理由
小狸
短編
僕は、ある一人の人物に復讐するために生きている。
その人間は、僕という人間に唯一残っていた尊厳を完膚なきまでに破壊せしめ、僕が仕事を辞める
そんな風に断言すると、ひょっとすると事情を良く知らない方から、こんな指摘がされるかもしれない。
復讐は何も生まない。
そんなことをしている暇があるのなら、自分の幸福を考えれば良い。
過ぎてしまったことは仕方がない。
その人も十分に反省している。
相手にも相手の人生がある。
許してやるのが、大人ではないか。
と。
ふざけるな。
もう一度言う、ふざけるな。
別にもう、他人に苦しみを分かってもらおうなどとは思わない。というか分からないだろう。いくら力説したところで、あの時の僕の苦痛など言葉などという欠陥品では表現することはできない。いくら楽しいことがあったところで、いくら幸せなことがあったところで、最早僕は、誰かの説得では揺らぐことは絶対にないと断言できる。
一番辛い時、僕は独りだった。
誰一人、僕を助けてくれる人はいなかった。
皆が僕を助けてくれなかったのだから、僕には助ける価値はないということだ。そんな人間がどうなろうと、何をしようと、どうでも良かろう?
分かるか?
この気持ちが。
気を抜くと、抑圧している復讐心が身体を満たすのである。
あの人間を殺してやりたい。
今すぐに。
それが、僕にできる一番の復讐だと、決定しているから。
もちろん。
そんな自分が、マトモな人間だとは僕はつゆほども思ってはいない。
人を殺したいとか、人の命を粗末にしようとする人間は、人でなしである。
それに人を殺すことは犯罪である。
悪いことである。
いけないことである。
分かっている。
分かっている。
分かっている、つもりだ。
それでも僕は。
あの人間を殺したくて殺したくてたまらないのである。
生きていることが、許せない。
二度と、笑顔などできなくさせてやりたい。
苦しむ暇など与えない。
自分が行ったことを後悔する隙も、謝罪する間も与えない。
ただ、もう、殺す。
それしかないし、そうしかできないのだ。
誰からも助けられなかった僕は。
そうする以外の道はないのである。
そんなことを思いながら。
思い込みながら。
思い詰めながら。
今日も僕は、刃を忍ばせ静かに生きる。
あいつを、殺すために。
(「理由」――了)
理由 小狸 @segen_gen
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