溺愛なんて出来ませんと言われました

リオン(未完系。)

第1話


「僕についてきてくれますか」


「ええ、もちろん」


見目麗しい男性が差し出した手に、美しい令嬢が己の手を重ねると、周りからわーっと歓声が上がった。


ホールの壁際に立っていた私はグラスの飲み物をひとくち飲んでふぅと息を吐く。




こんなに盛り上がってて、いいものかしらねぇ。




ここが劇場で二人が俳優であったなら、私も立ち上がり拍手を送っていただろう。だがここは学園のホール。卒業パーティーの真っ最中に王子殿下が婚約者へ婚約破棄を宣言し、それを聞いた隣国の皇太子が婚約者だった侯爵令嬢へとプロポーズ。令嬢がそれを受けた、というのがこれまでの筋書きだ。




いいのか国民。


王子妃に、そしてゆくゆくは王妃になるべく教育された侯爵令嬢が隣国に嫁ぐことになっても。


いいのか国民。


その侯爵令嬢、多分他国に知られたらまずいこと色々学んでるぞ。




頭の弱いと噂の王子殿下とその婚約者だ。どちらが将来の支配者としての教育を受けているかなど考えなくてもわかる。




まぁ私には関係ないか。




何を隠そう私も留学生。一週間後にはこの国を出て故郷に帰る身である。


三年間の留学生活は楽しませてもらったし得たものも大きかったが、この国の未来を背負うほどでもない。




「素敵なラブロマンスね」


「見て、あの皇太子様の蕩けるような微笑み。きっと侯爵令嬢はこれから溺愛されるのね」


周りの令嬢たちが興奮冷めやらない様子でひそひそと話し合う。そう言えばそんな小説が流行っていたわね、と私はクッキーをひとくち。




「カミィ」


名前を呼ばれて隣に目線を移す。立っているのはこの国の子爵令息であり私の婚約者、ルートリア。


我が国に婿入りしてくれることが決まっていて、ルートリアの両親と共にこの国の貴族籍を捨て、私についてきてくれる予定だ。


「どうしたの?ルートリア」


「その、あのような態度が、世に言う、溺愛、と言うものだろうか」


言われてルートリアの視線を追う。皇太子は侯爵令嬢の腰に手を回し、反対の手で頬を撫で、愛おしそうに笑みを浮かべている。


侯爵令嬢は恥ずかしげに視線を伏せながら、おずおずと皇太子の上着の裾をつかむ。


キャー、と歓声が聞こえる。


まだやってたのかあの二人、と思いつつ私は頷いた。


「そうでしょうねぇ」


「だったらあの、カミィ。僕にはあのような真似はできないと思うのだ」


言葉の意味がイマイチ読み取れなくて、私は目線で続きを促す。


「女の子は夫から愛されたいと思うものだろう?」


「男性も妻から愛されたいと思うはずですが」


「そうだね。そして愛は深ければ深いほどいい」


「概ね同意いたしますわ」


私が頷くとルートリアは眉間に深く皺を寄せた。


「深い愛のことを溺愛すると呼ぶのだと読んだのだが、私はあのように人前で君を抱き寄せたりすることは出来ない」


「はい」


「と言うことは私は君を愛してはいないと言うことなのだろうか」




何を言い出すのか、と思ったがルートリアは至って真面目なようだ。なので私も真面目に返す。


「ルートリア。貴方は故国を捨て、私と共に来てくださいますね?」


「ああ」


「ご両親も説得して着いてきてくださる」


「ああ」


「そして我が国で配偶者として、私の仕事の補佐をしてくださる」


「そのつもりだ」


「それが深い愛の為せる技でなくて、なんだというのでしょう」


私の言葉にルートリアはじっと考え込んで、それから顔を上げた。




「カミィ」


「はい」


「君は私も両親も、国に来てくれさえすればまとめて面倒を見てくれると言ったね」


「ええ」


「仕事の手配も家の采配も、全て任せてほしいと言ったね」


「ええ」


「それも深い愛の為せる技なのかい?」


私はにっこりと頷いた。 


「もちろんですわ、愛しいルートリア」


「よかった。カミィ、私は君を溺愛することができる」


「ええ、私もです」


そうして二人で微笑みあう。会場の真ん中で未だにいちゃついている皇太子と侯爵令嬢のおかげで、私たちの様子に気がついたものは誰もいなかったようだ。




それから数年後。


とある国に女王が誕生した。


かつての同級生であり遠い国からやってきた王配は、常に彼女の隣に控え、穏やかに女王を支え続けたと言う。


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