第18話 賞金首

「A級探索者、兼、技術開発研究部主席研究員、柳楽やぎらなぎっす。このたび、リヒトさんの緊急探索任務に同行することとなりました」


 言うや否や、隣のテーブルの椅子をリヒトの隣まで引きずり、座った。


「よろしくねー」


 肩をくっつける勢いで身を寄せる。甘ったるい香りがする。童顔タレ目で可愛い系の顔立ちだが、目元のクマが凄い。


 だがそれがいい。


 リヒトはそう思った。


「誰じゃこの女」


 アニマがとげとげしく尋ねた。ギュンと音がしそうな勢いで、凪がアニマを見上げる。


柳楽やぎらなぎです。アニマちゃんにもお会いしたかったんですよねー。やっぱナマだとビジュの強さが違いますね。かわいすぎてます。差し支えなければアレやってください。『こんあにま〜』ってやつ」


「こっ、こんあにま……」


(アニマが押されてるとこ初めて見たな) 


 独特のテンポでするすると距離を詰めてくる。柳楽凪の不思議さに、リヒトは興味を持ち始めていた。


 そのとき、レストランの従業員がぞろぞろ現われ、急ぎ足で近寄ってきた。


「ちょっと、困りますよ! 勝手に入られては!」


 コックコート姿の中年男性が言った。オーナーシェフだ。


「すません。先程お伝えした通り、緊急だったもので」


「ですから先程お伝えした通り、探索者証を見せていただかないと……」


「忘れちゃったんですよ、先程お伝えした通り」


「しかしですね……」


「彼女は私の知人です」


 エレナが静かな声で告げた。


「身元は保証いたしますので、どうかご容赦ください。お騒がせして申し訳ありません」


 オーナーは瞠目してエレナを見る。そして凪を見る。もう一度エレナを見る。


「……エレナさんがそうおっしゃるのでしたら」


 そう言い残し、従業員を引き連れてその場を後にした。


「いや〜助かったよエレナ」


 ほっと一息ついた凪を、


「アンタねぇ!」


 エレナが叱りつける。


「探索者証は持ち歩きなさいっていっつも言ってるでしょ!」


「ご、ごめん。急いで家出たから」


「なら電子版使いなさいよ!」


「端末の充電切れちゃってて」


「ほら出た! 前も同じことして私が謝る羽目になったじゃない! ほんっとアンタは毎度毎度──」


「あぁ〜ゴメン! 緊急だから移動しながらにしよ!!」


 凪がリヒトを抱き寄せる。意外と力が強い。そして、猫背でわかりにくかったが意外と胸が……


「ほらエレナも!」


 凪が机上に差し出した手を、


「はぁ〜、まったく!」


 エレナが握った。


 次の瞬間、三人は窓の外にいた。


(蝶をポータルとしたワープってとこかな)


 現状を考察しつつ落下。重力により、真下へ秒速9.8メートル毎秒の加速。股間が冷え込むような独特の感覚。


 しかし三人は地に叩きつけられることなく、青く光る蝶の群れに受け止められた。蝶の群れに乗せられ、リヒト含む計三名は探索者協会の上空を進み始めた。


「アンタねぇ!」


 エレナの怒号がまたもや飛んだ。


「飛ぶときは飛ぶって言いなさいよ!」


「ゴメンて! でも緊急なんだよ!」


「その緊急って何なのよ!」


「リヒトくんとダンジョン行くんだよ!」


「ゆうべ地上に戻ったばっかりなのに昨日の今日でなんでダンジョン行くのよ!」


「だから──!」


「あの〜」


 リヒトの声で、ふたりの言い合いが止まる。


「とりあえず、柳楽さんとエレナの関係をお聞きしたいんですが」


 落ち着いた声に、双方とも我に返った。


「親友っす」


「腐れ縁よ」


 凪の即答をエレナが即訂正した。


 のっけから食い違った。

 露骨に落ち込む凪を見もせずに、エレナが続ける。


「12年前、ダンジョン災害に遭った私を助けてくれた探索者のうちのひとりよ。南ドイツに住んでた私たち一家を、イギリスの探索者協会支部まで送り届けてくれたの」


「おお、命の恩人だ」


「そう、命の恩人!」


「ええ、命の恩人よ。それについては本当に感謝してる」


 エレナに正面から褒められたのがさぞ嬉しかったらしく、凪は瞳を輝かせた。


「ただ、絡み酒したり、探索者証なくしたり忘れたり、貸したお金を返さなかったり、深夜に酔っ払って私に電話かけてきたり、ドレスコード無視して入店してきたり、その他諸々があるから軽蔑してるだけよ」


「け、けいべつ……」


 涙目になる凪。澄まし顔のエレナ。空気を一新しようと、リヒトが話を振る。


「柳楽さん、主席研究員っておっしゃってましたね。お若いのに凄いですね!」


「ふふん、いかにも。11歳でMIT入学、14で卒業、15で修士、17でネイチャーに論文掲載! さらに20で博士号! 『神童』柳楽凪たァあたしのことよ!」


「いや〜、まさしく天才ですね。そんな柳楽さんが、どうして僕とダンジョンへ?」


「それなんだけどね……。あ、ダメだ。端末の充電切れてるんだった。エレナ、端末ある?」


「あぁ、僕が投影しますよ。伝えたいことをイメージしてください。額から読み取るんで」


「あ、ありがとう」


 やや照れつつ、ハネ放題の前髪を掻き分ける。生白い凪のおでこに、リヒトの指先が触れた。


「……なーるほど。だいたいわかりました」


 得心した様子のリヒトに、凪は「ほぇ〜」と声を上げる。


「脳波まで読み取れちゃうんだね。それ、【変身】? それとも【電脳】?」


「【電脳】です。脳波も電子情報と見なせるので、相手の許可があれば読み取れます。じゃ、投影しますね」


 リヒトが指を鳴らすと、巨大なホログラム・ディスプレイが空中に投影された。


 何かのサイトページだ。

 左側にリヒトの顔写真と全身写真が掲載され、右側上段にはこう書かれている。


 “DEAD ONLY”


 その下にはリヒトについての様々な情報が書き連ねられ、最下部には、$ドルマークの後ろに数字が記されている。


 数字は少しずつ増えていく。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……」


 エレナが桁を数える。


「じゅうまん、ひゃくまん、せんまん……3000万ドル!? リヒト! あなた、3000万ドルの賞金かけられてるわよ!!」


「そう」


 凪が頷いた。


「しかもリアルタイムで増え続けてる。出資型のクラファンになってるんだよ。既に日本中の名だたる反社が大金を投げてるから、賞金額が膨れ上がってる。みんなリヒトくんを誰かに殺してほしいんだね」


「……仲間に引き込もう、と考える組織は無いのかしら?」


「そこで効いてくるのがこの“DEAD ONLY”だよ」


 凪が空中のディスプレイをつついた。


「発起人が生け捕りを禁じてる。金額が金額だから、リヒトくんを殺そうとする奴らは既に腐るほどいる。そいつら抑えつつ生け捕り狙う、なーんて余裕ある奴はもういないと思うね。そして、だからこそ、戦う自信の無い組織は安心してカネを投げ込める。リヒトくん強すぎるからさぁ、『別にカネとかどーでもいーからこのチートヤローを殺してくれ』って思ってるチンピラ金持ちも多いのよ」


「そんな……」


 エレナは下唇を噛みしめ、うつむいた。人の悪意に慣れていないのだろう。


 そして、怒りを半ば露わにしつつ問うた。


「だいたい発起人は誰なのよ。こんな大金、ウソかもしれないじゃない。信用できないでしょうに」


「そこが一番の問題なんだなぁ」


 凪が腕を組んだ。ぶかぶかの袖の中に両腕が収まっている。


「これねぇ、国が絡んでるっぽいのよ」


「国、って……」


「そ、日本政府。まー実際に動いてるのは、中央省庁直属の非公認諜報機関とかだと思うけどね」


 青褪あおざめるエレナに、凪が説明する。


「そこらのヤクザ者にしては暗号化技術が高すぎる。あと、手付金で何百万って金をポンポン出してる資金力と、仮想通貨を使ったマネロンの手際もそれっぽい。確証ないからアレだけどね」


 沈黙するエレナ。

 彼女を横目に、バツが悪そうな顔する凪。ぼさぼさの頭を掻きながら、「それに」と続ける。


「動機は十分ある。日本政府は探索者協会を嫌ってるからね」


「……探索者特権のせいかしら?」


 エレナが尋ねた。

 探索者は、日本を含む協会加盟国において凄まじい特権を発揮する。

 法的免責、不逮捕特権、現場指揮権、優先的補給権、免税および税制優遇、その他にも色々と便宜を図られている。


「それもあるけど、協会の立地と戦力がヤバいんだよね。23区のちょっと西に特別行政区つくって、探索者を何千人も集めてんだもん。そら目の敵にもするよ。実際、警察と防衛省が組んで特別対策本部を作ってた、って噂もあるしね。もう一昔ひとむかし近く前の話だけど」


「なるほど。だから『緊急探索任務』なんですね」


「そゆこと」


 凪は両手を銃のようにしてリヒトを指差した。


「ふむ。ダンジョン内は治外法権の異空間、協会の許可が無くては何人たりとも入れはせん。身を隠すという一点のみにおいては、協会の保有地に建つエレナ邸よりも、ダンジョン内の方が優れておるのう」


 アニマが総括した。


「り、理解が早すぎない……?」


 エレナが引き気味に言った。


「あたしも驚いてるよ。もうちょい荒れると思ってたのに」


 凪は目を丸くしていた。


「まぁ、慣れてるんで」


 笑うリヒトに、凪は少し哀しそうな顔をする。


「慣れないでよ。非公認とは言え、国の機関から理不尽に命を狙われてるんだから。君は若いんだから、もっと繊細でいいんだよ」


 凪の言葉には、これまでとは違った熱がこもっていた。その熱は確かにリヒトの胸を打った。


「……ありがとうございます。でも、心配いりませんよ」


 リヒトは晴れやかに微笑み、空中のディスプレイを指差した。


「このサイト作ったの、僕なんで」





 


 

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