地獄に咲く美しき天蓋の花 アイの福音

みゃくじゃ@アイの福音

第1話 プロローグ 地獄の上の一番星

 遥か未来の地獄で大事件が起こった。事件名はアンハッピーバースデイ。

 被害者数50万名。死亡者が大多数を占める大事件だが、生存者が1名存在した。

#######

 事件の現場は、地獄と居住地区を隔てる外壁の地獄側周辺である。


 真っ白で巨大な外壁の頂上から、黒色の移動用ドローンに一人ずつ乗って、地獄へと降っていく。この地獄は本物の地獄。その第一圏リンボ、灰に飲まれた荒野である。

 ――どんな訓練なんだろう?

 事後からすると素っ頓狂な疑問を心の中で抱くのは、リウムだ。

 茶髪のサラサラとした髪の毛を結ってポニーテールにしており、容姿も相まって誰から見ても非常に愛おしいと思わせる。

 そして何故に訓練に行く気なのか。それは単純に騙されているからである。50万名の七歳程度の子供全員は、親に会えるという条件で訓練を行おうとしている。

 ――ここって地獄なんだよね。……会えたらいいな。ロー様に。

 子供達は安全だと確信していた。地獄ではルインダーという怪物が居住地域へと侵攻を続けている。しかしながら、最強の大英雄であるローが、その悉くを殲滅していることは、マルクト市民の周知の事実だからだ。

 ――リアは大丈夫かな?

 だからか、リウムは弟のリアの無事にすら思いを馳せることができる。

 他の子供もそんな心持ちで参加していた。

 そして、リウムは移動用ドローンから出る。一面の灰と漂う鉄の匂いに少し落ち込むが、未だ安堵感で満たされていた。

 辺りを見回すと外壁と並行に子供達が並べられている。大体一部屋分くらいは間が空いていた。

 ――徒競走でもするのかな?

 そんな疑問も束の間、視界がジャックされて、景色が変わる。

 リウムの視界には、弟のリアが映っていた。ただし、椅子に縛り上げられ、猿轡をつけられて、涙を浮かべている。

「え?」

 リウムには理解ができなかった。当然、事前には何も言われていない。

 そのまま視界は戻されて地獄が映る。そして、考える隙など与えないかのように号令が発令された。

『今から皆さんには、ここから生き延びてもらいます』

 ――なんで、リアが映ったの? しかも、生き延びるって何? ここはロー様が守っているから安全で……

 リウムがそんな思考をしていると、灰の霧から黒い怪物が迫ってきていることを視認してしまう。

『親は当然として、君たちの兄弟も人質です』

 ――人質……?

『皆さんが生き残らなければ、残念ですが兄弟は先ほどの部屋で処刑します』

 大人のその言葉を最後に通信音声は聞こえなくなった。

「何を、言っているの……?」

 ――悪夢? だよね?

 リウムの甘美な妄想は、打ち滅ぼされる。

 最初に誰かが叫んでしまった。それに呼応するように恐怖は伝播していく。本物の死を身近に感じて、非現実感が強制否定された。

 灰の霧で見えづらかった怪物のその姿も解像度が増してゆく。黒く塗りつぶされた人の部位の巨大な集合体、ルインダー。そんな異形の怪物が地面を掻きながら高速で近づいてくる。

「死ぬんだ」

 リウムは淡々と確定した未来を口にした。

 ――逃げなきゃ。

 足は動かない。

 ――リアも殺されちゃう。

 体も動かない。

 地面を掻く音が段々と大きくなっていく。怪物が目に見えてからというもの、その音は大きくなるばかりだ。

 加えて、その数も異常である。濃くもない灰の霧の影響で見えなくなるのなんて。ほぼあり得ない。それなのに、灰色は見えなくて、前方は黒色のみであった。

 そして、ルインダーから腕が高速に成長するように、腕や脚が悍ましいほど生えて、

 隣の子が踏み潰された。その衝撃にリウムも吹き飛ばされる。ボールのように跳ねて、転がり、外壁にぶつかった。

 ――………………。

 リウムの脳が高音に支配され、視界もぼやけていた。返り血を浴びた自身を見て絶叫するが、うまく声が出ずに吐血する。動悸が激しく、頭痛に襲われる。

「……死にたくないよ」

 この状況でもまだ絶望せず、リウムだけが生きることを辞めていなかった。

「まだ、ロー様に会ってない!」

 リウムは完全に錯乱している。本当にローに会うために、立ち上がり、あろうことか怪物どもに向かって走り出ていた。

「会わないで死ぬなんて! 認めない!!!」

 返り血と吐血で全身真っ赤な容貌のリウムの顔は、なんと笑顔だった。最低な状況なんて知らず、本当に憧れた存在に会うためだけに、魂を燃やす、化け物であった。

 リウムは無我夢中になって走る。ルインダーとの距離が近づいてゆく。せっかく吹き飛ばされて距離が大幅に開いたのに、その間が狭まってゆき、そして、ルインダーから夥しいほどの肉塊が降ってきた。

 爆音が辺りを支配する。地面は抉られて、灰が霧散する。

 そんな光景をリウムは、ローに抱き抱えられて見ていた。

 ローに助けられたのだ。他の子供なんか見向きもせずに、ローはリウムを助けた。

 ――へ⁉︎ ロー様⁉︎ 本物……だよね。だって、こんなに眼が蒼く輝いているんだもん! ってことは⁉︎

 現状の幸福を確信したリウムは叫声をあげてしまう。そして感情が振り切れてそのまま気を失ってしまった。

「流石に傷つくぞ」

 血生臭い灰に汚された軍服に身を包んだ少年、七歳のローは、ため息をついた。

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