勇者の息子に転生した魔王様は、復讐の為に世直しを始めるようです
ねっとり丼
プロローグ
「──一つだけ問う、貴様達の中に在る正義とはなんだ?」
雷鳴が耐えず鳴り響く暗雲の下、荘厳な空気を醸し出す魔王城の中で、問い質す。
目の前では、血に塗れた四人の人間共、
”勇者”の名を持つ者と、その仲間達が刺すような視線を向けている。
「仲間の為、親族の為、国の為、どれもくだらん。なぜ力を自分の為に使わない?それほどの力がありながら、なぜ何かの奴隷として戦う?好き勝手に生きれば良いでは無いか。貴様らにはそれを為す力があるのだぞ?」
「……俺からも聞かせてくれ。果たして俺とお前の間に言葉が必要なのか?」
剣を鞘から抜いた勇者は、鋭い眼光で我の瞳を貫く。
「貴様ら人間はそうして物事を測るのだろう?少しは語っても良いでは無いか。お互いに絶対的な力を持つ者同士なのだ、存外気が合うかもしれぬぞ?」
「断る」
「ほう、何故だ?」
「何度も試したことだ。
「……………」
「俺の中にある正義は、こんな力なんて必要とされない、言葉だけで通じ合える世界を作ることだ。禍々しい力だけで支配しようとするお前らを許すことの無い、そんな世界を。だから俺は……」
覚悟を決め直すかのように、勇者は剣を構える。
「──お前を殺さなきゃいけない」
憎悪に塗れたその瞳は、王座の上の我だけを見据えていた。
良い眼だ。今まで葬り去ってきた者共でも、ここまでの意志の強さを宿した人間は見た事がない。
「ほう、それが貴様の正義か」
我はゆっくりと立ち上がると、殺意に塗れた眼差しを向ける勇者達を見下ろした。
「だが、それは我の中の正義に反する。やはり相容れることは出来ぬな」
「……お前が正義を語るな!!」
次の瞬間、目にも止まらぬスピードで踏み込まれ、剣を突き出される。
咄嗟に、剣先を指で摘んで止める。
すると、間髪入れずに上から仲間の戦士が飛びかかってくる。
魔法使いは炎魔法を放ち、僧侶は援護に回っている。
四方八方からの攻撃を前に、我は心の底から湧き出てくる高揚感を感じていた。
「くくっ、それでいい!やはり言葉よりも力だ!」
正義とは、全種族の頂点に君臨し、世界の全てを統べる存在。絶対的な武力のことだ。
故に、その権化たる魔王は、それに相応しい力を持っていなければならないのだ。
それは人間や他の種族など物の数にも入らないほどのものであり、敵対する者たちに絶望と恐怖を与えるものだ。
それだけが、万物を従わせる唯一の方法。
正しい意義を持つ合理的な術、即ち正義だ。
我はそれを実現して、絶対的な支配者として、何百年という時を超えてきた。
だが、それも今日で──
「──終わりだ、魔王」
血を浴びた刀身が、跪く我に向けて突き立てられる。
もはや忌々しき人間の顔を見上げることすら出来ない。
久しく目にした自身の血が、荒廃した地面へと流れ落ちていく。
「くくっ……どうした……やらぬのか?剣先が震えておるようだが……」
我の前に幾度もなく現れ、その度に散ってきた”勇者”の称号を持つ人間を、嘲笑する。
我は──負けたのだ。
我からしてみれば数瞬程の時程度しか生きておらぬ人間に向けて、無様に膝を着いている。
その状況がどうにもおかしくなり、思わず笑い声が溢れる。
「何笑ってんだよ。このクソ野郎が」
勇者の仲間として連れられていた女魔法使いが、耳障りな怒気を帯びた声色で言い放つ。
だが、この女の罵倒も聞き飽いた。
「早く殺してしまいましょう。ソレに何を言っても無駄ですから」
血に塗れた修道服を身に纏った僧侶の女が、無感情に言い捨てる。まるで汚物を見るかのような目だった。
「……果たして、彼が死んでしまう必要があったのでしょうか?かような醜い戦いの最中で散っていった彼は、救われるのでしょうか?必ず四人で成し遂げようと言いましたのに……」
端で転がっている戦士の首元に手を当てながら吐き捨てる僧侶の姿は、酷く滑稽だった。
「……なぁ、何のために俺らの仲間は殺されたんだよ。お前ら魔族は何が良くてあんなに楽しそうに人を殺すんだ?最後くらい答えろよ」
「虚勢を張るのはやめなよ。あんたはここで死ぬんだ。何か言い残すことは?」
「───哀れよ」
「……何だと?」
「くく……哀れだと言っておるのだ、勇者よ。貴様は結局何も成しえぬのだ。そこで無様に転がっている仲間さえ守れぬ者に何が出来る?我を殺したところで、貴様に救えるものなど数える程よ。人間共の語る正義など、夢物語に過──」
次の瞬間、我の視界が急激に反転する。
我の首が、宙を舞ったのだ。女魔法使いの手によって。
「あぁ……もっと苦しめてから殺すべきだったね。失敗した」
「……そうだな」
勇者が足を動かす音が聞こえ、我の視界も徐々に漆黒へと堕ちていく。
これまで我が築いてきた全てのものが音を立てて崩れ去る。
長い年月を費やして築き上げた力。願い。我の全て。それを打ち砕く、か弱き人間の刃によって──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます