第22話
蔵之介は大和と別れ、カフェを出た後、ゆっくりと歩き出した。
夏が終わりかけている空気は少しだけ肌寒さを感じる。
街灯の光が長く路面に影を伸ばしている。大和の言葉が、頭の中で何度も反響していた。
「三人と同時に付き合っていて、全員から好意を持たれたらお前はどうするんだ?」
蔵之介は、思わずため息をついた。そんなこと、考えたこともなかった。
三人の女性と連絡を取り合っていることは事実だが、誰かと真剣に「付き合う」という意識があったわけではない。
蔵之介はあくまで永久就職させてくれる相手が希望で、それを見極めるために、お互いにいい時間を過ごしているだけだと思っていた。
道端にあるベンチに腰を下ろし、スマートフォンを取り出してDMを確認した。
麗華、美咲、舞——それぞれのメッセージが彼の画面に並んでいる。
それらをひとつひとつ見返しながら、大和の言葉がまた頭の中をよぎる。
「どうするんだよ? 全員から好意を持たれたら……」
蔵之介は苦笑し、首を振った。そんなこと、現実的に考えられない。
自分がそんなに特別な人間だとは思っていない。三人とも、自分と過ごしている時間を楽しんでくれているかもしれないが、それが本気の「恋愛感情」かどうかなんて分からない。
「そもそも、俺はまだ誰かに好きだって言われたわけでも、永久就職させてやるなんて言われたわけでもないしな……」
そう自分に言い聞かせながら、彼はまたスマホを見つめた。
それぞれの女性たちが、蔵之介に対してどういう気持ちを抱いているのかを知るためには、もっとしっかりと向き合う必要があるかもしれない。
だが、現段階では何の判断もできない。何もわからないまま、勝手に想像してしまうのは危険だ。
「まだ、決まったわけじゃないんだ」
そう思うと少し気が楽になったが、それでも心のどこかに不安が残っていた。もし仮に、本当に三人全員から好意を寄せられたら——その時、蔵之介はどうするのだろうか? 誰かを選ぶことになるのか、それとも全員を傷つけてしまうのか。
「でも……今の段階じゃ、何もわからないよな」
蔵之介は、もう一度深いため息をついた。
それぞれの女性たちが蔵之介にどんな感情を抱いているのかを知るには、実際に会って、彼女たちとしっかり話すしかない。
少なくとも、彼女たちが何を求めているのか、どういう関係を望んでいるのかを確認しなければ、自分の気持ちを整理することもできない。
「まずは、三人に返事をしないとな……」
蔵之介はスマホを手に取り、最初に麗華のDMを開いた。
パーティーでのドレスについて意見を求める内容だったが、彼女が何を考えているのか、彼にはまだ見当もつかなかった。ただ、彼女は自分を偽彼氏として雇ったのは事実だから、それに付き合うだけだ。
『どちらのドレスも素敵だけど、やっぱり君に似合うのは、こっちだと思うよ。それとタキシードの採寸はいつでもいいよ。日程は合わせます』
そう書いて、蔵之介は画像に添えられた二つのドレスのうち、一つを選んだ。
麗華の気品に合うデザインだと感じた方を選んだ。メッセージを送信し、次に美咲のDMを開いた。
『今度いつ会える?』
それだけのメッセージが、蔵之介にとっては友人との軽いやり取りに思えた。
美咲はまだ若い、しかしその背後には芸能界という華やかな世界が広がっている。彼女が何を考えているのか、蔵之介には分からなかった。
ただ、美咲のその短い言葉には、何か特別な感情が含まれているような気がした。
『いつ会おうか?? 俺はいつでもいいよ』
少しだけ軽いトーンで返事を送ったが、その内容が美咲にどう響くのかは分からない。彼女と会って話をすれば、少しは状況が見えてくるかもしれないが、今はまだ距離があるように感じていた。
最後に舞のメッセージを開いた。
『この間はありがとう。お礼をしたいんだけど』
舞さんが酔い潰れていたのを介抱したお礼ってことかな?
いつも蔵之介に対して優しく、落ち着いた言葉をかけてくれる。舞との時間は心地よく、特別な緊張感もなかった。
ただ、それが逆に、蔵之介の中で特別な関係に進展しない理由になっていたのかもしれない。
『また舞さんに会いたいな。いつなら会えますか?』
そう返して、蔵之介はスマホをポケットにしまった。彼女たちの気持ちに応えられるかどうかは、まだわからない。
しかし、今は一人一人と向き合って、彼女たちが何を感じ、何を求めているのかを確かめることが先決だ。
「まずは、全員と会って話すしかないな……」
蔵之介はそう呟いて、ベンチから立ち上がった。冬の冷たい風が再び彼の身体を包み込んだが、彼の心は少しだけ軽くなっていた。
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