第29話

 冷たい風が流れる夜道を舞と蔵之介は、そっと手を繋いで歩く二人は、手から伝わる温かさがお互いの心が暖かくなる。


 舞の家は、蔵之介が想像していた以上に広かった。


 オフィスレディが一人で住むにしてはゆったりとした間取りで、リビングには落ち着いたインテリアが並んでいる。


 ふかふかのソファに座った蔵之介は、目の前に置かれたカップから立ち上るお茶の香りに、少し緊張した気持ちを和らげられた。

 アールグレイとお茶は、ガラスのカップに入っていて、舞さんの雰囲気に似合っている。


 初めて会った時はスーツ姿で、二度目も酔っ払いながら、スーツ姿だった。


 だけど、今、初めて舞さんは部屋着に着替えて、少しリラックスした姿を蔵之介に見せていた。


「どうぞ、リラックスしてね。そんなに堅くならないでいいわよ」


 舞はにこやかに笑いながら、テーブルに座る。彼女のテリトリーにいるからか、いつもよりも余裕のある一言に、蔵之介は少し安心した。


 お茶を口に運んだ。温かさが体に染み込み、思わずほっと息を吐く。


「ありがとう。えっと、女性の部屋に入るのが、初めて何です…緊張しちゃって」


 蔵之介は照れくさそうに笑いながらそう言ったが、舞は肩をすくめて微笑んだ。


「初めてが私なのね。ふふ、何だか嬉しいって思うわ。ただ、そんなこと気にしなくていいのよ。今日はあなたが待っててくれたお礼をしたいと思ったから、気軽にしてね」

「それでも…綺麗で、広い部屋ですね。舞さんらしいです」


 蔵之介は、改めて部屋を見回しながら感心した。都会のど真ん中にありそうなモダンなインテリア。舞のライフスタイルがこの部屋に反映されていることを感じた。


「仕事の関係で、こういう広さが必要になることがあるのよ。打ち合わせとか、資料作りとか…」

「そっか、舞さんの仕事ってどんな感じなんですか?」


 蔵之介はお茶を飲みながら、舞に仕事のことを尋ねた。舞は少し考え込むように視線を落とし、そしてふっと笑みを浮かべた。


「そうね。基本はイベントを取り仕切ったり、広告を作る仕事よ。今は、ある財閥の令嬢の誕生日パーティーを取り仕切るイベントを手がけているわ。二十歳の盛大なパーティーで、ホテルとも協力して、打ち合わせをずっと続けているところなの」

「財閥の令嬢って…すごいな。大きなイベントなんだろうね」

「そうよ。芸能人や有名な人たちもたくさん出席する大きなパーティーなの。私が勤めている会社の社長が財閥の当主と仲良くしていて、仕事をいただいたの。プレゼンが通ってうちの課が任命された時は嬉しかったわ」


 どうやら前回酔い潰れていたのは、その大きな仕事が任命に繋がったんだろうな。

 それに仕事の話をしている時の舞は、蔵之介が知る中で一番輝いて見えた。


「成功させるために、準備に余念がないの。失敗なんて許されないわ」


 舞の顔に緊張感と決意が混じっていた。その一瞬で、彼女の仕事への責任感とプロフェッショナルな一面が垣間見えた。


 蔵之介はそんな舞の表情を綺麗だと思いながら見つめていた。


 麗華と過ごしている蔵之介は少し背伸びをして、美咲といると甘やかすように過ごしてしまう。


 だけど舞といるときの蔵之介は、少しだけ甘えて話ができていた。


「それで、こんなに忙しかったんだな。すごいプレッシャーだろうけど、舞さんならできると思うよ」

「ありがとう。そう言ってくれると少し気が楽になるわ。でも、本当に大変なの。たくさんの人をまとめないといけないし、ちょっとしたミスも許されない。全てがスムーズにいくようにしないといけないのよ」


 舞はその仕事の重圧を感じながらも、どこか充実しているようだった。蔵之介はそんな彼女を見て、優しい瞳で見つめる。


「そうだ。もしよかったら、パーティーに参加しない? スタッフだけど、人手がほしいの」

「ごめんなさい。やっぱり仕事として働くのはちょっとやめておくよ」

「そうね。永久就職希望だもんね。うん。仕方ない」


 舞は蔵之介の気持ちを汲んで、潔くひいてくれる。


 蔵之介は、麗華や美咲の時のように、舞と仕事では関係を持ちたくないと思ってしまった。


 

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