第28話
美咲へのサプライズを終えて、ひょんなことから蔵之介は芸能プロダクションの関係者に名刺をもらうことになってしまった。
そして、まだ会えていない舞さんに蔵之介はいつなら会えるのか聞いたところ、現在は仕事が立て込んでおり、大きなプロジェクトを成功させたため、次の段階に向かうため忙しさが増しているという。
駅のホームには、冷たい風が吹き抜け、秋から冬へと変わりつつある季節を感じさせた。街灯の光が少しぼんやりと照らし、吐く息が白くなるほどの寒さだった。
蔵之介は、震える手でマフラーをしっかりと巻き直しながら、じっと駅の出口を見つめていた。
人通りはまばらで、仕事を終えた人々が家路を急ぐ姿がちらほらと見える。そんな中、彼はただ一人、あの時と同じ場所で舞を待っていた。
数日前、ここで舞が仕事の帰りに酔いつぶれ、蔵之介が舞を助けた思い出の場所だ。
今度は蔵之介が舞を待つ番だ。
何度か「忙しくて会えない」と言われていたけれど、どうしても彼女に会いたくて、どこかで偶然を装う形ではなく、意図的に待つ場所としてこの駅を選んだ。
時刻は夜の22時を少し回ったところ。仕事帰りの舞が通る時間がわからなくて、十七時からずっと駅の入り口で待っていた。
蔵之介は見当をつけていたが、はっきりと確信があるわけではない。それでも、彼は待ち続けた。
風が強くなるたびに、体が冷える。手がかじかみ、ポケットの中で温めても追いつかない。しかし、舞に会えると思えば、寒さなど気にならなかった。
そして、駅の改札口が開き、疲れた表情の舞が現れた。コートを着込んでいても寒さに体を縮こませる彼女の姿を、蔵之介は遠くから見つけた。
しばらくその姿を目で追った後、舞がこちらに気づいた。
「蔵之介君! どうして、ここに?」
驚きと戸惑いの混ざった声で舞が問いかける。駅の出口に立ち尽くし、寒さに震える蔵之介を目にした彼女は、まるで夢を見ているかのような表情だった。
「会社がわからないからさ…ここなら、また会えるかなって」
蔵之介は少し照れくさそうに笑いながら答えた。声には、少し冷えた夜風の影響か、かすかに震えが混じっていたが、彼の瞳はまっすぐ舞を見つめていた。
その言葉に、舞は一瞬目を見開いた後、驚きと戸惑いで苦笑いする。
蔵之介のサプライズが、舞に真っ直ぐ響いて胸を温める。忙しい日々の中で、いつしか彼との時間を後回しにしてしまっていた自分に、ふと後悔がよぎる。
「そんな…寒いのに、ずっとここで待ってたの?」
舞はその場に駆け寄り、蔵之介の手を取る。その手は冷たく、まるで氷のように感じられた。彼がどれだけ待っていたのかが、その冷たさから伝わってくる。
「うん。でも、大丈夫だよ。君に会えたから、これで十分」
蔵之介は優しく微笑んで言った。彼の手がどんなに冷たくても、その笑顔には温かさがあった。舞はその言葉に胸が熱くなり、目頭が少し熱くなるのを感じた。
「バカね、本当に…こんな寒い中で」
舞は蔵之介のマフラーを直しながら、少し泣き笑いのような表情を浮かべた。彼の誠実な思いが、どれだけ舞の心を刺激したのかわからない。
蔵之介の大きさを、今改めて実感していたのだ。
「ありがとう。待っていてくれて」
「うん。でも、次はもう少し暖かいところで待つよ。舞さんにも冷たい思いをさせちゃうから。それに風邪引いたら大変だもんね」
蔵之介は軽く冗談めかして言ったが、舞はその言葉にクスリと笑いながらも、その胸の奥に熱いものを感じていた。
寒空の下、二人は寄り添いながら、少しずつ夜の街を歩き始めた。静かな時間が流れる中で、舞は彼の肩に寄り添い、蔵之介の温もりを感じていた。
彼の真っ直ぐな気持ちに応えたい。そう思いながら、舞は彼の手を強く握り返した。
「少しだけ家によって行かない? 暖かい飲み物でも出すわ」
「いいの?」
「ええ、あなたは永久就職を希望しているのでしょ? 私が相応しい女性なのか、家を見て判断してみて」
舞にとって、仕事と蔵之介、それは比べることができないものになりつつある。
そして、その想いは、いつしか蔵之介を応援しても良いと思えるほどに膨れつつあった。
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