第9話 新たな遺体 - 未接種者の謎

UDIラボの明かりは深夜にもかかわらず消えることはなかった。真実を追い求める彼らにとって、昼夜の区別などとうに失われていた。ミコトが顕微鏡の前に座り、レプコンワクチン接種者のサンプルを再度確認していると、廊下から足音が聞こえてきた。普段より重々しいその足音に、彼女は異変を感じた。


中堂が解剖室のドアを開け、彼の後ろには白いシーツに包まれた新たな遺体が運ばれてくるのが見えた。ミコトの胸に緊張が走る。この時期にUDIラボに運び込まれる遺体は、ほとんどがレプコンワクチンに関連するケースだったからだ。


「またワクチン接種者か……?」ミコトは中堂の表情を見つめた。中堂は無言で首を横に振る。彼の顔には、通常の冷静さの裏に潜む、疑念と驚愕の色が見えた。


「接種していない。」中堂は短く告げた。


「なんですって?」ミコトの声が一瞬にして強張る。ワクチンを接種していないにもかかわらず、なぜ彼がここに運ばれてきたのか。シーツをめくると、目の前にはまだ若い男性の遺体が横たわっていた。彼の顔には苦悶の表情が刻まれている。ミコトはそっと手を伸ばし、彼の腕に触れた。硬直し始めた筋肉には、見覚えのある感触があった。


「筋肉の硬直……心筋融解症の兆候……。」ミコトは声を潜めてつぶやいた。彼女は急いで他の部分もチェックし、次々と確認する。「急性の免疫反応、内臓への炎症……。症状はレプコンワクチン接種者と全く同じだわ。」


「だが、彼はワクチンを接種していない。」中堂が重々しい口調で繰り返す。


東海林と久部も解剖室に駆けつけ、状況を理解すると、すぐに調査の準備に取り掛かった。東海林はパソコンに向かい、被害者の詳細情報を調べ始める。一方、久部は採取したサンプルを検査機器にセットし、分析を開始した。室内には緊張と焦燥が交錯し、誰もが言葉少なに動き続けた。


「ワクチンを接種していないのに、なぜ彼に同じ症状が……?」東海林が疑問を口にする。


「周りの人に広がる『シェディング』の影響……かもしれない。」ミコトは顕微鏡を覗き込みながら答える。「レプコンワクチン接種者が呼吸や汗を通じて、周囲に有害な物質を放出する現象のことよ。もし彼が接種者と密接に接触していたなら、体内にその有害物質が取り込まれた可能性がある。」


「だが、それだけでここまでの症状が出るのか?」中堂は眉をひそめる。「レプコンワクチンは接種者の体内で自己増殖する。だが、未接種者にまでその影響が及ぶとは……。」


久部が検査機器の画面を見つめ、唇を噛んだ。「ミコトさん、これを……。」彼が見せた画面には、遺体の血液から検出された異常なmRNAの配列が表示されていた。


ミコトはそのデータを見て、息を呑んだ。「このmRNA配列……レプコンワクチンのものと酷似しているわ。」


「つまり、未接種者の体内で、レプコンワクチン由来のmRNAが増殖していた……?」東海林が言葉を詰まらせる。「そんなことが可能なの……?」


ミコトの目には恐怖と疑念が混じり合っていた。「可能性としては、レプコンワクチンのmRNAが、接種者の体内から『エクソソーム』と呼ばれる微小な粒子の形で放出され、彼の体に入り込んだのかもしれない。エクソソームというのは、細胞が分泌する小さな膜の袋みたいなもので、これが有害なmRNAを運んで、まるでウイルスのように他の人に感染させる可能性がある。」


中堂は冷静さを取り戻し、鋭い目でミコトを見た。「それが事実だとすれば、レプコンワクチンはただのワクチンではなく、自己増殖型ウイルスそのものだということになる。」


「私たちは、より深い闇に足を踏み入れたのかもしれない。」ミコトは手を握りしめた。「もしこの現象が広がっているのだとしたら、ワクチン接種者だけでなく、接種していない人々にも危険が及ぶ。そして、その感染が広がれば……」


その場の全員が息を呑み、黙り込んだ。新たに運ばれてきた遺体が示す事実は、これまでUDIラボが想像していた以上に恐ろしい可能性を浮かび上がらせていた。レプコンワクチンは、接種者だけでなく、接種していない人々にまで拡散し、感染を広げているのだとしたら――。


「もう一度、全てを再検証しましょう。」神倉が静かに口を開いた。「新たな証拠が見つかった今、私たちはこの真実をさらに掘り下げる必要がある。人類全体のために。」


UDIラボのメンバーたちは、全員が深い決意を胸に抱き、調査に取り掛かった。真実の追求は、新たな段階へと進もうとしていた。彼らの目の前に広がるのは、これまで以上に複雑で危険な闇だった。

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