永久にトモに_とある異世界譚(改)

humiya。

第1章 アサガオとシュロ

小鬼のナワバリにて

第1話 むらで悪態

 朝からイヤな予感がしていた。


 朝目覚めて最初に感じるのは不快感だ。視界の端に映る自分の髪の鈍い緑青色が神経に刺さり、おまけに癖毛が寝起きでボサついているから余計に不快感が増した。

 そんな心境ながら、朝から呼び出しを喰らっていた為に早く支度しなくてはならない。パンと汁物スープで簡単に朝食を済ますと、上着として民族衣装と呼ばれる青色で上着のわきに切れ込みの入った衣服に着替えてから同居人の支度を手伝ってやった。


「よし…んじゃ、行くぞ。」


 そして部屋の壁に立てかけてあった鞘に納まった片手剣を腰に下げて外に出かけた。同居人もオレの後に続いて歩き、その姿を視界の端に入れつつ歩みを進めた。


 オレと同居人が住んでいる場所は農業が盛んな村の南側の郊外で、橋が架けられた小さな川を挟んだ木々に囲まれた場所にある。それ故自然に近く動物、特に鳥の声が村にいる時より耳に響いて聞こえる。

 今日も家の近くで鳥共が噂話していたの妖精種である自分の耳に入った。 どこかで聞いたであろうヒトの噂話に、空を飛んで見てきた光景なんかを仲間に打ち明け騒いでいた。

 こういう時、他種族の標準的な聴覚が羨ましくなる。 オレら妖精種の長く尖った耳は、動物の鳴き声や遠吠えも理解できる言語として聴き取れてしまう。 理解出来る分頭に擦り込まれて余計にやかましく聞こえて厄介だ。 内容が悪いものであれば尚更だ。

  聞く気が無いのに聞こえて朝した頭痛がぶり返してきて再び溜息を吐いた。


 川幅の狭い川に架けられた木製の橋を、軋む音を立てながら渡り森の中の開けた広場の様な場所に出た。広場から距離を開けた至る所に民家らしい建物がちらほらと見え、簡素ではあるが赴きの感じられる場所ではある。

 そんなむらの中を進んで行き、ある民家の近くまで来ると声を掛けられた。オレに声を掛けてきたのは、同じく民家の近くに立っていた人物、いや、動物のキツネの姿をしたヤツだった。


「シュロ、やっと来たか。」

「やっとって、朝の支度やらしてたらこの時間が妥当だろ。」


 文句を言いつつ、オレはキツネのカナイと並び立ち、改めてここに呼ばれた事に関して話を始めた。

 カナイと言う名前のキツネは、この土地に住むヒトや動物を守る『土地とちかみ』と呼ばれる守護者だ。一見するとただ言葉を発するケモノだが、実力と実績は本物でその説得性は確かなヤツだ。

 かくいうオレは土地守の補佐をする『守仕』であり、そもそもオレがこのむらに来たのは早朝にカナイから遠くのヒトと会話をする交信魔法によって呼びつけられたからだ。オレは何故よばれたかを確認しようとしたが、聞かずとも現場を見て納得した。

 オレが呼びつけられ、待ち合わせ場所となっていた民家。その民家の森側に面した外壁がヒドイ有様になっていた。

 そこは明らかに意図して壁に攻撃が加えられ、破壊された痕の様だった。大きな刃物か何かで壁を引っ掻いた様な、そんな状態となっている。

 その何者かのよる攻撃の被害は家の外壁だけでは無かった。外壁に面した木々にも攻撃が加えられたのだろう、木の幹が削り取られ、伸びた草も荒らされ辺り一面に、外壁の破片の他にボロボロになった草や木の破片も落ちていた。まるで嵐の跡かの様にも見えた。

 その家のすぐ近くで立ち尽くす男女が一組いた。どちらも憔悴した様子でオレらの方を見ていた。どうやら彼らがこの壊された家の住民だろう。


「見ての通り、現場は酷い状態でな。ヒト一人が荒らしたとは思えない。」

「確かに、コレが一晩でここまで出来るヤツはこのむらにはいないな。」


 このむらは言ってしまえば子どもが居なく、年寄りばかりとなった農村だ。若いヤツはほとんど東の大きなまちの方へと引っ越してしまっているのがむらの現状だ。

 そもそもここまでヒトの家を壊そうなんて発想をする様なヤツもいない。そうなれば、犯人は攻撃性のある余所の野生動物か何かとなる。


「はっ…犯人は小鬼です! 絶対に!」

「大きな…風の音が聞こえたその後に、足音の様…な音がたくさんとギャアギャアという小鬼の声が外から聞こえて!」


 黙ってオレらの様子を見ていた二人が割り込むようにして進言してきた。相当興奮しており、怒りを露わにしていた。確かこの二人は夫婦で、自然に囲まれたこのむらを気に入ってここに引っ越してきたばかりだったか。そんな中で新居がこんな惨状にされては怒らない筈も無い。

 夫婦が言う小鬼というのも世界各地におり、むらから川を挟んだ森にも小鬼は棲んでいる。粗暴で度々近隣に住む者や旅人を襲う事件トラブルは珍しくない。実際この夫婦が以前暮らしていた場所でも小鬼の被害や悪い噂は絶えなかったとも聞いた。

 しかし森に棲む小鬼はカナイの権限によりヒトを襲わないと言いつけられてはいた。それ以降森の小鬼がヒトを襲ったと言う話は聞かないが、現に目撃者と壊された家が実在する以上、小鬼を放っておくわけにはいかないとカナイは考えているだろう。


「一体何があってこんな事になったか、これは土地守わたしの責任だ。この場に小鬼が現れたのであれば、再度小鬼が来ても可笑しくない。

 シュロ、お前は小鬼共のナワバリに赴き、調査を行え。」


 土地守から守仕であるオレに命令が下された。そんなカナイの命にオレは答えた。


「いや、アンタが行けよ。」


 少しの間が開いた。どう考えたってそうだろう。カナイ自身が自分の責任だって言ったのだから、自分が赴いて現場の見張りは補佐役であるオレがするのが妥当だろう。


「お前、上司の私の命令に背くなよ。ここは颯爽さっそうと引き受けて勇猛果敢に小鬼のナワバリに向かうって場面だろ。」

「んな見た目だけ格好つける場面でも無いだろう。それにどうせアンタは面倒だからってオレにナワバリに行くのを押し付けたいだけだろ。」


 オレとカナイの慣れた様な言い合いに、被害者である夫婦二人はただ唖然と見守る事しか出来なかった。そんな二人を置いて押し問答を続けて数分後、カナイが口を開いた。


「正直お前の言った事は当たっている。しかし私が行っては意味が無い。だからお前が代わって小鬼共と話を付けて来てほしいんだ。」

「…オレ相手でも変わらないと思うぞ?」


 カナイの提案にねんを示しはしたが、心の隅では確かにカナイが相手でも小鬼共が相手をするとか限らない。それならオレが行っても変わらないか。

 それに土地守はむらや森に異常が無いかを見回ったり、住民に直接話を伺ったりとやる事は多い。そこに他種族や亜人族とのいざこざとなれば、下手をして森やむらへの危険に繋がる。今は民家の一軒が被害にあったけだが、もしかしたら他の民家や住民にも危険が及ぶ可能性はある。それなら土地守が皆の前に出て安全だと言ってやった方が安心するだろう。

 何事においても、下っ端が危険な仕事に追いやられるのは常か。


「分かった。話になるかは分からないが、出来る限りのことはしてくる。」

「うむっ。ったく、最初からそう言えば良いのに、変にだだをこねるから。」


 何やらオレが一歩的に悪いようなことを言ってきた。そもそも土地守であるカナイの普段の行いもあるから、こっちが悪い様な言い方をされる筋合いはないと思う。


「アンタがもう少し威厳ある姿を見せてくれれば、こっちもやる気を出すよ。」

「私だってやる時はやるさ。お前ももっと意欲的に行動しろ。」


 少し喧嘩気味になってきたところで、誰かがオレとカナイのやり取りを止めるかのようにオレの服の裾を引っ張って来た。

 目を力が働く方へと下げる、そこには同居人である少女のアサガオがそこにいた。クリーム色とも言える淡い黄色の長髪をせた桃花色のリボンで結い上げらた頭に光の輪がかかっている。

 白いエプロンを着けた薄いぐさ色のワンピースからのぞく足は、今も動きたそうに小刻みに震えて見えた。 自分が見られている事に気づいたソレは顔を上げオレと目が合った。

 オレのえん色の目と、長い前髪から覗く少女のすい色の目が互いを映して一瞬間が生まれた気がした。 瞬間ソレはオレの顔の様子を見てから日に照らされた花の様に笑った。


「アサ、ヒトの服を引っ張るな。」


 オレは言うとアサガオは裾から手を離しはしたが、その後も何を思ってかオレの周りを楽しげにクルクルと駆けまわって、傍から見れば誰かと追いかけっこでもしているかの様に見えた。何が楽しいのやら、オレには分からない。

 アサガオはオレと常に行動を共にしている、と言うよりもオレの後を着いて来る。家で待っていろと散々言っているが、それでも家から抜け出し、オレを追って来て結局オレと行動するのが何時もの事だ。

 今回は小鬼のナワバリに行くから、本来であれば子どもであるアサガオには大人しく家出する番をしていて欲しい所だが、絶対に言う事を聞かずに着いて来るに決まっている。他の事であれば言う事を素直に聞くのだが、何故かオレが出掛ける事に関しては一緒に居たがる。


「今回もアサガオも一緒に連れて行くんだろ?」

「そりゃあな。いや、でも案外その方が良いのかもな。オレの見ていない所でケガでもしたらたまったもんじゃないからな。」


 そう言うと、カナイが何も言わずに口角を上げてこちらを見つめてきた。そんな気味の悪い態度のカナイを放って置いてオレはしゃがんでアサガオと向かい合った。


「良いか?アサ。絶対にオレから目を離さず、離れないでオレに着いて来いよ?」


 オレの言葉を聞いたアサガオは元気良く返事を返すが、どれだけ理解しているのかオレには分からない。少なくともオレの見ていない所でイタズラをしてヒトに迷惑を掛ける事はしないだろうと思った。

 それからカナイが不安そうな表情かおをしていた夫婦と話をし、なだめている間にオレは小鬼がナワバリを張っている森へと向かった。


「ところで土地守さまよぉ?この前の修理代のツケ、いつ支払うんだぁ?」

「まぁまぁまぁ、この間手に入ったこの酒でなんとか。」


 何やら何処からともなく現れたむらの住民からの関係の無い話も一緒に聞こえてきた気がしたが、ソレは無視してオレは歩みを止めずに進んだ。そんなオレの後をアサガオはオレよりも短い歩幅と多めの歩数で必死に着いて来ていた。


「任せたぞ、シュロ。」

「土地守さま、ツケの方は。」

「だーからぁ。」


 本当にカナイにむらを任せて大丈夫か、そっちが不安になってきた。

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