

 背にした賽銭箱の方向から聞こえた知らない声。誰かいたという安心さと同時に、カツンと来た。

「誰がガキよ! 私はもう六年生よっ」

 勢いよく振り向いて抗議すると、相手は堂々と賽銭箱の上に座っていた。どう考えたって罰当たり極まりないが、なぜだか男はそんな印象を与えなかった。

「六年生ぃ? はっ、どう考えたってガキじゃねぇか」

「まぁいい。繋がったって事は、お前はいい女になる素質があるって事だ。お前で妥協してやるよ」

 視線も態度もかなり上からだ。何に関して妥協されるのかは分からないが、ムカつく事には変わりない。

「なによあんた! 妥協って、なにかよく分からないけど失礼な男ね! まずは名を名乗りなさいよ!」

「はっ、まぁ名乗って貰ったからにはこっちも名乗るのが礼儀ってもんだな。俺は伊織いおりだ、この社に祀られている。ま、お前等は俺のような存在も含めて『神』と呼ぶな」

 立ち上がった伊織は、下駄の音を響かせながら千郷に近づく。

「ガキでも分かるように分かりやすく言ってやる。お前は、将来俺の女になるんだ」

 なんとも簡潔で、猿でも直ぐに分かりそうだ。だからこそ、千郷は理解出来なかった。正確に言えば、処理が追い付かなかった。

 俺の女。その言い回しが何を意味するか、六年生にもなれば誰もが知っている事だろう。

「はっ……はぁぁぁぁ?!」

 千郷の叫び声は、誰もいないその場の静けさを切り裂くようだった。

 一通り叫び声が響いた後、伊織は呆れたように言ってくる。

「もっと可愛らしく驚けないのかお前は」

「う、うるさいわね! 大体、訳がわからないわよ。私があんたの女になる? 何で急にそうなるのよ!」

「そりゃお前と繋がったからだ」

 彼女の訴えは最もだろう。しかし、伊織はそんな事はお構いなしだと言わんばかりだ。

 そもそも、その繋がるというのは何なのだ。意味が分からない。心なしか理不尽さを感じ、千郷は自棄になったように口を開く。

「大体、私はあんたみたいな男は好みじゃないの! 今時、あんたみたいなオレ様キャラじゃなくて、マサくんみたいに優しくてさわやかな紳士的な男がモテるのよ!」

 そう言い切ると、伊織がピタリと動きを止める。これは勝ったか? と千郷が様子を窺うと、彼は、それはもう心底不服そうな顔をしていた。

「お前の好みは心底どうでもいいが。そのマサというやつの方がいいというのは気にくわねぇな。どこの誰だそいつは」

「ふんっ。教えないわよそんなの」

 伊織の見せた謎の対抗心に、千郷は答える義理はないと言わんばかりにふいっと顔をそむける。

「教えないか。そうかそうか……言っとくが千郷。それは『好きに探りを入れてもいい』、と言う意味にもなり得るぞ」

 意味ありげに口角を上げる伊織。この時千郷は明確に嫌な予感と言うものを感じたが、今彼女が出来る予防はなかった。

 何を言っているんだと訝し気な表情を浮かべた千郷に対して、彼は一言「待っていろ」と告げ、姿を消した。

 驚いた千郷が目を見開く。それと同時に浮遊感が足元から沸き上がり、辺りに消えていた音が再び彼女の耳に溢れた。

「千郷? お願いはできた」

 隣から母の声が聞こえる。顔を上げれば、母はまだ手を合わせたまま微笑みを見せていた。

「う、うん」

 賽銭箱の前、千郷は合わせられていた手を解いて前をみやる。そこにはごく普通の社があるだけで、あの偉そうな男はいなかった。

 あいつとの一連の流れはまるでなかったかのように、参拝をすませた家族は少しだけ散歩をしてから家に帰る。

 それからは、あのような不思議な事は起こらなかった。千郷は夜の九時に就寝して、ちょっとしたお出かけをしただけの普通の休日を終えたのだ。

 それから、次に迎えたのは何の変哲もない月曜日。朝食も食べ終えた千郷は今一度ランドセルの中を確認し、忘れ物がない事を確認する。準備はバッチりだ。

「じゃあ、行ってきまーす」

「はぁい。いってらっしゃーい」

 元気よく家を飛び出し、十分ほどの通学路を歩く。同じ学校の校章が入った黄色い帽子をかぶる子どもちらほら見え、千郷はその中に片思い中の彼、マサの姿を見つける。

 声をかけるか、かけまいか悩んでいる内に、マサは男子友達に声をかけられその子達と喋りだしてしまった。

(うう……また声かけられなかった。もう、意気地なしっ!)

 心の中で自分を叱りつけ、次こそはと意気込む。同じような事をしたのはこれで何回目だろうか、初心な乙女は肝心な所で声を掛ける事ができない。

 今日も今日とて明日こそはと意気込み、必然とマサの数歩後ろを付いていくように学校へ向かった。

 小学校では、八時十五分を知らせるチャイムが鳴ると同時に朝の会と言う名の所謂ホームルームが開始される。クラスのヤンチャな男子は、チャイムの時に席についておらず担任の先生に軽く注意されたが、反省する様子はなく「はぁい」と席に着く。しかし、これもいつもの事だと担任はさして気にせずに、日直の二人を呼ぶ。

 日直の二人の進行により朝の会はいつも通りに進められ、最後に担任の先生が今日の報告事項を伝えたりする所まで行った。しかし、防災訓練やら特別給食やらがない時、この時間に話されるのは先生の一分少々のちょっとした雑談だ。昨日は朝ごはんの味噌汁を飲む事がいかに健康に繋がるかを軽く話した後、体調に気を付けるようにという一報をされ、それで朝の会は終了したのだが……どうやら今日は特別なお知らせがあるようだ。

「はい、皆さん。実は、今日からこのクラスに新しい仲間が加わります」

 にこやかに告げた彼女は、驚く児童たちを目に映してから、視線を上に上げ教室のドアを見やる。

「それでは、入ってきてください」

 呼び掛けに応えるように、ガラリとドアが開けられる音が聞こえる。そうして、約三十名の顔が一斉にそちらに向いた。

 転校生は、どこかクールそうな黒髪の男の子だ。マサとは違ったタイプだが整った顔立ちをしていて、千郷の近くの席の女子達が「イケメンが来た!」と小声ではしゃいでいるのが聞こえる。

(ふーん……確かに、イケメンね。まぁ、マサくんには敵わないけど)

 転校生はどちらかと言えばキリっとした感じだ。確かにイケメンだが、千郷の好みではない。

 しかし、この転校生。なんだか見覚えがあるような気がする。疑問に思う千郷を他所に、彼は黒板の前まで辿り着き、こちらに身体を向ける。

「上結伊織かみゆいいおりくんです。自己紹介をお願いします」

「たった今紹介預かった、上結伊織だ。神社に住んでいる、よろしく頼む」

 落ち着いた一声発せられた、伊織の名前。千郷の頭に昨日の出来事が過ったが、そんな訳はないと首を振る。

 だって、あの伊織はなんとも癪に触る偉そうな態度の大人だった。この転校生の伊織も態度が大きそうなのは同じだが……いや、いくら何でもあり得ない。だって、だってそうだろ?

「はい。上結くんはこの街にある續結つげつ神社の神主さんの息子さんだそうです。皆さん、仲良くしてくださいね。それでは、上結くんの席は……」

 先生が補足の説明を入れ、転校生の伊織を席に案内する。

 元よりこの暮らすは二で割り切れない人数だった。故に、突然の転校生でも座る席は用意しようとしなくとも用意されている状況だ。そうして必然的に転校生の隣席となった児童は、紛れもない千郷である。

 偶然にしては出来過ぎてはいないか? それに、この澄ましたような表情に、切れ目のキリッとした顔立ち――

「あ、あんたまさか……」

「はっ。たまにはこういう事するのも悪くはねぇ、なぁ千郷?」

 ニヤリと笑って、教えてもいない名前を呼ばれる。

 そこで千郷は確信した。この伊織は、あの伊織と同一人物だと。微かにワナワナと震える千郷、昨日の「好きに探ってもいいという意味になり得る」とか言うセリフは、まさにこういう事だったのだ。

 色々と、言いたい事があった。大声で抗議してやりたい所だったが、今は学校、片想い中のマサは直ぐ横の席にいる。だからグッと堪えて、不格好な笑みで「そ、そうだねぇ」と返答した。

 しかし、意外にも伊織はそれ以上のちょっかいを出す事はなかった。授業も真面目に受けているし、横目で見てみればノートもしっかりと取っている。

(しかも、要点が解りやすいようにしてある……!)

 重要な所は赤字で書き、かといって色を使い過ぎずに情報がごちゃごちゃしないようにしてある。シンプルながら分かりやすい、先生から高評価を得られるであろうノートだ。

 驚いた千郷が思わず伊織を見やると、伊織はわざとらしく笑う。

「退屈なんだよ、こうでもしないと」

 指先でシャーペンをクルっと回す。見事に一回転したシャーペンを持ち直し、追加された板書を分かりやすく書き写す。

 授業中はそんな感じで、休み時間は毎度転校生に興味津々の児童達に囲まれている。それに対して、嫌そうな顔はしない。男子達とも直ぐに打ち解けたようで、クラスのヤンチャ者達も新入りの伊織を気に入ったようだ。

「なぁ伊織! 今日放課後おれんちでゲームしようぜ!」

「あー、わりぃ。俺、放課後は父さんの手伝いしないといけないんだ。今度予定あけといてやるよ」

 どうしたって上から目線だが、つっけんどんに突き放したりはしない辺り、優しいのだろう。

 女子からの質問攻めも上手い事答え、コミュニケーション能力は高いようだ。言葉選びは常に上からだが。

 急に潜入してきたから何かと思ったが、健全に学校生活を送るつもりなのか。警戒して損したと千郷がふんと息を吐くと、気付かぬ間に隣に立っていたマサがそんな彼女を目にニコリと微笑んで言う。

「伊織くんったら、転校初日からモテモテだね」

「そ、そうだね。やっぱ転校生は注目されるよね」

 突然声をかけられ、ドキッとしてしまう。あからさまに態度に出てしまったせいで、伊織に集っていたヤンチャ者達が一斉に千郷にちょっかいを出し始めた。

「あー! 石原の奴、まぁたマサとイチャイチャしてるぞぉー!」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 顔を赤くして叫ぶ千郷。一方マサはあまり動じる事無く笑みを浮かべ、そんなヤンチャたちに一言「ダメだよ」と告げる。それは正に鶴の一声。たった数文字の短い言葉だけで、彼等は千郷を弄るのを止めた。

 このように、マサは正にクラスの男子を統べているかのような存在だ。彼が一つ提案をすれば、男子は漏れなくこれに賛同する。教師の言う事なんてサラサラ聞かないヤンチャ坊主達も不思議と彼に懐いているのだ。

 そんな中で、伊織は席から立ち上がりマサの前に立つ。

 伊織が浮かべている表情は、決して好感を持っているようなモノには感じられなかった。例えるのなら、静かに牽制するような、そんな空気感だ。

「お前、名は?」

「僕はマサだよ。君は、伊織くんだっけ? よろしくね」

 ニコリと目を細めたマサ。対して、伊織は依然と気にくわなそうに彼を見やる。雰囲気から、如何にも気に食わないと言いたげな伊織。しかし、人が大勢いる前であからさまな嫌悪を見せる事はしないようだ。

 千郷は少しだけハラハラしていた。今にも喧嘩を始めそうな二人の気配に、周りは気が付く様子はない。そうして水面下で睨み合う彼等を阻止したのは、休み時間終了を告げるチャイムの音だった。

(た、助かった……何に助かったかは、よくわからないけど)

 しかし、二人は両隣にいる。なんだか、それだけでもひやひやする。この二人、近くにいるだけで放つ空気感が敵対しているように思えた。

 そんな彼等に挟まれながらも一日の授業を全て終え、帰宅の時。

「千郷。一緒に帰るぞ」

 早速、伊織に命令口調で言われた。それがなんとも癪で、千郷は断りを入れる。

「嫌よ。なんであんたと一緒に歩かないといけないのよ」

「ふん、そうか。何があっても知らないからな」

 鼻を鳴らして何やら意味ありげな事を言い放ち、先を歩く伊織。

「なによ、やな感じ……っ」

 千郷はそんな彼の態度が頭に来ながら、ズカズカと家に向かった。

 そんな彼女を木陰から一匹の白蛇が覗いていたが、その陰に誰もそれに気づく事はなかった。

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