Act.4 酔いどれドラグゥン(傭われ宇宙艦乗り)・1

「うーん! とっても美味しそうな匂い!」

 たちまちアモンの会食所メスエリアに、ガーリックの香ばしい薫りが広がった。

 奇麗に並べられたガーリックトーストの大皿を2皿、アディが厨房ギャレーの中からカウンター越しに差し出した。ジィクの方は、冷凍庫から取り出したブロック肉を、フォノンメーザー式料理ナイフで切り落としていた。

 機艦アモンの会食所メスエリアは、食堂キャンティーン厨房ギャレー歓談所スピーク・イージーが一緒になっている。

 艦尾側の個室キャビン区画から繋がる移層区画ステア・デッキ側から入ると、中央には固定式の6人掛けテーブルを置いた食堂キャンティーン、その左舷側には折畳み引き出し式のスツール5脚を備えたカウンターのあるオープンキッチン型の厨房ギャレー、右舷壁際には階段状の半円形に掘り込んである歓談所スピーク・イージーがあり、艦尾側の壁が大きな酒戸棚リカー・キャビネットになっている。

 さらに食堂キャンティーンから直接繋がる艦首側の区画は、2層構造のロフト風になっていて、数段下がったところが打ち合わせなどを行える情報策戦所ブリーフィング・コート、そのロフト風の上フロアには遊戯室プレイ・コートが設けてある。情報策戦所ブリーフィング・コートの先には中継ぎ区画トランジット・デッキがあり、その奥が艦橋ブリッジだ。

 共用の集いスペースを1つに集めたような、この会食所メスエリア全体が、グリフィンウッドマックの、機艦アモンにおける唯一の憩いの場所にもなっている。

「結構、さまになってるでしょ、あの2人」

 アディからガーリック・トーストの皿を、カウンター越しに受け取ったネルガレーテが、食前酒よろしく醸造林檎酒シードルを注いだピルスナーグラスを2脚、代わりにアディに差し出した。

 アディは左手を広げて指の間にステムを挟んで2脚一緒に受け取り、さらに右手でガーリック・トーストを皿から2切れだけ摘み取った。そのうちの1片を自らの口に放り込むと、振り返りざま今度はもう1片のトーストを、ジィクの口元に差し出した。パイナップル・ジュースを張ったバットに、切り落とし肉を両手で漬け込んでいるジィクが、首だけを捻って齧り付く。

「──何だか、とっても格好良い・・・!」

 厨房ギャレーの中に並び立つ若い傭われ宇宙艦乗りドラグゥン2人に、リサはその菖蒲あやめ色の瞳を真ん丸にさせていた。2人とも上着の腕部であるアームトルソを脱ぎ、筋骨逞しい両肩を覗かせてエプロンを着けている。

 グリフィンウッドマックのフィジカル・ガーメントは、上半身着のアッパートルソ、腕肢袖着のアームトルソ、下半身着のボトムトルソ、そしてブーツの4ピース構造のセットアップ・ウエアだ。

 ロワートルソには腰ベルトが付帯しているが、それとは別にアッパートルソの裾3箇所に付いているストラップで、ロワーの腰内側に直接スナップ留めできるので、アッパーの裾が食み出る事がない。さらにアームトルソは肩口でアッパーと、ブーツは膝下でロワーと、それぞれ面ファスナで繋がっているため、腕の部分とブーツ部を脱着可能だ。パーソナル・カラーを配したブーツは、膝下から外側のくるぶしまで巻き付くような曲面をした脛当レガースと一体構成になっていて、大きく張り出した護膝ポレインは取り外せる。

 実際、完全にくつろぎ時間に入っているのか、全員アームトルソを外してのノースリーブ・スタイルだ。リサも桜色したなだらかな両肩肌を見せ、ユーマも薄鈍うすにび色した厳つい肩を出している。ネルガレーテに至っては、両肩だけでなくブーツも脱いで、スリップオンのバルガ・モカシンを履いていた。

「好い男性おとこが2人もエプロンを着て厨房に立つと、怪しげなエロスを感じるわね」

 若い2人の、厨房ギャレーの中をてきぱきと動く手際を見ながら、ネルガレーテがグラスを傾ける。アディはネイビーブルーのエプロンを、長い紺青こんじょうの髪を肩口で束ねたジィクはカーキ色のエプロンを着けていた。

「──ほう、ようやく俺を、好い男性おとこと認めるに至ったか」

 ジィクはパイナップル・ジュースを片手鍋に流し込み、バターと胡椒を加えて煮立て始めると、アディが脇に置いてくれた醸造林檎酒シードルのグラスに口を付けながら振り向いた。

「馬鹿ね。厨房に居るからよ」

 ネルガレーテがしれっとした口調で、さらにグラスを煽る。

「それは、裸エプロンに通じる、と言う意味で言ってるのか?」

「まあ、そうね。それは否定しないわ。けど、2人、って言うところが味噌なのよ」

「──ああ見えてジィクはソテーが得意で、アディはパスタなの。手並みも良いから、見てて飽きないわよ」

 2人の会話を可笑しそうに聞いていたユーマが、フォション・レーベルのオリエンタルビューティ茶のカップを啜りながら言った。オリエンタルビューティ茶は、酒をたしなまないユーマの一番のお気に入りだ。

 電磁コンロの上で湯気を上げ、熱湯たっぷりに沸騰している寸胴鍋に、アディがロングパスタを散らすように扇に放り込む。

「ひょっとして、いつも2人が作ってるの?」

 カリカリに焼けたガーリック・トーストを、美味しそうに頬張るリサが嬉しそうに訊ねた。

「まさか」アディは背中を向けたまま、肩をそびやかす。「普段は冷凍料理食プレパッケージ・ミールか、簡便調理食インスタント・レーションだよ」

アディは冷凍のキノコ数種を小さく切り、短冊に切ったベーコン、みじん切りにした人参を大きなフライパンで炒め出した。

「そう言えば、アモンの艦内なかで、みんな揃ってクックサーブで食べるって自体、珍しいわね」

 ユーマもガーリック・トースト一枚取り上げ、かりっと良い音を立てて齧り付いた。

「えー、そうなの?」リサが口の端に付いたパンくずを、ちろっと舌で舐め取った。「チームワーク良さそうなのに」

「航行自体はビーチェに任せても、当直ワッチには交代で就くからね。食事のペースなんかは、どうしてもてんでばらばらになちゃうもの」

 ネルガレーテがグラスを傾け、くいっと飲み干した。

「何だか勿体ない」

 醸造林檎酒シードルで頬をほんのり桜色に染めたリサが、可愛らしく下唇を突き出す。

「──さあて、いくぞ・・・!」

 掛け声と共にジィクが、漬け置きしていた肉をグリル・プレートの上にぽいぽいと、テンポ良く乗せて行く。途端ジュージューと肉の焼ける音が立って、美味しそうな匂いが立ち昇る。トングを使ってひょういひょいと裏返していくジィクの横で、今度はアディが茹で上がったパスタを豪快に掴み取るとストレーナーに入れ、炒め置いたキノコのフライパンのコンロを点け、ジパング・ブイヨン顆粒を振りかけて軽く混ぜ合わせ、そこにパスタを一気に放り込む。

 最後の追い込みをする2人の調理姿に、リサがワクワク感一杯に目を輝かせる。

さあ、召し上がれボナペティート──」

さあ、召し上がれディグイン・キュイジーヌ──」

 アディとジィクが、同時に振り向きざま声を上げる。

 リサ、ネルガレーテ、ユーマの前に、キノコのジパングパスタとポークソテー・パインソースの皿が、コトッと食欲そそる音を立てて差し出された。

いただきますサンクス・トゥ・オール

 卓食器シルバーを上品に操り、リサがポークソテーを一切れ頬張る。一噛み二噛みした途端、菖蒲あやめ色の瞳をくるりとさせて喝采の声を上げた。

「本当に美味しい・・・!」

「このパイン・ソース、一味違うな。何か足したな?」

 リサの嘆声に、アディが言葉を被せ足す。

 何時いつの間にかアディとジィクは厨房ギャレーの中で、台下冷凍冷蔵庫コールドテーブルの上に仲良く並んで腰掛けていた。アディは脇に置いたソテー皿に対して身を捩り、窮屈そうにナイフで切り分け、ソースをたっぷり絡めてから美味そうに頬張っている。

「スターアニスのチャツネだよ。結構イケるだろ」

 アディに答えるジィクはと言えば、膝の上に置いた皿から、スプーン代わりのナイフを副えにして、フォークで巻き取ったパスタを口に運んでいた。

「このパスタも僅かに軟らかめ、相変わらず抜群の茹で加減だな──」

「本当! 芯まで火が通ってるのに、ちゃんと歯応えがある・・・!」

 スプーンを使って小さく丸め取ったパスタを口に放り込んだリサが、可愛らしい舌先で口の端を小さく嘗め、こっちに向かって座っているエプロン姿の傭われ宇宙艦乗りドラグゥン2人に、うんうんと頷きながら笑窪を浮かべる。

「時間があったら、ユーマにもスフレを作らせたかったんだけどな」

 アディがリサに微笑み返しながら、醸造林檎酒シードルのグラスを傾ける。

「嘘・・・!」それを聞いたリサが、もぐもぐさせている口元に手を当てて、目を丸くして横のユーマを振り向いた。「殆どフルコースじゃない、ビストロ・グリフィンウッドマック!」

「それにネルガレーテが、ぴったりの葡萄酒ワインを選んでくれれば完璧」

 ジィクが手にしたグラスを掲げて見せる。

「あら、あたしのチョイスは何時いつだって完璧よ」

 ネルガレーテが、心外ね、と言わんばかりに、たおやかな肩をそびやかす。

「ああ見えて、ネルガレーテの作る前菜アンティパストも可愛いの」

 横合いからからかうような口調でユーマが言った。

「ああ見えて、は余計なの、ユーマ」

「それじゃ今度は、あたしにもやらせて! これでも料理にはちょっぴり自信があるの・・・!」

 意気込んだリサが、はしゃぐようにネルガレーテを振り向く。

「それはとても楽しみね。ユーマは割と口が奢ってるから」

「なら、レモン風味のかれいのムニエル? バジルを利かせたミルフィーユ・コートレットも得意よ。トマトたっぷりのラタトゥイユなんて、どう?」

「リサ」大仰にふむふむと頷くアディが、勿体つけて言った。「実に美味しそうだが、1つ、大切な忠告をしよう。最後の1品は、避けたほうが無難だ」

「ラタトゥイユ? 何故?」

「いや、ラタトゥイユは、まあ良い」

 持って回った言い方をするアディの横で、ジィクが今にも吹き出しそうな顔をして、ユーマとネルガレーテが笑いを噛み殺すように肩を震わせていた。

「んじゃあ、何?」

「あれは、いかん」態とらしく深刻な表情を見せ、アディは首を振った。「炭素系高度文明類人種カルボノ・キウィリズド・サピエンスが口にする代物ではない」

「だから何なのよぉ、その大層な物言い」

「・・・・・・」

 はっきり答えようとしないアディに、リサが不満げに眉根をしかめ、堪らずユーマが噴き出した。

「──ぷっ・・・! トマトよ、トマト」

 ユーマの言葉に、リサがアディを振り向くと、アディは下唇を突き出してから口をヘの字に曲げて見せた。

「あれ? ひょっとして苦手なの?」リサが、呆れると言うより困惑した表情を浮かべた。「トマトって、栄養あるし体に良いよ・・・?」

「人は栄養のみで生きるにあらず、だ」

 アディが抗議でもするように、態とらしくズルッと音を立ててパスタを頬張る。

「けどね、ケチャップは大好きなのよ。変でしょ?」

「多分、生が苦手なのよ。トマトジュースも駄目だから」

「もしこの世を創った神がいて、そいつがトマトも生み出したって言うなら、そいつの首を締めて後悔させてやる」

 ネルガレーテとユーマが顔を見合わせて、くすっと嘲笑の肩をすぼめても、一向に意に介さないアディは悪態をく。

「次はトマトたっぷりのラザニアにしようぜ、ユーマが得意だろ?」

 露骨に当て擦るジィクの言葉に、アディは青筋を立ててユーマを睨む。

「くおら! そんなもの作ったら、ユーマのオリエンタルビューティー茶葉に、唐辛子をたっぷり混ぜ込んでやるからな!」

「アディって、そう言うところ駄々っ子スポイルド・スナトね。単なるお子ちゃまアンクル・ビター

 呆れたようなユーマの口振りだった。

「大丈夫よ、アディ」リサがにっこり笑窪を浮かべて言った。「おっきな塊は、あたしが食べてあげるから」

「──ぶっ・・・!」

「あらあら、意外と斜め上を行くのね、リサって」

「ほらリサそこは、もう甘えたさんね、アディ、って言ってあげないと」

 思わず噴き出すジィクに、ネルガレーテは殆ど呆れたような声を上げ、ユーマが悪乗りするように、カウンターの天板をたたいて囃し立てた。

「馬鹿野郎! 誰がそんな間抜けな会話をするか!」

「そうよ、そうよ。いくらあたしでも、そんな馬鹿ップルな言い方はしないわよ・・・!」リサが真顔で傭われ宇宙艦乗りドラグゥン連中を見渡す。「やるなら、黙って取ってあげるわよ」

「・・・・・・」

 リサの一言にアディは口を半開きにして凝然とし、それから首を巡らせてジィクを見た。

「くはははっ、良かったじゃないかアディ・・・! トマト嫌いが理解して貰えて」

「うるせー、蛸が駄目なお前に言われたくはないぞ・・・!」

「正常な美意識だろ。あんなグロテスクな物を食おうなんて、頭イカれてるぜ」

 厨房ギャレーの中でなじり合う傭われ宇宙艦乗りドラグゥン2人を尻目に、ネルガレーテとユーマが可笑しそうに言った。

「それじゃあリサ、手始めはトマトと蛸のマリネで決定ね」

「良いわね、オレガノをたっぷり利かせたやつ」

「なら上等なオリーブオイルを仕入れないとね」

 顔を綻ばせながら、2人の会話にリサが無言でうんうんと頷く。

「お前ら、鬼だな、鬼」

「その気持ち悪い取り合わせ、きっと腹を壊すぞ」

 口をヘの字に曲げるアディと、眉根をしかめるジィクが、お互いジト眼で見合わせた。

「あたしが作るんだもの、頬っぺは落ちてもお腹なんか壊さないわよ・・・!」

 ぶう、と頬を膨らませるリサに、ユーマがくくくと含み笑いしながらぼそりと言った。

「いっその事、アディのトマトをジィクが食べて、ジィクの蛸をアディが取ってやれば?」

「ユーマ・・・!」

「冗談でも、そんな気持ち悪い事を考えるな!」

 アディとジィクが同時して、色をなして声を上げる。

「あら、アディは大丈夫よ。トマトはあたしが食べてあげるから」

 臆面もなく言って退けたリサに、当のアディが思わず絶句する。

「──んじゃ、俺の蛸は?」

「折角あたしが作るんだから、悶絶でもしながら食べてよね」

 下唇を突き出すジィクに、リサは、お生憎様とばかりに突き放す。

「ささやかながら、俺にもレディのご慈愛を」

「あたしまでからかった罰よ」

 リサが、にかっと大仰な作り笑いを浮かべ、それから、べぇ、と小さく舌を出した。

 わいわいがやがやと、今まで経験した事ないほど、アモンの艦内なかが明るくて賑やかになった。アディとジィクの料理に舌鼓を打ちながら、弾む話に花が咲き、先程に襲われた際のリサの操艦対応の話になった際は、皆が身振り手振りを交えて、リサの見事な操艦ドライブを一様に、お世辞じゃなく心から褒めそやした。

 一通り皿が平らげられると、リサは厨房ギャレーの中へ回り込み、アディ、ジィクと一緒になって、残り物をディスポーザーに放り込み、食器を手際よく洗浄器に並べ入れて行く。

 そんな3人を横目に見ながら、ネルガレーテが酒戸棚リカー・キャビネットに歩み寄る。

 取り出した4つのオールドファッションド・グラスに、製氷機から掴み取った氷を放り込み、ジャックダニエルのロンバード・レーベルの封を切りながら、ネルガレーテはふと感じていた。

 なんて自然な雰囲気なのだろうか、と。

 リサを囲む3人の傭われ宇宙艦乗りドラグゥン、それに加わるリサがまるで、ずっと昔から一緒に編団レギオを組み、信頼を分かち合い、生死すらをも共にして来た、根っからの傭われ宇宙艦乗りドラグゥンのようにも思えてしまう。

 さすがに最初はどことなくぎくしゃくしていたが、あっと言う間に溶け込んでしまっている。

“やはり血は争えないわね、イェレ”

 独りちたネルガレーテが、目を細めて小さく微笑む。

 まるでこうなることが至極当然で、むしろ待ち望んでいたとさえ思えてくる。

“イェレ、見えてる? 貴方あなたが命懸けで守ったアディと、貴方あなたの愛娘が、今ここで一緒に徒党を組んでいるのよ・・・!”

「──にしても、今回の交渉は、随分と突っ込んだのね、ネルガレーテ」

 話し掛けられたユーマの声で、ネルガレーテが我に返った。

 何時いつの間にか左隣で、ユーマが専用サーバーで湯を沸かし、今度はイトウエンのオレンジペコ茶の缶に手を伸ばしていた。



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 written by サザン 初人ういど plot featuring アキ・ミッドフォレスト

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