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「お嬢様ぁ~! お待たせしましたぁ~! 買えましたよ~、レモンケーキ!」
パトリシアが大きな紙袋を抱えて小走りでこちらに向かってくる。
その姿に私はホーッと胸を撫で下ろした。
「残り15個全部買ってしまいました! 私の後ろにまだ人が並んでいたんですけど。めちゃくちゃ睨まれてしまいました~、アハハ~。って、あれ・・・? お嬢様・・・?」
ニコニコ報告するパトリシアの目が急に曇った。やっと私のこの惨事に気が付いたようだ。
片手の幼児を抱き、もう片手に大荷物をぶら下げている私を見て、見る見る顔が青ざめていく。
「お、お、お嬢様っ! い、一体、これは・・・!」
「シッ! お黙りなさい! パット!」
仰天して叫びかけたパトリシアを急いで制すると、
「説明は後よ。帰るわ」
そう言って踵を返し歩き始めた。
「わ、分かりました! あ! お待ちください。馬車を呼んできますから、お嬢様はここで・・・」
「待っていられないわ。預かり所まで一緒に行くわ」
「は、はい! 分かりました! あ、お嬢様、荷物、荷物お持ちします!」
私は追いかけてきたパトリシアに服を預けると、二人して馬車まで急ぎ足で向かった。
☆彡
「お嬢様! 一体どういうことなのでしょう? その子供は?!」
待っていたミレー家の馬車に乗り込むと、パトリシアは早速叫ぶように私に尋ねた。
レオナルドといえば、パトリシアが雄叫びを上げたというのにまったく目を覚ます気配が無い。相変わらず私の腕の中でスヤスヤと眠っている。口をアングリ開け、軽く鼾までかいている始末。
レオナルド自身は自分がどんな状況に陥っているか分かっていないだろう。なので、仕方がないことだと頭の中では分かっている。
しかしだ。それでも、こんなにもだらしない顔で爆睡している様子を見せられると、苛立ちが腹の底から沸々と湧いてくる。
パトリシアを見ると、私の説明を今か今かと待っている。不安と心配の中にも多少興味も入り混じった目で私とレオナルドを見つめている。
私は自分を落ち着かせるように長く溜息・・・いや、深呼吸をした。
「よく聞いてちょうだい、パトリシア。この子はね、わたくしの友達の子供なの」
「え?! お嬢様のご友人?」
「ええ、そうよ」
私は大きく頷いて見せた。
もちろん、パトリシアのことは信用している。私の侍女として絶対的な信頼を置いている。
しかし、今回のこの不可解な出来事について、素直に打ち明けるのは躊躇いがあった。
これが見ず知らずの他人だったら、きっと彼女に相談しただろう。
だが、この子はレオナルドだ。一国の王子だ(クズだが)。王族だ(クズだが)。そう簡単に打ち明けるわけにはいかない。
ある程度情報が揃うまでは隠していた方が良いように思う。
まずは、このガキんちょが目を覚ますまで様子を見よう。本人に状況を確認した上で、この秘密をどこの誰まで共有するか慎重に考えないといけない。
「ご友人のお子様がどうして・・・?」
パトリシアはオロオロと尋ねてくる。
「パットを待っている間に偶然に会ったの。本当に久しぶりに会ったお友達でね、とてもやつれていたからどうしたのかって聞いたら、ご亭主から逃げ出して来たみたいで」
私は咄嗟に作り話を始めた。
「え!? ご亭主から逃げ出す?! まあ! 暴力を受けていたのですか?」
パトリシアは驚いたように口元を押さえた。
「そうみたい。数年間ご亭主からの暴力を我慢していたけれど、最近はどんどん酷くなってきて、このままではこの子も危ないと思って逃げてきたのですって」
「まあ・・・、何てお気の毒な・・・」
「城下の街中までくれば人口も多いし、見つかりにくいと思ったみたい」
「ご実家は?! お嬢様のお友達と言うなら、ご立派なご令嬢でしょう?」
「それがね・・・、身分差を越えた恋だったのよ・・・。ご両親から大反対を受けて、駆け落ちして結婚したの・・・」
「まあ!!」
パトリシアはさらに驚く。同情しているようだが興味津々と言った顔。完全に信じているようだ。
そんな彼女に表情を見て満足し、私はつい調子に乗ってしまった。
「あの時は『真実の愛を見つけたの』って嬉しそうに言っていたわ。でもね、彼女には既にご両親が決めた婚約者がいたの」
「身分の差だけでなく、婚約者まで!?」
「そうなのよ。『許されない恋』だったの・・・」
「許されない恋・・・」
パトリシアの顔は完全にゴシップを楽しむそれになっている。
ごめんなさいね、パット。
ぜーんぶ私の妄想です。
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