第2話

「やあ初めましてこんにちは。手紙は読んでくれたかな? 私の名前はベム。こことは違う銀河からきた……まあ宇宙人ということになる。私の仕事はある特殊な石を回収する仕事でな。君が持っているらしいんだ。渡してくれないか?」


 低い男声で、流暢に、ベムと名乗る自称宇宙人の黒い怪物は自己紹介と目的をテーブルを挟んで向かい側にいる女性に伝える。


(えぇ~~~~~~????? いやいやいやいや……まっっっっったく意味がわからないんだけど????? 宇宙人? 特殊な石?? あたしが持ってる??? 頭おかしいんじゃないの??????)


 怪しい手紙、唐突に表れた謎の化け物、手紙の差出人は謎の化け物、化け物は石集めをする宇宙人、その石は自分が持っている。何1つとしてすんなりと入ってこない情報群は、疑問符となって彼女の頭を埋め尽くしていく。


「どこかで拾ったりしてないか? 石」

(知らねえよ~~~~!! この年で石なんか見ないし! 拾って持って帰るなんてもっとしないっつうのーーーー!!!)


 身体から粘性のある嫌な汗を流し、目線を手前のテーブルに向け怪物を直視しないようにしながら彼の問い掛けに脳内で激しく反論する。


「そういえば名前はなんというのだ?」

(言う訳ないでしょ~~~~!! っていうか名前知らなかったの!? いや、知られててもそれはそれで怖いし困るけど!!!)


 騒がしい頭の中とは対象的に彼女の身体は緊張と恐怖で凍りついたように動かない。


「ふむ……」


 何も反応を返さない目の前の人間に痺れを切らしたのか、ベムは立ち上がると部屋の中を物色し始める。ガサゴソと音が聞こえてくるが家主である女性は微動だにしない。


「畑野志穂。年齢19歳。身長体重は……」

「あーーーーー!!!! 何してんのこの変質者ーーーーー!!!!」


 健康診断書を音読する自称宇宙人のセクハラに、畑野志穂は今まで固まっていたのが噓のような動きで飛びかかり、自分に背を向けて座り込んだ宇宙人へ平手打ちを喰らわせる。すると、宇宙人が音読を中断しゆっくりと振り返った。


「ふざけんなセクハラ変態クソ野郎!!! もう通報するから! 通報! 警察呼ぶから!」


 スマホを取り出し、緊急通報のボタンを押して耳に当てる志穂。


「けいさっ……! つ……」


 瞬間、志穂の目の前にいるベムの手にはいつのまにかナイフが握られていた。突然現れた凶器に固まる志穂。

 そんな彼女を意に介さず、彼はまるで枯れ枝を折るように容易く刃と柄を分離させ、丸太のような腕を振る。ヒュンと空気を切る音が響き、志穂の横髪がなびく。彼女が恐る恐る振り返ると、ナイフの刃が壁に深く突き刺さっていた。


「わかるな?」


 ベムのその一言に志穂の手からスマホが滑り落ち、ゴトっという音を立て床に横たわる。彼女の心を絶望が塗り潰していった。



 再び机を挟む志穂とベム。2人の間に気まずい静寂が横たわる。


「早く石を出してくれないか? そうすれば私も今すぐここから消えよう」

「石なんて拾ってない……」

「バックに入っていないのか?」

「だからないってそんなの……」


 呆れた様な声を上げて志穂は大学用のバックを開き、中身のテキスト等を取り出していく。


「ほら!」


 空になったバックをひっくり返して何もないことを証明するように上下に振る。すると、ゴトリと音を立ててバックの中から球体が床に落下する。


(!?)


 自然石にしては不自然なまでに綺麗な円形をした、野球ボール程の大きさの真っ白な球体が床を転がり、志穂は反射的に目を向ける。

 

「それだ。やはり持っていたのだな」


 驚愕する志穂とは対象的にベムは事もなげに球体を拾い上げると、確認するようにかぎ爪のような指先でコツコツと叩く。


「確かに。ご協力感謝する」


 そう言って彼は窓を開け、ベランダの柵に登り跳躍して彼女の視界から消える。

 志穂は空のバックを持ったまま、呆然と開けた窓を眺めていた。


「は! バイト!」


 ハッとした彼女は慌しくバイトの準備を始めた。

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