第26話 楓の誕生日② —間接キス—
「丸よりも四角、四角よりもひし形、ひし形よりも逆三角形が高得点なのですね、ふむふむ……」
光線銃で的を狙ってスコアを競うアトラクションの攻略サイトを調べているのだ。
「もうどこに何が出るかは決まってるんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「おう。たとえば——」
俺は何回か来ているため——半年ほど前にも
楓は大好きな先生の授業に参加している生徒のように、真面目な顔でふんふんうなずいていた。
しかし、ゲーム性のあるアトラクションでは経験に勝るものはない。
楓も初見にしては高得点だったが、俺はその二倍ほどの点数を叩き出した。
「あんなに研究したのにっ……」
楓は地団駄を踏んで悔しがった。
その肩を優しく叩く。
「まあ、場数が違うからな。今回で少し慣れただろうし、次回はもっと取れるんじゃねえか?」
「そうですね。次は負けません」
楓はにっこりと笑った。アトラクションで負けたくらいで本気で怒っていたわけではないのだろう。
とはいえ、彼女の点数を見つつ手を抜いていたことは言わないほうがよさそうだな。
「次いくか」
「はいっ」
手を繋いで歩き出す。
楓の足取りは軽やかだ。その表情はとてもワクワクしていた。
(夜のライトアップされたそういう雰囲気ならともかく、朝っぱらから公衆の面前で抱き合うのは良くないよな)
倫理観に訴えかけ、抱きしめたい衝動を必死に抑える。
不意に、楓が絡めた指に力を込めた。
「どうした?」
「何となくしたくなったんです」
楓がエヘヘ、と照れくさそうに笑った。
可愛すぎかよ。
「可愛すぎかよ……あっ」
「っ……!」
ミスった。想いが強すぎて声に出してしまった。
楓の顔がみるみる赤みを帯びていく。それを誤魔化すように俺の手を引っ張って、
「は、早く行きましょうっ!」
「おう——あっ、楓。そっちじゃなくて逆だ」
「っ〜!」
楓は首まで完熟トマトのように赤くなった。
楓はしばらく羞恥に悶えていた。
それでも、次はいよいよ楽しみにしていたジェットコースターだ。
復活した彼女のテンションは今日一番と言っていいほど高かった——実際に走っている様子を見るまでは。
高速でカーブをする車体と歓声と悲鳴の入り混じった甲高い叫び声が横切った瞬間、楓の体がビシッと強張った。
「ゆ、
「おう。ちなみに他の二つはもっと速いぞ」
「えっ」
楓がますます頬を引きつらせた。
「どうする? 絶叫系はやめてもいいけど」
「い、いえ、乗ります!」
そう意気込んだ結果——、
「楓、大丈夫か?」
終始悲鳴を上げつつも無事に生還した楓の足取りはおぼつかなかった。顔色も悪くなってるな。
「だ、大丈夫です。ちょっとビックリはしましたけど、楽しかったですし」
明らかに大丈夫ではなさそうだが、楓は強がった。
意外と負けず嫌いなんだよな。
「そっか。なぁ、気になってたカフェがちょうど近くにあるんだけど、そこ寄ってもいいか?」
「あっ、はい」
まだお昼も近くなっていないためか、カフェにはちらほらと空席が見られた。
フルーツミックスジュースを口に含み、楓はホッと一息吐いた。バツの悪そうな表情で、
「すみません。気を遣わせてしまって……」
「気にすんな。別にそういうわけじゃねえから。ちょっと気になるとは最初から言ってただろ?」
「そうですけど——」
「けどじゃねえ」
「ふぐっ」
身を乗り出し、正面に座っていた楓の頬をつまんだ。
「俺は本当に気分を害してねえし、強がってる楓も可愛かったぞ?」
「なっ……!」
楓が息を呑んだ。
気まずそうな表情を浮かべつつも、頬はほんのりと桜色に染まっている。
(もう一押しくらいか)
頭をポンポンと叩き、
「だから気にすんな。今日は楓が主役なんだから好きなようにやってくれ。その代わり、俺の誕生日はわがまま言いたい放題言うけどな」
楓は瞳を丸くさせた後、ふっと表情を和らげた。
「だったら、私は今日のうちになるべく好き勝手しておかないと損ですね」
「そういうことだ」
俺も柔らかく笑った。
よかった。いくらか持ち直したようだ。
「じゃあ早速、悠真君のラッシーを飲んでもいいですか?」
「あぁ。俺も一口もらっていいか?」
「もちろんです」
楓は躊躇いなく俺のストローに口をつけた。
「ん、美味しい……結構スッキリしていて、甘いけど飲みやすいですね」
「だろ? 楓のフルーツミックスも爽やかで口当たりがいいな。うまい」
「ですよね」
楓は嬉しそうにうなずいた。
手元に戻ってきたカップに刺さっているストローに口をつけた瞬間、彼女の頬がサッと色づいた。
ストローを咥えたまま固まっている。
どうしたんだ……あっ、そういうことか。間接キスをしたことに気づいたんだな。
(エッチは普通に誘ってくるくせに、なんで間接キスでこんなに照れてるんだ)
愛おしさが込み上げてくる。必死に笑いを堪えながら、
「楓って初歩的なものほど恥ずかしがるよな」
「う、うるさいですっ」
楓が顔を赤らめて抗議をしてくる。
何かを思いついたようにハッとした表情になった。頬に赤みを残しつつ、イタズラっぽくニヤリと笑う。
「じゃあ、悠真君もちゃんと私が口をつけていたものだってちゃんと想像しながら飲んでください」
「えっ、なんでだよ」
俺は遠回しに否定をした。恥ずかしいに決まっているからだ。
しかし、今日の楓は最強の切り札を持っていた。
「今日は何月何日ですか?」
「……わかったよ」
暗に——というわりには直接的すぎるが——誕生日であることを示唆されてしまえば、やらないわけにはいかない。
美味しそうに飲んでいたときの楓の表情や所作を思い出しながら、ストローを咥える。
すでに深いキスも済ませている。間接キスなど今更だろう。
そう思っていたが、今自分が口をつけているところに楓の
意思とは無関係に頬が熱くなる。
「ふふっ、悠真君。お顔が赤くなってますよ?」
楓が嬉しそうに笑った。
幸せそうでもあり、勝ち誇ったようでもあった。
指摘をされ、さらに熱を持つのがわかる。
「そ、そりゃ、具体的に想像しながらならさすがに誰でもそうなるだろ」
「なるほど。私はただ想像力が豊かなだけなのですね。悠真君も見習ってください」
「ずいぶん強引に持ってったな……つーかさ」
俺は身を乗り出した。楓の耳元に口を寄せた。
「——デート中に想像力を豊かにしすぎると、男はちょっと苦しいんだよ」
「っ……⁉︎」
楓が再び赤面した。しかし、いつものように照れて縮こまったり拗ねてみせたりはしなかった。
おもむろに立ち上がり、悠真のそばに立った。
「——エッチ」
「っ……!」
今度は俺が息を呑む番だった。囁きが電流のように全身を駆け巡った。
楓の口調は、揶揄うというよりはイタズラっぽい響きだった。少し嬉しそうですらあった。
……つーか、よく見たら楓の表情ゆるゆるじゃねえか。
自分のそういう発言で彼女がテンションを上げているのだ。昂らない男などいないだろう。
よし、閉園後に俺のジャ○グルなマウン○ンで楓のスモールワ○ルドをスプ○ッシュさせるか。
……実際にしたらただの迷惑兼犯罪行為だからやらねえけど。
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