第11話 家に帰れば

 高速道路の真ん中で、虫の死体のように腹を天に向けた車両が一台転がっていた。その車の死体から、1人の女性が這い出してくる。


「あたし……生きてる……?」

「生きてるぞ」


 ほふく全身の姿勢のまま、上半身だけ身を乗り出した状態の志穂から問われた疑問にベムはなんの感慨もない、事実の確認をしただけのような返答をする。


「死ぬかと思った……」


 気が抜けたのか、志穂はぐったりと地面に頬を当てる。濡れたアスファルトの匂いまでわかる程に、地面へ近づき頬が濡れる。

 

「……あれ? もしかしてあたしの以外の人達って……」

「全員生きている。1人元気な奴もいる」

「え?」


 ベムの物言いに志穂が声を漏らした瞬間、銃声が彼女の鼓膜を揺らす。


「うわあ!?」


 咄嗟に頭を防御し、地面に顔を伏せる志穂の頭上を通り過ぎた銃弾が、ベムの肉体へ食い込んでいく。彼の視線の先には銃を持った運転席の男。眉間に皺を寄せた険しい表情で引き金を引くが、カチカチと弾切れを告げる虚しい音を吐き出す。その音が聞こえたのか、志穂が顔を上げる。


「……くそっ!」


 男がそう吐き捨てると、背を向け走り出す。逃げ出した彼にベムが手をかざす。次の瞬間、ベムの手から放たれた電撃が宙を走り、男の頭に命中すると、そのまま地面に倒れ伏す。


「あー!! 殺したぁ!?」

「殺してはいない。少し気絶してもらっただけだ。洗脳を解くついでにな」

「え……そーいうやり方もできるの……?」


 既知の概念を未知のやり方で見せられ、目を丸くしたのも束の間、志穂がハッとして立ち上がる。


「そんなことより大丈夫!? 思いっきり撃たれてたけど……あっ……」


 ベムの身体に触れ、伝わってきた感触に志穂は思わず手を離し、背を向ける。


(肌スベスベだ……)


 鋼のように硬質なベムの肉体だが、その手触りはツルリとしていて非常に滑らかであった。感触が残る手のひらを見つめながら、志穂はもう片方の手で自分の頬を撫でる。


「うーわ負けてる……」

「……何に負けてるのか知らんが、私はあの程度の銃撃ならかすり傷にもならん」

「……そうなの?」

「ああ」


 振り返る志穂にベムがそう答えると、口から何かを地面に吐き捨てる。


「ちょっ……! 汚いな〜……!」


 ベムの行動に条件反射的に顔をしかめる志穂だが、吐き捨てられたそれを見ると、銃弾だということがわかり、言葉を失う。そんな彼女のを尻目に、ベムは気を失っている男2人を引きずり出すと空になった車の中を覗き込む。ベムは気を失っている男2人を引きずり出すと空になった車の中を数秒覗き込んだかと思うと立ち上がる。


「戻るぞ」

「え、戻るって家に?」

「そうだ」

「こっから?」

「当然だろう」

「いやでも……移動手段が……。まさか歩きで? 流石にそれは――」


 言い終わるより先に、まるでジェットコースターにでも乗っているかのような風を切る感覚と共に目の前の景色が目まぐるしく切り替わる。


「――へ?」

 

 動きが止まったかと思うと今度は浮遊感に包まれる。頭から伝わるベムの手の感触と下方で小さく映る先程までいた高速道路に、今自分は宙に浮いてるのだと理解した。次の瞬間、自由落下が始まり、高速で拡大されていく地面を志穂は眺めることしかできない。

 彼女の視界が大地で埋め尽くされた瞬間だった。一足先に着地したベムが跳躍し、再び空中へ舞い上がる。


「……ねえベム」

「なんだ」

「今度から跳ぶときは『跳びますよ』って一言言ってくれない? びっくりするから……」

「はあ……注文が多い奴だ……努力しよう……」

「え……やってくれんの? ありがとうごめんねぇ〜! できる範囲でいい! できる範囲でいいから!」

 

 不満気に息を吐きつつも、ぼやきのような自分の要求を受け入れたベムに志穂は申し訳なさと若干の棚ぼた的な嬉しさを感じながら要求を押し倒すのだった。


 高速道路を飛び降りてから少しして、ベムと志穂は家の近辺へたどり着く。


「あだっ!」


 着地の瞬間に手放された志穂は尻餅をつき声を出す。痛みを訴える部位をさすっていると自分に背を向け、歩き出しているベムの姿が見える。


「あ、ちょ……! もう!」


 自分を無視して進むベムを志穂は早歩きで追い、横に並んだところで速度を落とし口を開く。


「……で、何であたしの場所がわかったの?」

「発信機だ」

「発信機ぃ?」

「そうだ」


 高速道路を降り、深まった夜の道を歩き、家を目指す志穂とベム。


「場所がわかったのはお前の身体に事前につけていた発信機の信号を辿った。それだけの話だ」

「そんなものいつどこで……」

「バイト先を出た時に頭へだ」

「バイト先を出た時頭に……?」


 ベムの説明を復唱して志穂は腕を組み記憶を辿ると、ベムが去り際に自分の頭へ手を置いていたことを思い出す。


「……あー! もしかしてあの時!? え、でも頭の何処に……」


 頭全体を撫でるように触りながら志穂が発信機を探していると、ベムが自分を指差しているのが目に映る。


「……何してるの?」

「発信機を外した」

「外したって……それじゃあもうあたしの頭にはないってこと?」

「そうだ。今は私の指先にある。よく見てみろ」


 言われた通りに志穂がベムの指先を凝視すると、細い針のような物が見えた。


「……その針みたいなのが発信機?」

「そうだ」

「どうやって動いてんの?」

「今回はお前の生体電気だ」

「受信機はどうなってんの?」

「そんなもの無くても私なら信号を読み取れる」


 ベムがパッと手を開いたかと思うと、一瞬で閉じて拳を作る。夜の暗さもあり志穂にはよく見えなかったが恐らく発信機はベムの手の中に収まったのだろうということは理解できた。


「……ぶっ飛んだ話だけど、実際に起きたことを考えると信じるしかないか……」


 荒唐無稽な話だが事実として、ベムは自分の居場所を突き止めている。腹落ちしないが志穂はベムの話を飲み込んだ。気がつくと、既にアパートまで戻ってきており、2人は階段を登っていく。


「昼間のあれも多分宇宙人関係なんでしょ? 事情が変わったとか言って出てってたあれ」

「そうだ。志穂の家へ向かうレランカの兵隊が見えた」

「え、嘘……」


 ベムの口から告げられた事実に、志穂は目を見開く。


「案の定、そいつらは囮だったが放置していればこちらが不利益があるのは確かだからな、無視することも出来ない」

「なるほど〜……。それでそいつらを追いかけてたんだ。……いや、追いかけられてたのかな?」

「かなりの兵隊が投入されていた。志穂、貴様の所にも来ていた筈なんじゃないか?」

「え〜……そんなの……あ……」


 そこまで言ったところで、志穂の脳裏に突如押し寄せた団体客が浮かび上がる。


「あれってもしかして……」

「あれが何を指しているのか知らんが、恐らくその予想は当たっているぞ」


 ぼんやりとした予想を肯定され、志穂は言葉を失う。不審な素振りなど微塵も無かった彼等彼女らが自分を拉致し、凶器を突きつけてきた存在と同一線上にあったことに怖気が走ってしまう。気がつくと、既に2人は家の前までたどり着いていた。


「ま、まあ、とりあえず今日はもう一件落着ってことで良いよね……流石に……」


 ベムの方を向きながら鍵を挿し、ドアを開け、部屋に入っていく。


「……そうだな。あれだけの人員を割いて目的を達成できなかったのだ。少なくとも今日はこれ以上の攻勢は無いだろう」

「だ、だよね! 良かった〜……」


 後ろを歩くベムの言葉に志穂の表情から緊張の色が消える。胸を撫で下ろした志穂が部屋の照明を付けると、目を見開き、呆然と立ち尽くす。


「何これ……」


 志穂の視界に映ったのは、荒れ果てた自分の部屋だった。机はひっくり返り、クローゼットは開き、ベッドは横転。本が、服が、あらゆる私物が無秩序にぶち撒けられている。そんな部屋の中心部には見知らぬ男性数名が重なり合って山を作っていた。


「言っただろう。『志穂の家へ向かうレランカとレランカの兵隊が見えた』と。この家に火をつけようとしていたんだ。見ろ、ガストーチだ」


 ベムが床に無造作に転がっているガストーチを手に取り、スイッチを入れると、勢いよく炎が噴射される。当然、志穂はガストーチを購入した記憶はない。

 

「……どうしてこんなこと」

「己の力の誇示と過激な手段も厭わないという主張。私的な空間を物理的に破壊することによって社会、経済、精神面を圧迫し、揺さぶり、植え付けた恐怖心で判断力と抵抗の意志を奪う。そして――」


 ベムが言い切る前に志穂が早足で動き出し、散乱した私物を拾い集め始める。よく見ると雑誌やテキスト、卒業証書や卒業アルバム等、火種になりそうな紙類が多く散乱している。


「あったまきた! つまりレランカとかいう奴はこうすればあたしがビビって言いなりになると思ってたってことでしょ!?」


 怒気を強く含んだ声を発しながら拾い集めたものを整理し、元の場所へ戻していく志穂。


「冗談じゃない! そんな舐めた奴にあたしの人生邪魔されてたまるかっての!! 絶対引っ叩いて慰謝料払わせてやる!!!」


 怒りをぶつけるかのように勢いよくひっくり返った机を起こし、クローゼットを閉め、横たわったベッドに手をかける。


「……ごめんベム。手伝って……」


 自分では手に余ると判断したのか、数秒前までの勢いが嘘のように弱々しい声色で志穂はベムに助けを求める。


「後この人達もどうにかしてくれる……?」


 志穂が積み上がった人間の山を指差す。ベムが視線をそちらの方向に移し、数秒の間を置いた後、山へと手をつけるのだった。


「はあ……やっと終わった……」


 カーペットの上にぐったりと座り込む志穂。ベムと共同で行った整理、掃除によって散乱した部屋はとりあえず元の姿を取り戻していた。


「随分疲労が溜まっているようだな」

「そりゃそうだよ! 今日あたし何されたわかる!? 誘拐された上に撃たれてたかもしれないんだよ!? 本物の銃で!」

「だが殺しはしない。そんなことを言っていなかったか?」

「え……。話聞いてた?」

「聞いてはいない。だが予想は簡単だ。超念石が融合している場合、融合先を殺せば超念石は手に入らない。向こうとしてはそれは避けたいはずだ」

「なにそれ……。あたしが死ぬとえっと……この石ころも消えるってこと?」


 志穂がポケットに手を入れ、超念石を取り出す。


「正確には消滅ではなく移動だ。融合を解除しないままお前が死ねば、その超念石は次の融合先を探して別の星、別の銀河へと瞬時に移動する。そうなった場合、追跡はかなりの労力を要する。私としてもレランカとしてもそれは避けたい筈だ」

「へぇ〜……。兵器という割にはなんか気まぐれっていうか……安定しないっていうか……」

「そもそも大元が未だブラックボックスな部分が多い上に所詮は欠片だからな。不安定で危険――」

「――だから回収してる……」

「そうだ」


 短いベムの一言に、志穂は手に持っている超念石を眺める。自分からすれば少し変わった石ころでしかなく、兵器には見えないのだが、目の前の宇宙人と、その宇宙人が追っている存在が守り、狙っている現状を考えればこの石は何か特別な力を持っていると考える方が自然なのかもしれない。しかし、志穂が引っかかっていることはそれだけではなかった。


「……ねえベム」

「なんだ」

「あたしがその……攫われて車の中にいる時にね、超念石のことを運転手の奴が言ったの。『貴方にも多大な恩恵をもたらすものですから』って。超念石は銀河を吹き飛ばせる兵器なんでしょ? それがどうしてあたしに恩恵があるの?」

「……方便だな。嘘でもそう言っておくことで偽りの安心を与え、警戒心を解きたかったのだろう」

「……そうなの?」

「そうだ。奴らは常に力を求めている。武力が全てにおいて至上のものであると、無意識に思い込んでいるのだ。それ故に出てきた戯言だ。まともに取り合うな」

「そっか……わかった……」


 ベムの説明にとりあえず納得して超念石を机に置く志穂。すると、ふとあることを思い出す。


「そういえば、稲田さんどうしたんだろう……」

「誰だそいつは」

「ベムに注文取り来てた子だよ。覚えてない?」

「……あれか。それなら一度会っている。もう家に戻ってるんじゃないか?」

「え、本当?」

「ああ、『警察への連絡等の対応は全て私がやる。1人でこれ以上外にいるのは危険だから今日はもう帰った方がいい』と言って帰らせた。今にも泣き出しそうな顔でしどろもどろになっていて、話を飲み込ませるのに少し時間がかかったがな」

「そっか……なら良かった。無事に帰れたんだ」


 巻き込んでしまった罪悪感と無事に帰れたという安心感で志穂が困り眉のまま笑う。次の瞬間、緊張の糸が切れたのか「はあ〜……」と声を漏らして思わず机に突っ伏す志穂。固めて押し込んでいた疲労がどろどろと身体から溢れ出し、無音が2人の間に横たわる。


「……はあっ!」


 溢れるそれに飲み込まれ、身体が動かなくなる前に志穂は立ち上がり、キッチンの方へ歩き出す。


「今日は遅いし疲れたからこれで……」


 戻ってきた志穂がそう言ってベムに手を差し出す。彼女の手にはバナナが握られていた。



 

 静かな部屋で志穂とベムが無言でバナナを食べている。ぼんやりした頭で志穂がふと視線を動かすとベムが食事しているところが目に入る。


 (なんだろう……真っ黒でムキムキで……そんなやつがバナナ食べてるの見ると……)

「ゴリラに見えるか?」


 自分の考えを見透かしたようなベムの言葉に志穂がハッとして食事の手が止まる。


「だが私はゴリラより力も知能も遥か上だ」

「何を張り合ってるの……」


 何故かゴリラと比較した己の優位性を主張したベムに志穂がツッコムと、微笑して口を開く。

 

「……ごめんね。ありがと」

「何がだ?」

「ほら、宇宙人関連の色々なこと全部ベムにやってもらってるじゃん? その……あたし全然役に立ってないからさ……申し訳ないっていうか……」

「以前も言ったがお前は私達のくだらん争いに巻き込まれただけだ。気にする必要はない」

「ささやかなお礼じゃないけどまたブロッコリーの胡麻和えとか作るよ?」

「いただこう」

「あはは!」


 間髪入れないベムの返答に志穂が声を上げて笑う。


「……なぜ笑う?」

「いやごめん……あんまりに簡潔で素早い返事だったから……なんか笑っちゃって……」

「……何がおかしいのかわからん……」

「いいよ。別に。わかんなくても」


 喉を鳴らして笑う志穂と疑問符を浮かべているベム。深まった夜の闇に包まれ、人々が静まり返った時間帯での出来事であった。






『高速道路の横転車。近くで横たわっていた男性達の証言「何も覚えていない」』

 そんな見出しのニュースが流れたのは志穂が拉致された翌日のことだった。近くで横たわっていた男性3人は全員顔も知らなければ名前も知らない初対面であり、昨日のことは何も覚えていないと証言していること、車は3人の誰の所有物でもないこと、凶器らしきものは見つからなかったが、単なる横転とは思えない車の損傷。都合よく不具合を起こしたライブカメラ。不可解なことばかりのその事故は少しだけ話題になったが数日で新たな情報の波に飲まれ、消えていった。

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