Act.4 酔いどれドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・2
「何だか面白そうじゃない?」ネルガレーテはジャックダニエルの瓶を左小脇に挟むと、氷の入ったグラスを片手に2個ずつ掴みながら、カウンターの方へ歩み寄る。「何があったかは知らないけれど、20人以上が一斉に居なくなるなんて」
「──実は、すっごく変な伝染病が蔓延してるんじゃないの?」
「大丈夫だろ、ジィクはまだ下に降りてないし」
ハンドドライヤーで手を乾かしているリサが、エプロンを脱いで
「こらこらこら」ジィクは一足早く、カウンター真ん中のスツールに腰を落ち着けた。「俺は健全にレディを愛せる清い体だ」
「そうよね、さっき聞いた話でも、下の人が鼻が
「だから、俺は──」
「思考する下半身」
「どこでも女探知センサー下半身」
リサの言葉に、抗弁しかけたジィクの声を、ネルガレーテの声がぴしゃりと遮る。さらにユーマが、追い討ちの言葉を投げた。振り返るジィクの前に、ネルガレーテがジャックダニエルのグラスを3つ置く。ユーマは既に
機艦アモンの
「ちょっと違うぞ。
ジィクはニヤッとすると、グラスの1つを掴み取る。その横から手を伸ばしたアディがグラス2つを引き寄せると、1つをリサに手渡した。アディがジィクの横でカウンターを背に
「それじゃ、
ジィクから1席空けて座ったネルガレーテが、軽くグラスを掲げる。
リサに向かって、アディとジィクは乾杯のグラスを突き出し、ユーマがカップをそっと持ち上げる。リサが気恥ずかしそうに小さく肩を
「──ねえ、ネルガレーテ、ちょっと聞いて良い?」
リサは左手をグラスの底に添えながら、一口傾けて言った。ネルガレーテが、どうぞ、と無言で首を
「サンドラの事を、渡りに船って言ってたけど、あれ、どういう意味?」
「此処の
「あのゴース人
「ああ、あれはネルガレーテ独特の
「?」
アディの言葉に、リサが自然と小首を傾げる。赤い髪が小さく揺れ、リサの素直さがそのまま表れる、こう言う仕草はとても愛らしい。
「ネルガレーテは、奴に1回渋らせて、トレモイユ支社で会ったあの役員に相談させてから、請け負う形にしたかったのさ」
今度はジィクが、ひょいと口を挟む。
「それが、良い形での発注、って事になるの・・・?」
2口目を傾けたリサのグラスで、氷の軽やかな音が鳴る。
「リサも何となく感付いていたとは思うけど、彼、秘書曰くの“慎重過ぎる”
「彼との単独での与信請負じゃあ、今いち不安なのよ」ネルガレーテは
「骨折り損の
「あ、それで・・・!」
肩を
「今、請け負おうとしている
「ヌヴゥの方がコーニッグより遥かに辣腕家で、信用に足る人物と見込んだのよ」
ユーマが再び、今度は木で鼻を括ったような言い方をした。リサはすっかり得心が行ったように頷くと、3口目を今度は少し大きく煽った。
「ところが、そこへ追い込む役目を、さっきのサンドラって秘書が自ら買って出てくれたんで、ネルガレーテの方から次の罠を仕掛ける手間が省けたんだよ」
ジィクはボトルに手を伸ばすと、ちょうど飲み干したアディのグラスに酒を注ぎ、それから自分のグラスを満たした。
「あー、それで渡りに船なのね」リサは再び頷くと、今度はちょびっとグラスを傾けた。「でも、あのゴース人
「心配ないわ」ネルガレーテが愉快そうに、ニッと歯を見せた。「そこはサンドラが、巧くコーニッグの背中を押してくれる筈。その意味では、彼女、こっちの役に立ってくれるわ」
「何せ、バストが84だからな」
「何でバストのサイズで判るの? まあ、あたしよりはちっちゃそうだけど」
リサが咄嗟に、何故かアディを顧みる。
「いや、その反応ね」ユーマがアディの反応に、噴飯しかけた。「見た目以上に機を見るに長けた行動派よ、彼女」
「あの質問って、サンドラの人となりを計るために、態と・・・?」
感嘆禁じ得ないリサに、まあ、そんなところだ、とジィクが無言で肩を
「サンドラに丸め込まれたコーニッグが、ヌヴゥにどう報告するかは知らないけれど、この事業の重要性を鑑みたら、ヌヴゥだって一刻も早く下の状況を把握したいでしょうね。だけど私たちをキャンセルして、今から別の
ネルガレーテはグラスを大きく傾け、2杯目を空けた。
「役員会?」アディも2杯目を飲み干した。「よく、そんな情報を持っていたな」
「情報源はユーマ」ネルガレーテは大袈裟に首を
「ジャミラのインターメンタリティ・ネットワークか」
アディのその言葉に、ユーマは黙って軽く口角を上げて応じた。
「やっぱり出たか、ジャミラ人の“噂の奥様真相ニュース”」
くくくと肩を震わせ飲み干すジィクに、今度はアディが酒を注ぐ。
「その教養のない言い方止めなさいよ、エロ・ペロリンガ」
ふん、と歯牙にも掛けない風情で、ユーマが優雅に茶を啜る。
インターメンタリティ・ネットワーク──正確には
ジャミラ人特有の、ジャミラ人だけが共有できる、一種の種族内共有記憶情報だ。
主観客観を問わずジャミラ人が咀嚼した情報が選択的、自動的に蓄積され、かつジャミラ人ならネットワーク内を自由に捜索できる。その機序は解明されておらず、蓄積される基準や量もはっきりしいない。隠された真実からゴシップ・ニュース、世俗的噂話まで、渾沌の極みにある情報の底なし
「んでもってヌヴゥとしても、選択の余地が無いにしろ条件そのまま鵜呑みじゃあ面子が立たなくて悔しいから、コーニッグに多少値切らせて来るが、結局俺たちに頼まざるを得ない」
態とらしく知った顔して、ジィクが大仰に頷く。
「そこまで読んで・・・?」にかっと笑うと、リサがちょびりと5口目を付ける。「悪徳ォーい」
リサの桜色の頬が、微かに赤みを増したように見えた。
「ま、ヌヴゥにしたら、50を30にぐらいに負けろ、って所が精々でしょ」
ネルガレーテの3杯目のグラスで、氷が軽やかな音を立てる。
「けど矢っ張り、
そう言うと、リサは6口目でやっとこさ1杯目を空にした。
「リサ、
アディがリサにボトルを振って、まだ飲むか? と尋ねる。
「ネルガレーテ」そう答えながら、リサが小さく頷く。「アルケラオスでの別れ際に。あの時は、トッポい言葉だから使うな、って言われたけど」
リサのグラスに気持ち少なめにジャックダニエルを注ぎながら、アディが下唇を突き出してネルガレーテを見ると、ネルガレーテは素知らぬ振りしてグラスを傾けた。
アールスフェボリット・コスモス社のグループ企業からの燃料の無料提供と、子会社から年1回の艦船への無償メンテナンス提供──これが今回のグリフィンウッドマックとしての要求した
但し──。
相手が国家でも、
どれだけの
「まあ、
ユーマは足を組み替えると、ほうと溜め息を漏らした。
「とってもユニークな価値観。
「そうそう。男はすぐ
「うむ。それは同意しよう」
ジィクの混ぜ返しに、アディが素直に頷く。それを聞いたリサが、ふむ、と首を捻ってスツールに座る自らの腰下に視線を落とした。
「大丈夫よ、リサ」ユーマが可笑しそうに言った。「
「きゃは・・・!」
リサが耳まで真っ赤にしたのは、酒に酔っただけではなかった。
「大体、実力のある生意気な
「なんか無性に苛めたくならない? 縄で縛って
何食わぬ顔付きで、ネルガレーテが3杯目を空にした。
「ほら見ろ、案の定、
ジィクは、くははは、と笑いながらグラスをアディに掲げた。
「──スパンク・ティーズって、何?」
小さな
「おお、貞淑たる天使。汝の名はリサ」ジィクが酷く真面目な顔付きで、口だけをヘの字に曲げる。「誰の言葉にも耳を貸すな。口は誰のためにも開くのだ」
「ジィクの
「と言う事は、狙っていた落とし所は、最後にサンドラに提示した条件、だな?」
感心に少しばかりの一驚を混ぜた表情で、アディが上目遣いにネルガレーテを
「そ。足元見ながらたっぷり恩に着せて、ちゃんと顔が立つようにお膳立てしてやるのよ。それなら文句はないでしょ」
「あの食えなさそうな秘書まで
「
呆れたようにジィクがグラスを飲み干すと、アディもリサを見遣りながら3杯目を空ける。
「うん」頷きながらグラスを傾けるリサは、少し呂律が怪しくなっていた。「けろ、とってもワクワクする! あたひ、狡猾って言葉、嫌いじゃない!」
「まあ、
「
「
渋い顔を見せるネルガレーテに、リサがアディを振り返り、にへらと笑った。
★Act.4 酔いどれ
written by サザン
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