OKIBAKO

月峰 赤

心の天秤が止まらない

 やらなければいけない仕事。

 やりたいゲーム。


 休日の今日、パソコンを前にどちらを取るか、私、須藤ハルカは悩んでいる。


 明日までに企画書を作らなければいけないのに、頭の中がゲームのことで一杯になる。

 パソコンの前に行けば仕事の頭に切り替えられるだろうと思ったのが甘かった。

 結局パソコンの画面は真っ白で、ゲームをすることも無く椅子に座り続けて、すでに1時間が経っているのだから。


 パソコンの時計ばかりが目に入って、何も進んでいないことに焦る。溜息を吐いて、ごちゃごちゃになった頭を洗い流そうと洗濯機を回したり、コーヒーを入れたり、コーヒーと言えばクッキーが必要だからと買いに行ったり、他のことに意識が向いてしまうので、肝心の仕事もゲームも進まない。


 そうしたことが頭の中で罪悪感になり、仕事をしてからゲームをしようと決意する。

 そうして自分を奮い立たせ、どうにか椅子に座り直すことが出来るけれど、結果は同じ。


 気付けばお昼の時間になって、お腹が鳴る。するとどっと疲れが出てきて、それを免罪符に椅子から離れる。


 仕方がない。私は空腹になると眩暈がするし気持ち悪くなる。このままでは仕事だって進まない……。


 そうしてご飯を食べながら、ついでに大好きなドラマを見る。

 その時間は楽しくて、ついついご飯を食べ終えた後も最新話まで進んでしまう。そうして時々、こんなことをしていて良いのかな、と思い浮かんで自分を責めると、胸がズキッとして、体が重くなっていく。


 ポンっと、テーブル上でスマホが鳴った。

 見ると、スタンプを取る為に友達登録をしていた、何をしているか分からない会社からの通知だった。

 興味が無いので、そのままにしておく。さっさとブロックすればいいのにそれをやらないのは、ただ面倒臭いから。

 もちろん、意味の無い確認の方が面倒だと思うときもある。

 けれどその両方を天秤にかけた時、上下に動く秤は私をあざ笑うかのように、決して止まることは無い。

 やがて天秤を見つめることすら面倒になって、それを掴んで放り投げる所までが1セット。こういうことを、日に何度繰り返しているか分からない。


 やがて夕方を超え、パソコンの光だけが部屋を照らす頃、私は観念して文字を打ち始める。

 カタカタと小気味の良い音にリズムが生まれ、頭も冴えてきた気がする。

 この辺りで、私は完全にゲームに対して背を向けている。ゲームは頭の片隅で膝を抱え、私をじっと見つめている。それに気づいても、振り返らない。白紙で明日を迎えることが何より怖くなり、それ以外の感情なんか、とっくにどこかへ逃げ去った。


 そうして出来上がったのは、自分でも良いのか悪いのか判断の付かない、取りあえず文字が埋まっている企画書だった。

 最後に誤字脱字をチェックして、せめて突っ込まれるのは内容だけの状態まで持って行くと、ようやく企画書作りが終了した。


 大きく伸びをすると、背中と肩が音を立てた。

 満足感と疲労感が一緒にやってきて、気付くと汗でTシャツがベットリと濡れていた。


 お風呂に浸かるかシャワーで済ますか迷って、シャワーにした。そっちの方が簡単だ。

 髪を乾かしてから軽くご飯を食べる。食器を片付ける頃には9時を過ぎていて、私は浮かれ気分でゲームを始めた。


 何の気兼ねも無く出来るゲームは最高だ。頭の中がクリアになって、今日一番集中出来ている。

 クッキーのついでに買っておいたお菓子とジュースも引っ張り出し、それを食べながらゲームをしている今が最高に幸せだった。口元が緩んで、温かい気持ちになる。


 企画書なんてさっさと作ってしまえば良かったな。


 そんなことを考えつつ、至福の時間はあっという間に過ぎ去っていく。


 夜中の3時に眠った私は、次の日、遅刻した。


 しかも企画書を会社の共有フォルダに入れ忘れたから、自宅のパソコンの中にしか企画書のデータは無い。


 怒りの末に呆れ果てる上司。

 打ちのめされた私は自分の席に向かい、涙目で仕事を始めた。


 そして、今日は思う存分ゲームをしようと心に誓った。


 心の中の天秤に、ドーナツとケーキを乗せながら。

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