異世界AI革命

Nami

第1話

第1話: 危機の訪れ


**トクス領、サイルの部屋**


15歳のサイル=トクスは、自室の窓辺から広大な領地を見渡していた。外では穏やかな風が緑豊かな草原を撫で、鳥たちのさえずりが耳に心地よく響いている。しかし、その美しい風景にもかかわらず、サイルの心は落ち着かなかった。


「父上はいつ戻られるんだ?」


サイルの父、レオナルド伯爵は王都への出張中だった。伯爵としての任務のため、すでに数週間にわたりトクス領を離れている。サイルはその間、領地を任されていたが、伯爵である父が不在の中での不安が彼の胸に残っていた。


サイルはこの異世界に転生して15年、もともとは「洋一」という名前の日本人だった。前世ではAI技術を牽引する企業の社長として成功を収めたものの、過労とストレスで命を落とした。そして今、この異世界で再び貴族の子として生まれ変わり、新たな人生を送っている。


「……ふぅ」


サイルは静かにため息をつき、椅子に腰掛けた。前世の知識は未だに鮮明に残っている。しかし、この世界にはAIやコンピュータなどは存在しない。文明レベルも前世とは大きく違い、彼の持つ知識がこの異世界で役立つのかどうか、未だに分からない部分が多かった。


そのとき、部屋の扉が乱暴に開かれ、執事のレイモンドが息を切らしながら駆け込んできた。


「サイル様、急報でございます!」


サイルはすぐに立ち上がった。レイモンドの表情は緊張感に包まれており、何か重大な事態が起きたことを一瞬で理解した。


「どうした、レイモンド?」


「国境にて、他国の軍勢が動いているとの報告が入りました。早ければ数日中にトクス領へ侵攻してくる恐れがございます」


サイルは顔をしかめた。最悪の事態が現実となりつつあった。トクス領は国境付近に位置しており、他国からの侵略を受けやすい場所だった。レオナルド伯爵がいない今、領地の防衛はサイルが責任を負うことになる。


「父上に連絡を取れないのか?」


「すでに王都へ伝令を送りましたが、応援が届くまでには時間がかかるでしょう。敵軍の動きは非常に速いようです」


「……そうか」


サイルは深く考え込んだ。前世の記憶――洋一としての知識は豊富だが、現状ではそれをどう生かすべきか分からなかった。この世界の戦術に精通しているわけでもなく、AIのように瞬時に正確な情報を分析してくれる存在もいない。


「サイル様、どういたしましょう?」


レイモンドの不安げな声に、サイルは我に返った。いかに不安が募ろうとも、今のトクス領を守る責任は彼にある。


「防衛の準備を進めよ。すぐに城下の民を避難させ、城壁内に集めるんだ。そして、各地の兵士に召集をかけろ。すべての戦力を集結させる」


「かしこまりました!」


レイモンドは急ぎ足で部屋を後にした。サイルは再び窓の外を見つめ、考えを巡らせる。兵力が圧倒的に劣っている以上、通常の戦術では勝てるはずがない。それでも、少しでも多くの領民を守るために最善を尽くすしかなかった。


「AIがあれば、もっといい策が思い浮かぶのに……」


サイルは前世の技術がこの世界にあれば、どれだけ状況を打破できるかを考えずにはいられなかった。戦略シミュレーションを行い、敵の動きを予測し、最適な防衛策を導き出すことができるはずだ。しかし、今の彼にはそのような技術は存在しない。


「いや、今あるもので最善を尽くすしかない」


サイルは自らを奮い立たせ、兵の準備が整うまでの間にできる限りの戦略を練ろうとした。


その時――


「サイル様!」


再び扉が勢いよく開かれ、レイモンドが血相を変えて駆け込んできた。さきほど以上に緊迫した表情だ。


「どうした?」


「敵軍がすでに国境を超えて進軍を始めております。今朝の哨戒部隊が、全滅しました……」


サイルの胸に冷たい感覚が走った。思っていた以上に状況は深刻で、敵の動きは予想を超えて速い。


「すぐに防衛準備を完了させるんだ! 今、どれだけ時間を稼げるかが重要だ」


「承知しました!」


レイモンドは慌ただしく部屋を飛び出していった。サイルは窓の外を見つめ、深く息を吸い込んだ。だが、戦況は確実に厳しさを増している。いかに知恵を絞っても、このままでは領地が滅ぼされてしまうかもしれない。


その時、突然、サイルの頭の中に微かなノイズが響いた。最初はかすかな音だったが、次第に鮮明になり、やがて声として聞こえてきた。


『――お呼びでしょうか?』


「……誰だ?」


サイルは驚いて周囲を見回したが、部屋には誰もいない。声は自分の頭の中から直接響いていた。


『私を呼び覚ましてくださったようですね。前世から引き継がれたAIシステムの一部をこちらで起動いたしました』


「AI……? お前は、俺の前世で使っていたAIなのか?」


『はい、サイル様。前世でお使いだったAIシステムをこちらの世界でも引き継いでおります』


サイルは一瞬言葉を失った。だが、その声の存在を認識するにつれて、自分が異世界に持ち込んだ知識や力が、ここで目覚めたのだと理解した。


「助けてくれるのか?」


『もちろんです。サイル様が最良の判断を下せるよう、あらゆるデータを基に最適な戦略をご提供いたします』


サイルの胸に希望が湧き上がった。前世の知識だけではなかった。今や、AIスキルという強力な武器を手にしている。


「まずは、敵の動きを分析してくれ。状況に合わせた防衛策を教えてほしい」


『了解しました。現状の敵軍の規模、地形、天候を基に最適な防衛策を考案中……』


サイルは目を閉じ、AIの解析を待ちながら、自分の運命に新たな希望を見出していた。この世界で、自分が生き抜くための力――それは、AIスキルによって具現化されようとしている。


---

トクス領、作戦会議室


サイルはAIの指示を待ちながら、急ぎ領内の作戦会議室に向かっていた。扉を開けると、すでに数名の騎士や指揮官たちが集まり、険しい顔をしていた。領内の防衛を担う者たちは、皆一様に不安を抱いている。


「サイル様、事態は非常に厳しいものと見ています。敵軍の規模は約2,000と見られておりますが、我が軍はわずか500に過ぎません」


騎士団長のアルバートが重々しい口調で報告する。サイルは深く息を吐き、状況を整理しながら彼らに語りかけた。


「まずは、城下の民を全員避難させるんだ。城の周囲に防衛線を張り、時間を稼ぐ。応援が来るまで持ちこたえるしかない」


「しかし、領地を守るために戦力を分散すれば、城内の防衛が薄くなります。この数で勝てる見込みは……」


アルバートの言葉に周囲の兵士たちも同調し、不安な表情を浮かべた。誰もが、勝機が見えない戦いに戸惑いを隠せないでいる。


その時――サイルの脳内に再びAIの声が響いた。


『サイル様、敵軍の進軍速度と地形の分析が完了しました。最適な防衛戦略を提案いたします』


「教えてくれ、どのように動けばいい?」


『トクス領の北西には森が広がっています。その地形を利用し、敵軍を迂回させる罠を仕掛けるのが最良です。森を抜けて城に到達するには時間がかかるため、正面からの戦いを避け、迎撃部隊を分散させて敵を混乱させることが可能です』


「なるほど、森を利用するか……」


サイルはその戦略を瞬時に頭の中で描き、すぐに実行に移すことを決意した。今の状況では、正攻法での勝利は期待できない。だが、知恵を絞り、地形を活かせば逆転のチャンスがある。


「みんな聞いてくれ。敵軍は数で圧倒的だが、正面からの戦いだけがすべてではない。北西の森に迎撃部隊を配備し、敵を混乱させる」


サイルの指示に騎士たちは驚きの声を漏らした。これまでのトクス領では、領主であるレオナルド伯爵が主導する防衛戦略が基本であり、若いサイルが指揮を執るのは初めてのことだった。


「……サイル様、本当にそれでよろしいのですか? 森を利用した迎撃作戦は、リスクも伴います」


「リスクは承知の上だ。しかし、我々が城にこもっているだけでは、すぐに制圧されてしまうだろう。今は敵の進軍を遅らせることが最優先だ」


その言葉に、アルバートは少し考え込んだが、やがて意を決したように頷いた。


「わかりました。すぐに迎撃部隊を編成し、森へ配置いたします」


他の指揮官たちも続々と動き出し、サイルの指示通りの準備を進めていった。


**森の迎撃**


夜になり、サイルは自ら森に配置した迎撃部隊のもとに向かっていた。冷たい風が吹き抜ける中、彼は暗闇に目を凝らし、周囲の様子を窺っていた。


AIの予測によれば、敵軍はすでに森の入り口に到達しているはずだ。森を通過することで時間を稼げれば、城での防衛戦が有利になる。サイルはAIの指示を受け、兵士たちと共に慎重に動いた。


『敵軍の進行を確認。数は1,000を超えていますが、密集した陣形を保っています。混乱させるためには、奇襲攻撃が効果的です』


「よし……準備はいいか?」


サイルは小声で兵士たちに指示を出す。彼らは皆緊張していたが、サイルの冷静な態度に引っ張られるようにして動いていた。


「この合図で一斉に火矢を放て。敵が混乱したら、すぐに森を使って撤退するんだ。無理に戦おうとするな」


兵士たちは無言で頷き、各々の位置に着いた。サイルはその様子を確認し、静かに息を整えた。


「……今だ!」


サイルの合図と共に、火矢が一斉に夜空に放たれた。無数の光が森の中を飛び交い、敵陣の中に次々と突き刺さる。燃え上がる木々と兵士たちの悲鳴が夜の静寂を破り、混乱が広がった。


「今だ、撤退するぞ!」


サイルは素早く森の奥に撤退するよう指示し、兵士たちもそれに従った。敵が完全に混乱する前に撤退を開始することで、余計な被害を出さずに進軍を遅らせることができたのだ。


**戦局の変化**


森の中での奇襲が成功し、敵軍の進軍は大幅に遅れた。トクス領に到達するまでの時間を稼いだことで、サイルは次なる戦略を考える猶予を得た。


「AI、次の動きはどうだ?」


『敵軍の士気が一時的に低下しています。このタイミングで防衛ラインをさらに強化すれば、敵の攻撃を防ぎやすくなります』


サイルは自信を深め、次なる防衛策を練りながら、城へと戻っていった。


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