地獄に咲く美しき天蓋の花 アイの福音
みゃくじゃ@アイの福音
第1話 プロローグ 地獄の上の一番星
真っ白で巨大な外壁の頂上が広がる。見渡しても直線にしか見えないその外壁は天空流転都市の一つマルクトの防衛の要である。
その上から黒色の移動用ドローンに地獄へと子供たちは降っていく。この地獄は本物の地獄。その第一圏リンボ、灰に飲まれた荒野である。
――どんな訓練なんだろう?
そんな中素っ頓狂な疑問を心の中で抱くのは、リウムだ。
茶髪のサラサラとした髪の毛を結ってポニーテールにしており、容姿も相まって誰から見ても非常に愛おしいと思わせる。
――ここって地獄なんだよね。……会えたらいいな。ロー様に。
子供達は安全だと確信していた。地獄ではルインダーという怪物が居住地域へと侵攻を続けている。
しかしながら、最強の大英雄であるローが存在している。そのローが怪物の悉くを殲滅していることは、マルクト市民の周知の事実だからだ。
――リアは大丈夫かな?
だからか、リウムは弟のリアの無事にすら思いを馳せることができる。他の子供もそんな心持ちで参加していた。
そして、リウムは移動用ドローンから出る。一面の灰と漂う鉄の匂いに少し落ち込むが、未だ安堵感で満たされていた。
辺りを見回すと外壁と並行に子供達が並べられている。大体一部屋分くらいは間が空いていた。
――徒競走でもするのかな?
そんな疑問も束の間、視界がジャックされて、景色が変わる。
リウムの視界には、弟のリアが映っていた。ただし、椅子に縛り上げられ、猿轡をつけられて、涙を浮かべている。
「え?」
リウムには理解ができなかった。当然、事前には何も言われていない。
そのまま視界は戻されて地獄が映る。そして、考える隙など与えないかのように号令が発令された。
『今から皆さんには、ここから生き延びてもらいます』
――なんで、リアが映ったの? しかも、生き延びるって何? ここはロー様が守っているから安全で……
リウムがそんな思考をしていると、灰の霧から黒い怪物が迫ってきていることを視認してしまう。
『親は当然として、君たちの兄弟も人質です』
――人質……?
『皆さんが生き残らなければ、残念ですが兄弟は先ほどの部屋で処刑します』
大人のその言葉を最後に通信音声は聞こえなくなった。
「何を、言っているの……?」
――悪夢? だよね?
リウムの甘美な妄想は、打ち滅ぼされる。
最初に、誰かが叫んでしまった。
呼応するように恐怖は伝播していく。本物の死を身近に感じて、非現実感が強制否定された。
灰の霧で見えづらかった怪物のその姿も解像度が増してゆく。黒く塗りつぶされた人の部位の巨大な集合体、ルインダー。そんな異形の怪物が地面を掻きながら高速で近づいてくる。
「死ぬんだ」
リウムは淡々と確定した未来を口にした。
――逃げなきゃ。
足は動かない。
――リアも殺されちゃう。
体も動かない。
地面を掻く音が段々と大きくなっていく。怪物が目に見えてからというもの、その音は大きくなるばかりだ。
加えて、その数も異常である。濃くもない灰の霧の影響で見えなくなるのなんて、ほぼあり得ない。それなのに、灰色は見えなくて、前方は黒色のみであった。ルインダーの大群が迫っている証拠だった。
そして、ルインダーから腕が高速に成長するように、腕や脚が悍ましいほど生えて、
隣の子が踏み潰された。その衝撃にリウムも吹き飛ばされる。ボールのように跳ねて、転がり、外壁にぶつかった。
――………………。
リウムの脳が高音に支配され、視界もぼやけていた。返り血を浴びた自身を見て絶叫するが、うまく声が出ずに吐血する。動悸が激しく、頭痛に襲われる。
「……死にたくないよ」
この状況でもまだ絶望せず、リウムだけが生きることを辞めていなかった。
「まだ、ロー様に会ってない!」
リウムは完全に錯乱している。本当にローに会うために、立ち上がり、あろうことか怪物どもに向かって走り出ていた。
「会わないで死ぬなんて! 認めない!!!」
返り血と吐血で全身真っ赤な容貌のリウムの顔は、なんと笑顔だった。最低な状況なんて知らず、本当に憧れた存在に会うためだけに、魂を燃やす、化け物であった。
リウムは無我夢中になって走る。ルインダーとの距離が近づいてゆく。せっかく吹き飛ばされて距離が大幅に開いたのに、その間が狭まってゆき、そして、ルインダーから夥しいほどの肉塊が降ってきた。
爆音が辺りを支配する。地面は抉られて、灰が霧散する。
そんな光景をリウムは、ローに抱き抱えられて見ていた。
ローに助けられたのだ。他の子供なんか見向きもせずに、ローはリウムを助けた。
――へ⁉︎ ロー様⁉︎ 本物……だよね。だって、こんなに眼が蒼く輝いているんだもん! ってことは⁉︎
現状の幸福を確信したリウムは叫声をあげてしまう。そして感情が振り切れてそのまま気を失ってしまった。
「流石に傷つくぞ」
血生臭い灰に汚された軍服に身を包んだ少年、七歳のローは、ため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます