第四話 「変わりたい」
なぜか、直感で口が返した。勝手に口が動いてしまったのだ。一瞬、左手で口を抑えかけたが、いや、その直感に合ういい理屈を思い付き、やめた。それを言葉として、彼女にこうぶつけた。
「これは君のものではない。なぜなら、君は青色や紺色にすごくこだわっているから。君が今着ている、うちの学校のセーラー服は、赤いスカーフのタイプもあるのに、わざわざブルーのスカーフをつけている。君の羽織っている甚平らしき服も、藍色を基調としている。今話している途中に気づいたけど、君が履いている運動靴はシアン色、靴下は紺色。君はこんなにも青色系にこだわっているのに、赤いラインが入ったこれを所有しているのは腑に落ちない。だから、君のものではない。」
これに対して考えられる反論は、「そんなのたまたまよ」、などだろうか。
仮に彼女がそう対応するなら、「服こそ一番人間の内面が現れる。なぜなら人間は、情報のうち8割を視覚で得ているから。」とそれっぽく返す。
しかし彼女は何を考えたのだろう。
右腕を伸ばして僕が持っている剣の柄を掴み、無理くり引っ張ってきたのだ。時間が過ぎたために、ゲームを取り上げてくる母のようで、暴力的だ。
「は、な、し、て」
だが気迫が強いだけで、何でもない力だった。
なんだ。こんなことか。
清々しい気分と共に、彼女をゴミを見る目で見下し
「嫌だ。」
と言った。
20秒ほどの奮闘虚しく、彼女は諦めて手を離し、嫌悪を露わにし始めた。眉間に皺を寄せて、僕の顔をしっかり見ながら
「本当にボッチって、なんでこんな理屈っぽくて、いざ欲しいモノ得たら馬鹿力出るの。ほんとキモい。」
彼女は、柄を返さない僕が嫌いなのではなく、僕のようなボッチと関わることが嫌いなのか。
「それに、あんたがそれ持ってても何の役にも立たないでしょ。返して。」
返す?おもちゃとはいえせっかく引き抜いた、この柄を?仮にそうでも返すつもりは全くない。死んでも返さない。なぜならこれを手放したら、
「死んでも返さない。なぜならこれを手放したら、僕が変われなくなるから!」
今まで以上に、一つ一つの語気を強め、この言葉をしっかりぶつけた。アーサーが引き抜いて王に変わったように、僕も何かが変わるはずなんだ。だから、せっかく見つけたこの希望を、絶対に渡さない。
この思いは、正しいんだ。
そんな強い志の僕に、彼女はさらに頭に血が上り、眉間に皺が寄り、口が締まっていった。全力で睨み始めたのだ。
「『変われなくなる』?あのねえ、あまり人に慣れていないような、緊張しすぎて語気が強くなっちゃうしゃべり方。ほんと気持ち悪い。しかもそんな奴と揉めるなんて最悪。ましてや、揉める理由が『変われなくなるから』だなんて。ホント痛いわ。」
何かが切れたように、罵倒する彼女。
「変わりたい」という僕の思いは、希望は、とことん踏みにじられた。
自分が心から正しいと思ったことを言っては、また否定される。
例えるなら。
自分は人よりも特別で強靭だと思って電気柵に触れては、また吹っ飛ばされる。
そんなもどかしさだ。
こんな感覚、前にもあった。
中学の頃だ。
「ねえ、いじりは良くないよ!」
「授業中しゃべっちゃダメ!」
「お腹からワイシャツ出てるよ!」
「勉強は大事だよ!」
「あれ面白い!」
そんな言葉を言うたびに、和気あいあいと話し合うクラスメイトは静かになり、一気に表情をストーンと変え、あるいは人によっては耳を自らの指で栓をして、視界に僕の顔を入れないようにしてくる。
あいつをいじってて楽しかったのに、うるさ。
授業中のおしゃべりも、教師のチャックが開いていることに気づいたときなんかは楽しいのに、うるさ。
お腹からワイシャツ出ていた方が、風通しがよくなって夏場でも涼しいからいいだろ、うるさ。
勉強はあまりにも面倒くさいのに、うるさ。
いや授業で学んだ内容のあれはどこがおもしろいんだよ、うるさ。
みんな何も言わずに黙り、僕を見ないようにし、まるでこう言っているみたいだった。
いや言っているというよりかは、そんな空気感を打ち出す空気砲を作り、僕をその場から吹っ飛ばしているようだった。
そして、二度と近づいて来ないように「距離をつくる」「極力関わらない」「避ける」という電気柵を張っていた。
何回も吹っ飛ばされるうちに、電気柵に触れてでも、自分が正しいと思うことを伝えるのは。
中学一年生を最後になくなった。
でも、今から変われるならと。そう思って語気を強めたのに。
電気柵を握りしめてでも立ち向かったのに。
一方、さらに言葉を続ける彼女。
「あんたみたいにボッチな人は、受け身って相場で決まってんのよ。」
受け身。それか。僕の学校生活は、孤独を味わわせる独房。そこに、受刑者として収監された僕の罪。それが「彼女のような人に吹っ飛ばされ続け、電気柵の痛みに耐えられなくなるうちに受け身になったこと」なら、悔しいことにどう考えても、辻褄が合ってしまう。妙に納得できる自分が、情けなかった。
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